当て逃げ・物損事故で通報せずに立ち去ったとき|道交法72条1項の措置義務・報告義務違反、人身事故との切り分け、免許と在留への影響
2026/09/14
駐車場で隣の車にドアをぶつけた、狭い道で電柱やガードレールにこすった、深夜に路上の停車車両に接触した。相手がいない、あるいは相手が気づいていないように見えたので、そのまま走り去ってしまった。数日後、警察から「事故の件でお話を伺いたい」と電話がかかってくる。当て逃げの相談は、このような形で始まることがほとんどです。物を壊しただけなら大した罪ではないと思われがちですが、道路交通法は、事故を起こした運転者に現場での措置と警察への報告を義務付けており、立ち去る行為そのものが独立した犯罪になります。そして、相手が実は負傷していた場合には、人身のひき逃げとして罪の重さが桁違いに変わります。本記事では、当て逃げの法律上の位置づけ、人身事故との切り分け、免許と在留への影響、そして後から出頭する場合の進め方を整理します。
本記事の要点
- 交通事故を起こした運転者には、道交法72条1項前段の危険防止等の措置義務と、同項後段の警察への報告義務があり、物損事故でも免除されません。
- 物損事故で措置義務に違反すると道交法117条の5第1号により1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金、報告義務に違反すると同法119条1項17号により3月以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金の対象になります。
- 相手が負傷していた場合は、救護義務違反として同法117条1項・2項が適用され、運転に起因する場合は10年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金となり、過失運転致傷罪と併せて問われます。
- 過失による物損自体は器物損壊罪に当たらず刑事罰の対象ではないため、立ち去らずに通報していれば刑事事件にならなかった事案が大半です。
- 物損の当て逃げは入管法24条4号リの実刑要件に達することは通常なく、在留への影響は在留期間更新の素行審査が中心ですが、人身に発展した場合は退去強制事由が現実の問題になります。
物を壊しただけの事故で、なぜ犯罪になるのですか
立ち去った行為が、道路交通法の義務違反として独立に処罰されるからです。道交法72条1項前段は、交通事故があったときは、運転者は直ちに運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないと定めています。同項後段は、警察官に対し、事故の日時・場所、死傷者の数と負傷の程度、損壊した物とその程度、講じた措置を報告しなければならないと定めています。この2つの義務は、人身事故に限らず、物損事故にも及びます。
違反に対する罰則は分かれています。人の死傷がない事故で措置義務(前段)に違反した者は、道交法117条の5第1号により1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金です。報告義務(後段)に違反した者は、同法119条1項17号により3月以下の拘禁刑又は5万円以下の罰金です。当て逃げの事案では、この2つが併せて問われるのが通常です。
ここで押さえておくべきことは、過失で物を壊したこと自体は犯罪ではないという点です。刑法261条の器物損壊罪は故意犯であり、うっかりぶつけた場合には適用されません。建造物を業務上の過失や重大な過失で損壊した場合に限り、道交法116条が6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金を定めていますが、隣の車をこすった程度の事案には関係しません。つまり、その場で停止して警察に報告していれば、民事の賠償と保険の問題で済んだはずの事故が、立ち去ったことによって刑事事件になるのです。
相手が負傷していた場合は、何が変わりますか
罪名も、刑の重さも、在留への影響も、全てが変わります。人の死傷があった事故で措置義務に違反した運転者は、道交法117条1項により5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金、その死傷が運転者の運転に起因する場合は同条2項により10年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金の対象になります。いわゆるひき逃げです。
これに加えて、事故そのものについて、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条の過失運転致傷罪が問われます。法定刑は7年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金です。ひき逃げの事案では、救護義務違反と過失運転致傷が併合罪として処断され、実刑判決も珍しくありません。
物損の当て逃げと人身のひき逃げを分けるのは、客観的に人が負傷したかどうかと、運転者がそれを認識していたかどうかです。接触した相手が自転車や歩行者であった場合、あるいは相手の車に人が乗っていた場合、軽い接触でも打撲やむち打ちの診断が出て、後から人身事故に切り替わることがあります。運転者の側が「人が乗っているとは思わなかった」「ぶつかった感触はなかった」と述べても、車体の損傷状況、ドライブレコーダーの映像、現場の状況から認識があったと推認されることは少なくありません。
