「日本で不起訴になったのだから、中国では何も起きない」という理解|日本の処分と本国での取扱いは別の問題です
2026/09/11
不起訴という言葉を聞いた瞬間に、ご家族の張りつめていた表情がほどけていく。その場面を、私どもは何度も見てまいりました。2026年9月9日には、警察官を名乗る手口の詐欺で高齢の女性から現金を詐取したとして逮捕され、検察庁に送致されていた中国籍の男性について、検察庁が不起訴としたとする報道がありました。もっとも、ご相談がそこで終わるわけではありません。日本の検察官が公訴を提起しないと判断したことと、本国である中国において何らかの手続がとられるかどうかは、法律上、別々の問題だからです。本記事では、その切り分け方と、日本側で今のうちに整えておける記録について、順を追って説明いたします。
本記事の要点
- 日本の不起訴処分は、日本の検察官が公訴を提起しないと決めた判断であり、他国の司法機関や行政機関を直接に拘束するものではありません。
- 中華人民共和国刑法7条は中国公民が領域外で犯した罪への同法の適用を、同法10条は外国で裁判を受けた後の追及と既に受けた処罰の考慮を、それぞれ定めているとされています。個別の取扱いについては、必ず中国の弁護士にご確認ください。
- 同じ不起訴でも、嫌疑なし、嫌疑不十分、起訴猶予では意味が大きく異なります。不起訴処分告知書を取得し、どの類型かを記録に残してください。
- 不起訴でも、公務員の通報(入管法62条2項)等により入管が事件を把握し得るため、在留期間更新の素行善良要件(入管法21条3項)の審査で考慮され得ます。
- 不起訴の後にも、押収物の還付や被害弁償といった手続が残ることがあります。
日本で不起訴になれば、中国では何も起きないのですか
そのように言い切ることはできません。日本の不起訴処分は、日本の検察官が、その事件について日本の裁判所に公訴を提起しないと決めた判断です。効力が及ぶのは日本の刑事手続の範囲であって、他国の司法機関や行政機関の判断を直接に拘束する性質のものではありません。国家がそれぞれ自国の刑罰権の及ぶ範囲を法律で定めている以上、日本での結論がそのまま他国に引き継がれるとは限らないのです。
ただし、これは逆に「中国では必ず何かが起きる」という意味でもございません。個別の事案がどのように扱われるかは、中国の法令とその運用に属する問題です。日本側で確かに言えることと、中国側に確認していただくべきことを、はじめに切り分けておく。これが、ご本人とご家族が余計な不安を抱え込まずに済むための、いちばん確実な出発点になります。
中国の法律はどのように定めているとされていますか
中華人民共和国刑法7条は、中国公民が中国の領域外で同法の定める罪を犯した場合について、同法を適用し得る旨を定めているとされています。同条には、法定の最高刑が3年以下の有期徒刑(中国法における自由刑)に当たる罪については追及しないことができる旨のただし書が置かれているとも解されています。また、同法10条は、領域外で罪を犯し同法により刑事責任を負うべき者について、外国で裁判を受けた後であっても同法により追及し得るとしつつ、外国で既に刑罰を受けた場合には、処罰を免除し、又は軽減することができる旨を定めているとされています。
もっとも、ここで申し上げているのは条文の一般的な内容にとどまります。実際に手続がとられるかどうか、どの機関がどのような判断をするかは、条文の文言だけからは分かりません。したがいまして、個別の取扱いについては、必ず中国の弁護士にご確認ください。日本の弁護士が中国側の運用について踏み込んだ見通しを述べることは、かえってご本人の判断を誤らせかねません。
同じ「不起訴」でも意味が違うのですか
大きく異なります。不起訴処分には、主に3つの類型があります。第1に、犯人ではないことが明らかになった場合等の「嫌疑なし」。第2に、犯罪の疑いはあるものの有罪の立証に足りる証拠が集まらなかった場合の「嫌疑不十分」。第3に、犯罪の成立自体は認められるものの、犯人の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重、犯罪後の情況を考慮して訴追を必要としないと判断された場合の「起訴猶予」です。起訴猶予は、刑事訴訟法248条を根拠とする検察官の裁量的な判断です。
事実そのものが否定された事案と、事実は認められるが訴追を見送られた事案とでは、記録の重みが違います。そこで私どもは、不起訴の連絡を受けた段階で、被疑者であった方からの請求により検察官が公訴を提起しない旨を告げる手続(刑事訴訟法259条)を用いて、不起訴処分告知書を取得しておくことをお勧めしております。時間が経ってから記録を遡ろうとしても、思うようにいかないことが少なくありません。
