「日本の法律を知らなかった」は言い訳になるか|刑法38条3項の法の不知と事実の錯誤の区別、外国人事件で故意が争点になる場面
2026/09/14
「中国では問題にならないことでした」「そんな決まりがあるとは誰も教えてくれませんでした」。留学生がアルバイトの時間超過で、観光客が持ち込んだ薬で、技能実習生が在留カードの不携帯で、それぞれ警察の取調べを受けたとき、最初に口をつくのはこの言葉です。ご本人にとっては切実な訴えですが、日本の刑法は、法律を知らなかったことをそのまま無罪の理由とはしていません。一方で、「知らなかった」の中身によっては、故意そのものが否定される場合があります。この二つの違いを理解しているかどうかで、取調べで述べるべきことも、弁護人が組み立てる主張も変わります。この記事では、刑法38条の構造を出発点に、外国人事件で故意が争点となる四つの場面を取り上げ、「知らなかった」をどう主張すれば意味を持つのかを整理します。
本記事の要点
- 刑法38条3項は、法律を知らなかったとしても罪を犯す意思がなかったとすることはできないと定め、ただし書で情状による刑の減軽を認めています。
- 「法律を知らなかった」(法の不知)と「事実を知らなかった」(事実の錯誤)は区別され、後者であれば同条1項により故意が否定され得ます。
- 資格外活動、輸入規制、在留カード、薬物成分の各場面で、「知らなかった」が法の不知に当たるのか事実の錯誤に当たるのかは、何を知らなかったのかの中身で決まります。
- 「知らなかった」を意味ある主張にするには、誤信の内容とその根拠(誰から何と説明されたか、どのような確認をしたか)を具体的に示す必要があります。
- 刑事手続で故意・過失を丁寧に争っておくことは、退去強制事由の判断に故意・過失を要するかという入管手続上の論点にもつながります。
刑法38条3項:法律を知らなくても故意は否定されない
刑法38条1項は、罪を犯す意思がない行為は罰しないと定め、故意を処罰の原則的な要件としています。そして同条3項は、法律を知らなかったとしても、そのことによって罪を犯す意思がなかったとすることはできないと定めています。つまり、「そのような行為が日本で犯罪になるとは知らなかった」という主張は、それ自体では故意を否定しません。ただし書は、情状により、その刑を減軽することができるとしていますので、法律を知らなかった事情は、量刑において考慮される余地があります。
なぜ法律の不知が故意を否定しないのかといえば、法律を知らなかったと述べれば処罰を免れるという扱いを認めると、法律を知ろうとしない者ほど有利になり、法の実効性が失われるからです。日本に在留する外国人であっても、この原則は同じように適用されます。「外国人だから日本の法律を知らなくても仕方ない」という抗弁は、法律上は認められていません。
もっとも、判例は、違法性の意識を欠いたことについて相当の理由がある場合に故意が否定される余地を完全には閉ざしていません。最高裁昭和62年7月16日決定は、行為の違法性の意識を欠いたことに相当の理由がないとして故意を認めた事案ですが、相当の理由があれば結論が異なり得ることを前提にした判断と読まれています。したがって、法律を知らなかった経緯に正当な根拠がある場合、たとえば行政機関に問い合わせて適法だと回答を受けていた場合などには、例外的に争う余地が残ります。
法の不知と事実の錯誤はどこが違うのか
違いは、「何を知らなかったのか」にあります。法律の存在や内容を知らなかったのが法の不知であり、行為の前提となる事実を知らなかったのが事実の錯誤です。事実の錯誤があれば、罪となる事実の認識を欠くことになりますから、刑法38条1項により故意が否定されます。
例を挙げます。持ち帰った荷物の中に規制薬物が入っていることを知らなかったのであれば、事実の錯誤です。荷物の中に規制薬物が入っていることは知っていたが、日本でそれが規制されていることを知らなかったのであれば、法の不知です。前者は故意を否定し得ますが、後者は原則として否定しません。
外国人事件の難しさは、ご本人の「知らなかった」がどちらに当たるのかが曖昧なまま取調べが進む点にあります。取調官は、法の不知として整理すれば故意が認められやすいことを知っていますから、調書には「規制されているとは知らなかったが、その物が何であるかは分かっていた」という形で記載されがちです。ご本人が実際には物の中身自体を知らなかったのであれば、その違いを取調べの段階から明確に述べておく必要があります。
資格外活動:「働いてよいと聞いていた」は通用するか
入管法19条1項は、別表第一の在留資格で在留する方について、その在留資格に属しない収入を伴う活動を、同条2項の許可を受けた場合を除いて禁止しています。留学や家族滞在の方は、資格外活動の許可を受けた範囲内で働くことができ、許可には週28時間以内などの条件が付されます。これに違反し、専ら報酬を受ける活動を行っていると明らかに認められる場合は同法70条1項4号、それに至らない場合は同法73条の罪が予定されています。
この場面で「知らなかった」の中身を分けると、まず、自分の在留資格で働くことが制限されているという制度自体を知らなかったのであれば、法の不知であり、故意は否定されません。次に、雇用主から「この仕事は許可の範囲内だ」「時間は会社が調整している」と説明され、自分の労働時間が許可の条件内に収まっていると信じていたのであれば、事実の錯誤に近づきます。実際に何時間働いたのかは客観的な事実であり、その認識を誤らせる説明があったのかどうかが争点になります。