「ぶつかったことに気づかなかった」という説明は通りますか
事案によります。道交法72条1項の義務は、交通事故があったことを運転者が認識していることを前提とします。本当に接触に気づいていなければ、故意を欠き、措置義務違反も報告義務違反も成立しません。狭い道で軽くこすった、大型車で後方の軽微な接触を感じ取れなかった、といった事案では、認識がなかったという主張が成り立つことがあります。
しかし、この主張は客観的事情から厳しく検証されます。接触時の衝撃音や振動の大きさ、車体の損傷の程度と位置、接触の直後に速度を落としたりブレーキを踏んだりしていないか、その後に停車して車体を確認していないか、ドライブレコーダーに音声や映像が残っていないか。これらが捜査の対象になります。接触の直後に一瞬停止してから走り去った映像が残っていれば、認識がなかったという説明は極めて通りにくくなります。
初動で重要なのは、記憶が曖昧なまま「気づいていました」とも「気づいていませんでした」とも断定的に述べないことです。認識の有無は、事故の全体像を弁護人と整理してから説明すべき事項です。
運転免許はどうなりますか
物損の当て逃げの場合、危険防止等措置義務違反として、行政処分の基礎点数が付され、安全運転義務違反の点数と合わせて、前歴がない方でも免許停止の処分に至るのが一般的です。処分の期間は累積点数と前歴により異なります。免許の取消しや停止は、公安委員会が道交法103条に基づいて行う行政処分であり、刑事処分とは別に進みます。
人身のひき逃げの場合は、救護義務違反として大幅な点数が付され、前歴がなくても免許取消しとなり、一定期間は再取得ができない欠格期間が設定されます。道交法103条2項4号は、同法117条1項又は2項の違反行為をした者について、公安委員会が免許を取り消すことができると定めています。
仕事で車を使っている方、特に運送業や配達業に従事している方にとって、免許の停止・取消しは収入の喪失に直結します。就労資格で在留している場合には、就労の継続そのものが揺らぎ、次に述べる在留の問題にも波及します。
後から出頭する場合、どのように進めるべきですか
結論として、警察から連絡が来る前に、弁護人と相談のうえで自ら出頭することをお勧めします。当て逃げは、被害者の通報、防犯カメラ、ドライブレコーダー、ナンバー照会によって、多くの場合に運転者が特定されます。特定されてから呼び出されるのと、自ら出頭するのとでは、捜査機関の受け止め方が全く異なります。自首が成立すれば、刑法42条1項により刑を減軽することができるとされていますし、自首に至らない場合でも、自発的な出頭と申告は起訴・不起訴の判断で有利な事情として考慮されます。
出頭の前に整えておくべきことがあります。第1に、事故の状況を弁護人とともに正確に整理することです。日時、場所、接触の態様、接触後の行動、気づいた時点、立ち去った理由。これらを、記憶に基づいて矛盾なく説明できる状態にしておく必要があります。第2に、被害者への弁償の準備です。相手方が特定できる場合には、弁護人を通じて連絡を取り、修理費の弁償と謝罪を申し出ます。相手方が不明な場合でも、保険会社への事故報告と、弁償の意思を示す準備をしておきます。第3に、任意保険の対物賠償の確認です。事故を報告せずに立ち去ったこと自体が保険金の支払に影響することがありますので、契約内容を確認する必要があります。
被害者と連絡が取れ、弁償と謝罪が受け入れられた事案では、物損の当て逃げについて不起訴処分となる例は多く見られます。逆に、警察からの呼び出しに応じなかったり、取調べで事実と異なる説明をしたりすれば、逃亡や証拠隠滅のおそれがあるとして逮捕される危険が高まります。
想定される刑事手続の流れ
物損の当て逃げでは、逮捕されずに在宅のまま捜査が進むことが多い類型です。警察からの呼び出しに応じて取調べを受け、実況見分に立ち会い、供述調書が作成され、事件は検察官に送致されます。検察官は、被害の程度、弁償の状況、認識の有無、前科前歴を踏まえて、起訴猶予とするか、略式手続による罰金とするか、公判請求するかを判断します。
他方、人身のひき逃げでは逮捕される可能性が高く、逮捕されれば警察は48時間以内に検察官に送致し、検察官は24時間以内に勾留を請求するかどうかを判断します。勾留は原則10日、延長でさらに最長10日です。外国人の方は、住居の安定や身元引受人の存在が勾留の判断に大きく影響しますので、在留カード、雇用契約書、家族の身元引受書を弁護人が速やかに提出することが、早期釈放の鍵になります。
在留資格への影響
物損の当て逃げについては、罰則の上限が1年以下の拘禁刑であり、実際には罰金又は起訴猶予で終わることが多いため、入管法24条4号リの「無期又は1年を超える拘禁刑」に該当することは通常ありません。道路交通法違反は、別表第一の在留資格の方に適用される同条4号の2の対象罪にも含まれていません。したがって、物損の当て逃げが単独で退去強制事由になることは、通常は考えにくいといえます。
しかし、在留期間更新の場面では話が別です。入管法21条3項は、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り許可できると定めており、入管庁のガイドラインは素行が善良であることを求めています。罰金刑であっても、道交法違反の前科は素行の評価に影響し、特に事故を起こして立ち去ったという事実は、遵法意識を疑わせる事情として見られます。永住許可の審査では、素行要件がより厳格に見られますので、当て逃げの罰金が永住許可の障害になることもあります。