不起訴の後、日本側にはどのような手続が残りますか
まず、押収された物の取扱いです。刑事訴訟法上、押収物は留置の必要がなくなったときは還付されることとされており(刑事訴訟法123条1項、222条1項)、携帯電話、通帳、旅券等が長く手元に戻らないままになっている例は珍しくありません。還付の請求と受領の手続を、誰が、いつ行うのかを決めておく必要があります。
次に、被害弁償です。起訴猶予の場合、刑事の手続が終わっても、被害者に対する民事上の責任が当然に消えるわけではありません。財産犯のように個人的法益を侵害する類型では、示談や被害弁償によって反社会性が個別に解消される余地が広く、その事実は後の入管手続でも意味を持ちます。他方、出入国管理秩序や薬物統制秩序といった社会的法益を侵害する類型では、示談だけで素行の評価が動くとは限りません。罪名の表面ではなく、何が守られようとしている利益なのかで考えることが大切です。
日本の弁護士と中国の弁護士に、それぞれ何を頼めばよいのですか
役割の線引きは、思いのほかはっきりしています。中国における出入国、戸籍、就業等の取扱いは中国の法令と運用の領域であり、中国の弁護士にご確認いただくほかありません。他方、日本側の手続と記録の整え方は、日本の弁護士がお手伝いできる領域です。不起訴処分告知書の取得、押収物の還付、示談書や被害弁償の受領書の保管、在留カードや旅券の状況の確認、そして必要に応じた入管手続への備え。これらを揃えておけば、後にどちらの国で説明を求められても、根拠のある形でお答えいただけます。
逆に、日本で有罪となった場合に日本への再入国がどうなるかは、日本法の問題です。入管法5条1項4号は、日本国又は日本国以外の国の法令に違反して1年以上の拘禁刑に処せられたことのある者を上陸拒否事由として定めており、退去強制を受けた方については同項9号が一定期間の上陸拒否を定めています。両国の取扱いを混ぜて心配するのではなく、それぞれの法律に即して分けて考える。この整理だけでも、見通しはずいぶん立てやすくなります。
想定される刑事手続の流れ
詐欺の疑いで逮捕された場合、警察は逮捕から48時間以内に事件を検察官に送致し、検察官は送致を受けてから24時間以内に、身柄を拘束したまま捜査を続ける手続である勾留を裁判官に請求するかどうかを判断します。この合計72時間が、その後の展開を大きく左右します。勾留が認められると原則10日間、延長されるとさらに最大10日間、身柄の拘束が続きます。
検察官は、この期間内に起訴するか不起訴とするかを決めます。弁護活動の勝負どころが公判ではなく起訴前にあるのは、このためです。今回の報道のように送致後に不起訴となる事案でも、そこに至るまでには、供述の経過、共犯とされる方との関係、被害の回復状況といった要素が積み重ねられています。
外国人事件特有のリスク(退去強制・在留資格)
外国籍の方の場合、刑事の結論がそのまま在留の可否に直結します。入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としており、括弧書きで刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者を除いています。他方、同号チは、麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、あへん法、覚醒剤取締法等の規定に違反して有罪の判決を受けた者を挙げており、薬物事犯については刑の重さを問わず該当し得ます。旅券法違反は同号ニにより罰金でも該当し得ますし、他の外国人に不法就労活動をさせた場合は同条3号の4が問題となります。不法残留は同号ロ、資格外活動は同号イ、別表第一の在留資格の方については同法24条4号の2も併せて確認が必要です。
さらに、退去強制事由に当たらない場合でも、在留資格取消し(入管法22条の4)や、在留期間更新の不許可(入管法21条3項、更新・変更ガイドラインの素行善良要件)のリスクが併存します。不起訴となった事案であっても、公務員には退去強制事由に該当すると思料する外国人を知ったときの通報義務が定められており(入管法62条2項)、入管が刑事事件の存在を把握し得る点は、あらかじめ念頭に置いておく必要があります。「執行猶予が付いたから日本に居られる」という理解も、「不起訴だから入管は何も知らない」という理解も、いずれも正確ではありません。