主張を意味あるものにするには、雇用主とのやり取りを示す記録、シフト表、給与明細、他の従業員の証言などによって、誤信の根拠を裏付ける必要があります。「聞いていた」と述べるだけでは、法の不知として処理されて終わります。
輸入規制:「自分の国では合法だった」は通用するか
国外で適法に入手した物であっても、日本に持ち込めば日本の法律が適用されます。医薬品、電子タバコのリキッド、大麻成分を含む食品や化粧品、特定の動植物、模造品などは、関税法や個別の規制法により輸入が禁止又は制限されており、税関で発見されれば刑事事件になり得ます。
ここでも区別が要ります。持ち込んだ物が何であるかを正確に知った上で、日本で規制されていることだけを知らなかったのであれば、法の不知です。他方、その物に規制対象となる成分が含まれていること自体を知らなかった、たとえば市販の健康食品に大麻成分が含まれているとは思っていなかった、という場合は事実の錯誤の主張が成り立ち得ます。
もっとも、薬物事犯については、判例が故意の認識の程度を緩やかに解していることに注意が必要です。最高裁平成2年2月9日決定は、覚醒剤であることの確定的な認識までは要せず、身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があれば故意に欠けるところはないとしています。「何か違法な薬かもしれないと思ったが、覚醒剤だとは知らなかった」という主張は、この判例のもとでは故意を否定しません。
在留カード:「持ち歩く義務を知らなかった」は通用するか
入管法23条2項は、中長期在留者に在留カードの常時携帯を義務付け、同法75条の3は、これに違反した者を20万円以下の罰金に処すると定めています。「携帯義務があるとは知らなかった」という主張は、典型的な法の不知であり、故意を否定しません。
もっとも、この罪は罰金刑のみであり、それ自体で入管法24条の退去強制事由に当たることはありません。実務上重要なのは、不携帯を端緒として職務質問や所持品検査が行われ、別の事実が発覚する場面です。軽い違反だからと油断せず、落ち着いて対応する必要があります。
なお、在留カードの偽造や他人名義の在留カードの所持・行使は、罰金刑の不携帯とは全く異なり、同法24条3号の5の退去強制事由に直結します。「本物だと思って買った」という主張は、偽造であることの認識に関する事実の錯誤の主張になりますが、購入の経緯や価格からその認識が推認されることが多く、容易には通りません。
薬物成分:処方薬・サプリメント・電子タバコの落とし穴
母国で処方された医薬品や市販薬の中には、日本では麻薬及び向精神薬取締法や覚醒剤取締法の規制対象となる成分を含むものがあります。また、令和6年12月以降、大麻は麻薬及び向精神薬取締法の規制対象とされ、大麻成分を含む製品の取扱いも厳格になりました。
この場面での「知らなかった」は、成分の認識に関する事実の錯誤として構成できる場合があります。医師の処方箋があり、成分表示を確認する手段がなく、規制成分を含むと疑うべき事情もなかった、という事実が積み重なれば、規制薬物であることの認識を欠いていたという主張に説得力が生まれます。逆に、インターネットで日本への持込みが問題になると知り得た状況で確認を怠っていた場合は、先に述べた判例のもとで、未必の故意が認定される方向に働きます。
「知らなかった」を意味ある主張にするには
法の不知にとどまる主張は、量刑上の事情にしかなりません。故意を争うためには、「知らなかった」を事実の錯誤として構成し直し、その根拠を示す必要があります。具体的には次の点です。
- 何を知らなかったのか(法律の存在か、物の中身か、労働時間の実態か)を明確に区別して述べること。
- 誤信に至った根拠(誰から、いつ、どのような説明を受けたか。どのような確認を行ったか)を、記録や証人によって裏付けること。
- 確認を怠ったと評価され得る事情(安すぎる価格、不自然な依頼、周囲の警告)がなかったことを示すこと。
- 取調べの段階から、法の不知と事実の錯誤を混同した調書を作らせないこと。
これらは、起訴前であれば不起訴処分の判断に、起訴後であれば無罪や量刑の判断に影響し、後に述べるとおり入管の手続においても意味を持ちます。
想定される刑事手続の流れ
逮捕されると、警察は48時間以内に事件を検察官に送り、検察官は24時間以内に勾留を請求するかどうかを判断します。裁判官が勾留を認めれば原則10日、延長でさらに10日、合計で最大23日間の身柄拘束の中で、起訴か不起訴かが決まります。
故意が争点となる事件では、この期間に作られる供述調書が全てを決めると言っても過言ではありません。「規制されていると知らなかった」と「その物が何か知らなかった」は、通訳を介すると同じように訳されてしまう危険があります。逮捕から勾留までのおよそ72時間、ご家族は面会できず、弁護人だけが接見できます。この間に、何を知っていて何を知らなかったのかを、ご本人の言葉で正確に整理しておくことが、その後の全てを左右します。
在留資格への影響:入管法24条のどの号が問題になるか
