在留特別許可の考慮事情を逐条で読む|令和6年施行の入管法50条5項と主張の組み立て方
2026/08/07
令和5年改正入管法(令和6年6月10日施行)により、在留特別許可の制度は大きく形を変えました。従来は法務大臣の広範な裁量の下、ガイドラインと公表事例を手がかりに主張を組み立てるほかありませんでしたが、改正により申請手続が法定され、考慮すべき事情が入管法50条5項に条文上明示されました。これは、主張する側にとって重要な変化です。裁量の中身が条文で示された以上、書面はその項目に沿って組み立てられるべきものになったからです。本稿は、この条文をどう使うかという実務的な視点から整理を試みます。
本記事の要点
- 令和6年6月10日施行の改正により、在留特別許可の申請手続が法定され、考慮事情が入管法50条5項に明示されました。
- 拘禁刑1年超の実刑等に処せられた者についても、特別の事情があれば許可され得ることが条文上明示されました。
- 主張は、条文の各考慮事情を逐条的にたどる形で組み立てるのが基本となります。
- 入管庁が公表してきた許可事例との対比は、憲法14条1項の平等原則に基づく主張の基礎となります。
- 公表事例は個人情報の関係で抽象化されているため、完全一致ではなく本質的な事情の類似性で対比します。
改正が意味するもの
在留特別許可は、退去強制事由に該当することを前提として、なお在留を認めるかどうかを判断する制度です。従来、その判断は法務大臣の広範な裁量に委ねられていると説明され、最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決(マクリーン事件)を引いて、外国人の在留の許否は国の裁量に属するという枠組みが繰り返されてきました。
改正により、申請手続が法定されたことは、判断の対象が制度上明確になったことを意味します。また、考慮すべき事情が条文に列挙されたことにより、当該事情を考慮しなかった判断、あるいは考慮すべきでない事情を過大に評価した判断については、裁量の逸脱・濫用として争う足がかりが生まれます。行政の判断過程を統制するという行政法上の議論と接続する部分です。
考慮事情を逐条でたどる
入管法50条5項が挙げる考慮事情は、在留を希望する理由、家族関係、素行、入国の経緯、在留の期間、法的地位、退去強制の理由となった事実、人道上の配慮の必要性といった項目に整理されます。書面は、これらを一つずつ節に立てて論じる構成をとることになります。
在留を希望する理由については、抽象的な希望ではなく、日本での生活の具体的な内容、就労や学業の実績、地域社会との関係を示します。家族関係については、婚姻の実態、子の養育状況、扶養関係を資料とともに述べます。素行については、前科前歴の有無だけでなく、住民税や国民健康保険の納付状況、雇用先での評価といった、日常の生活態度を示す事情を積み上げます。
入国の経緯と在留の期間については、いつ、どのような資格で来日し、どのように在留を継続してきたかを時系列で示します。長期にわたり平穏に在留してきた事実は、それ自体が重要な考慮事情です。退去強制の理由となった事実については、違反の態様、動機、経緯、是正の状況を、事実に即して説明します。
拘禁刑1年超の場合について
改正法は、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者等についても、特別の事情があると認めるときは在留を特別に許可することができる旨を明示しています。従来、この類型では在留特別許可は事実上困難と受け止められてきましたが、条文上、特別の事情による許可の余地が示されたことになります。
もっとも、これは要件が緩和されたことを意味するものではありません。「特別の事情」という要件をどう主張するかが問われます。日本国籍の子の存在と養育の実態、本国に送還された場合の具体的な不利益、犯罪の背景事情と再犯防止の環境といった要素を、抽象論ではなく個別の事実として示す作業が必要になります。
公表事例との対比を主張の柱に置く
出入国在留管理庁は、平成16年以降、在留特別許可の許可事例と不許可事例を年度ごとに公表しています。これらは、行政自身が許可相当と判断した先例の集積です。当事務所は、これを主張の柱の一つとしています。
具体的には、本件と、違反態様、在日期間、家族構成、発覚の経緯、素行といった観点で本質的に類似する事情を有する公表事例を複数抽出し、対比表として提示します。そのうえで、過去に同種の事情について許可の実績があるにもかかわらず、本件についてのみ不許可とすることは、合理的な理由なく異なる取扱いをするものであり、憲法14条1項の平等原則に照らして相当ではない、と主張します。
なお、公表事例は個人情報や処分理由の関係で記載が抽象化されています。したがって、完全な一致を求めるのではなく、本質的な事情の類似性を基準として対比することが実務上の作法となります。この点を踏まえずに「同じ事案だ」と主張すると、かえって説得力を損ないます。
退去強制事由の判断と責任主義
入管実務では、退去強制事由の該当性の判断にあたって、故意・過失は要件とされないと説明されてきました。刑事事件で故意を争って無罪となっても、入管手続では客観的な事実のみで該当性が判断され得るという構造です。
当事務所は、この実務そのものに対し、責任なくして刑罰なしという責任主義の射程が行政処分にも及ぶべきではないかという問題を、不法就労助長罪に問われた依頼者の事案において正面から争っています(事例D-2、係争中)。行政処分であっても、本人に帰責できない事実により生活の基盤を失わせることが、憲法31条の適正手続、13条の個人の尊重、14条1項の平等原則に照らして許されるのかという論点です。
結論を先取りすることはできませんが、少なくとも実務上確かなことは、刑事段階で故意・過失を徹底して争い、その記録を残しておくことが、後の入管手続における主張の基礎になるということです。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)の松村大介弁護士(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)は、退去強制と在留特別許可を主たる注力分野の一つとし、刑事弁護と入管手続を一体として設計いたします。
観光目的で来日した相談者が在留資格を喪失し不法滞在で起訴された事案では、婚姻・認知の手続を当局との交渉により実現させ、国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない状況下で有利な証拠を収集し、過去の許可事例の分析を通じて在留特別許可を獲得しました(事例D-1)。刑事事件においては、特殊詐欺の出し子行為に関与したとされた20代女性について不起訴処分を獲得した事例(事例B-1)など、起訴前の段階で結論を得た実績も有しております。
当事務所には外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、資料の確認からご家族との連絡まで中国語で対応いたします。
おわりに
在留特別許可は、制度の性質上、結果を予測することが難しい手続です。しかし、令和6年の改正により考慮事情が条文に明示されたことで、何を主張すべきかは以前より明確になりました。条文の項目を一つずつ埋め、公表事例との対比で裏付ける。この地道な作業の厚みが、結論を左右します。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年8月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
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