不起訴処分の重要性(不起訴目標主義)
こうした条文の構造を踏まえますと、外国人の刑事事件では、執行猶予判決の獲得を最終目標に置くのでは足りません。当事務所は、起訴前の段階から不起訴処分の獲得を最優先の目標として弁護活動を組み立てております。入管法24条各号の構造を把握しないまま「執行猶予なら大丈夫」と説明することは、結果として在留資格の喪失につながり得るからです。示談書、被害弁償の受領書、身元引受書、在職や家族関係を示す資料を、後の入管手続でそのまま使える形で残していく。この積み重ねが、不起訴という結論の先にある生活を守ります。
初動対応の3つのポイント
第1に、黙秘権の行使です。憲法38条1項および刑事訴訟法198条2項により、言いたくないことを言わない権利が保障されています。言葉の壁がある状況で、記憶が曖昧なまま調書に署名してしまうと、後から訂正することは容易ではありません。弁護人と打合せをするまでは、供述を控えるという選択肢を持っていただきたいと思います。
第2に、早期の弁護人選任です。逮捕直後は当番弁護士制度を利用でき、勾留後は要件を満たせば国選弁護人が付きます。もっとも、起訴前の限られた時間で示談交渉や資料収集まで進めるには、私選弁護人による集中的な対応が有効な場面が多くあります。
第3に、通訳の質です。当事務所には、外国人事件に精通した中国語の専属通訳が常駐しております。捜査機関が指定する通訳とは別に、依頼者ご本人のために動く立場の通訳を、接見から公判までの刑事手続全般にわたってご利用いただけます。微妙な言い回しの違いが供述の意味を変えてしまう場面において、この体制は大きな支えとなります。
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、松村大介弁護士が、接見の初動から公判の結審まで全工程を直接担当いたします。事務員や若手弁護士による代行は行っておりません。国境をまたぐ事案では、どの国のどの機関が何を判断しているのかを丁寧に切り分けることが、そのまま弁護の質になるためです。
E-1として、当事務所は、国際刑事事件、裁判員裁判の対象事件、世界的に報道された事件への対応経験を豊富に有し、中国籍の方の重大事件にも多数対応してまいりました。国をまたいで捜査や報道が及ぶ事案では、日本の手続の結論が本国でどう受け止められるかまで見据えた説明が求められます。その蓄積が、ご本人とご家族への説明の精度を支えております。
F-1として、海外のSNSを使用した侮辱の被害につき、日本の警察と国際刑事警察機構(インターポール)の捜査により刑事告訴が受理された事例を担当いたしました。国境を越えた事案で、どの機関にどのような資料を出せば手続が動くのかを実務として把握していることは、加害者側の弁護でも被害者側の代理でも等しく役立ちます。
A-1として、覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者について、徹底した証拠分析と被告人質問・反対尋問により無罪判決を獲得した実績がございます。証拠を一点ずつ検証し、捜査機関の見立てを前提としない姿勢は、不起訴を目指す起訴前の弁護でも変わりません。
在留資格に関しましては、提携する行政書士と連携し、在留期間更新や在留資格変更の申請をサポートする体制を整えております。万一、退去強制手続に進んでしまった場合にも、当事務所は在留特別許可を獲得した実績(D-1・D-2)を有しており、入管手続への対応まで一貫してお引き受けいたします。
結語
不起訴の通知は、日本の刑事手続における一つの区切りです。ただ、それは本国での取扱いを保証する書面ではありませんし、日本の入管手続における評価を自動的に決めるものでもありません。だからこそ、記録が手元にあるうちに、何が確定し、何が未確定なのかを整理しておく価値があります。日本側でできることは日本の弁護士に、中国側の取扱いは中国の弁護士に。この分担を先に決めておくだけで、ご本人とご家族の負担はずいぶん軽くなります。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
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舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
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