場面ごとに問題となる号が異なります。資格外活動については、入管法24条4号イが、同法19条1項に違反して収入を伴う活動を専ら行っていると明らかに認められる者を退去強制事由としています。薬物事犯については、同条4号チが、麻薬及び向精神薬取締法、覚醒剤取締法などに違反して有罪の判決を受けた者を掲げており、刑の軽重や執行猶予の有無を問いません。輸入規制違反で関税法違反として有罪となり、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた場合は、同条4号リ(刑の全部の執行猶予は除く)が問題になります。
退去強制事由に当たらない場合でも、有罪判決や捜査を受けた事実は、在留期間更新の許可(同法21条3項)における素行の評価や、在留資格の取消し(同法22条の4)に影響し得ます。
ここで、故意・過失の問題が入管手続とどう関わるかに触れておきます。刑事事件では故意の有無を争うことが当然の出発点ですが、入管の実務では、退去強制事由に当たるかどうかの判断に故意や過失は要件とされないという運用が長く続いてきました。松村大介弁護士は、責任主義の考え方を行政処分にどこまで及ぼすべきかという問題として、この運用を問う訴訟に取り組んでまいりました。刑事事件の段階で「何を知らなかったのか」を丁寧に争っておくことは、将来の入管手続における主張の基礎にもなります。
なぜ起訴前に不起訴処分を最優先の目標にするのか
当事務所は、執行猶予判決の獲得ではなく、起訴前の段階で不起訴処分を得ることを最優先の目標に置いています。故意が争点となる事件では、この目標が特に重要です。事実の錯誤の主張は、起訴前であれば検察官の起訴・不起訴の判断に直接働きかけることができますが、起訴後は法廷で無罪を争う重い立証に変わります。
加えて、薬物事犯(入管法24条4号チ)や、別表第一の在留資格で在留する方の特定犯罪(同条4号の2)は、執行猶予が付いても在留を失い得る類型です。「知らなかった」という主張が事実の錯誤として成り立つ余地があるのなら、それを起訴前に尽くし、不起訴を目指すことが、在留を守る最も確実な道です。
逮捕直後に守るべき三つのこと
第1に、黙秘権です。憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されないことを保障し、刑事訴訟法198条2項は取調べに先立ってその旨を告げることを求めています。故意が争点となる事件では、「知らなかった」の中身を整理しないまま話すと、法の不知として調書に記載され、故意を認めたのと同じ結果になりかねません。方針が固まるまで黙秘することは、正当な権利の行使です。
第2に、早期の私選弁護人の選任です。法の不知と事実の錯誤の区別は、法律家でなければ整理が難しい論点です。勾留が決まる前に弁護人が接見し、何を知っていたのかを一緒に整理することが、調書の内容を左右します。
第3に、通訳の質です。捜査機関の通訳人は捜査のための通訳であり、「知らなかった」の微妙な違いをご本人の側に立って訳し分ける立場にはありません。当事務所には、外国人事件に精通した中国語の専属通訳が常駐しており、接見の場でご本人の認識を正確に聞き取り、調書との食い違いを確認します。
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、接見の初動から公判の結審まで、松村大介弁護士が全工程を直接担当いたします。外国人事件に精通した中国語の専属通訳が常駐しており、「知らなかった」という言葉の背後にある事実関係を、ご本人の言葉で丁寧に聞き取るところから弁護活動を始めます。
冤罪により不法就労助長罪に問われた依頼者の事案では、退去強制事由の判断に故意・過失を要するかを問う訴訟を提起し、上訴審まで争いました。同じ方について、その後、在留特別許可が認められました。この論点は議論の途上にあり、結論を断定することはできません。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された方について、徹底した証拠分析と被告人質問、反対尋問を通じて無罪判決を得た事例がございます。薬物事犯における認識の有無は、客観証拠との突き合わせによって争う余地があります。
また、特殊詐欺の出し子とされた20代の女性について、指示役からの欺罔と脅迫的な状況を明らかにし、犯意がなかったことを主張して不起訴処分を得た事例がございます。「何をしているのか分かっていなかった」という主張を、事実の錯誤として具体的に構成し直したことが、この結果につながりました。
結語
「日本の法律を知らなかった」という言葉は、そのままでは刑を軽くする事情にしかなりません。しかし、その言葉の中身を丁寧にほどいていくと、「その物が何か知らなかった」「自分の労働時間が許可の範囲内だと信じていた」という、故意そのものを否定し得る事実の錯誤が見つかることがあります。この区別を取調べの最初の段階から意識し、根拠とともに主張することが、不起訴処分と在留の維持につながります。ご本人が「知らなかった」とおっしゃるとき、当事務所は、何を知らなかったのかを一緒に整理するところから始めます。早い段階でご相談ください。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
中文版(简体字):「我不知道日本的法律」能成为理由吗|刑法38条3项的法律不知与事实错误的区别、外国人案件中故意成为争点的场合
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東京を中心に刑事事件の弁護
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