人身のひき逃げに発展した場合は、状況が一変します。救護義務違反は10年以下の拘禁刑、過失運転致傷は7年以下の拘禁刑であり、併合罪として処断されれば1年を超える実刑となることは現実にあり得ます。その場合、4号リの退去強制事由に該当し、刑の全部の執行猶予が付かない限り、退去強制手続に進みます。なお、危険運転致傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条)は、別表第一の方について4号の2の対象罪に含まれていますから、飲酒運転や著しい速度超過を伴う事故では、執行猶予でも退去強制事由に当たります。
不起訴処分を最優先の目標にする理由
物損の当て逃げは、弁償と謝罪、自発的な出頭により、不起訴処分で終えられる可能性が高い類型です。そして、不起訴であれば前科は付かず、在留期間更新や永住許可の審査で説明を要する事項が一つ減ります。罰金で済むから大丈夫と考えるのではなく、罰金の前科すら残さないことを目標に置くべき事案です。
人身に発展した場合には、起訴か不起訴かが在留の帰趨を左右します。被害者との示談、治療費と慰謝料の弁償、救護義務違反の認識に関する丁寧な主張立証を通じて、起訴を避け、起訴された場合でも1年を超える実刑を避ける弁護活動が求められます。当事務所は、事故直後の段階から、刑事処分と在留の両方を視野に入れて方針を組み立てます。
警察から連絡が来たら、まず何をすべきか
第1に、黙秘権の理解です。憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されないことを保障し、刑訴法198条2項は取調べに先立ってその旨を告げることを求めています。当て逃げの事案では、接触に気づいていたかどうか、いつ気づいたかという認識の問題が中心になります。曖昧な記憶で「気づいていた」と述べれば、それが調書として残り、後から覆すことは困難です。出頭する前に、弁護人と事実関係を整理してください。
第2に、早期の私選弁護人の選任です。当て逃げは、逮捕前の在宅段階で弁護人が関与できることが多い類型です。この段階で被害者への弁償と自発的な出頭を整えることが、不起訴への最短の道です。呼び出しを受けてから、あるいは逮捕されてから動き出すのでは、有利な事情を積み上げる時間が失われます。
第3に、通訳の質です。「気づいた」「感じた」「かもしれないと思った」という認識の程度の違いは、措置義務違反の故意の有無を分けます。捜査機関の通訳は捜査のための通訳であり、ご本人の利益のためにこの微妙な違いを訳し分ける立場ではありません。当事務所には、外国人事件に精通した中国語の専属通訳が常駐しており、接見から取調べの準備、公判まで一貫して依頼者のために対応します。
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、接見の初動から公判の結審まで、松村大介弁護士が全工程を直接担当いたします。交通事件では、事故直後の出頭の判断、被害者との示談、行政処分への対応を並行して進める必要があり、弁護士自身が全体を把握して動くことが結果を左右します。
特殊詐欺の受け子として複数回再逮捕された方の事案では、不当な取調べに抗議し、事実関係の主張立証を重ねて、全ての事件について不起訴処分を得ました。当て逃げでも、認識の有無をめぐって取調べで不利な調書を作られないことが、不起訴への出発点になります。
国際的な刑事事件、裁判員裁判の対象となる事件、世界的に報道された事件への対応経験を積んでおり、中国籍の方の重大事件にも多数対応しています。人身のひき逃げのように重い結果が生じた事案でも、事故の全体像を早期に描き、救護義務違反の認識と過失の内容を丁寧に争います。
在留を失い不法滞在で起訴された方について、婚姻と認知の手続を実現し、入管の過去の許可事例を分析して主張を組み立て、在留特別許可を一度の申請で獲得した事例もあります。刑事処分が在留に及んだ場合でも、次の手を用意しています。
結語
当て逃げは、その場で止まって通報していれば刑事事件にならなかったはずの出来事が、立ち去ったという一つの選択によって犯罪に変わる類型です。そして、走り去った後の対応によって、不起訴で終わるか、前科が残るか、人身事件として在留を失うかが分かれます。警察から連絡が来る前であれば、まだ多くの選択肢が残されています。連絡が来た後であっても、出頭の仕方と説明の仕方次第で結果は変わります。一人で警察署に向かう前に、まず弁護人にご相談ください。当事務所は、その最初の判断からご一緒いたします。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
中文版(简体字):剐蹭逃逸、物损事故未报警就离开时|道交法72条1项的措置义务与报告义务违反、与人身事故的区分、对驾照和在留的影响
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東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
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