「観光で来ただけだから、軽く済むはず」という思い込みについて|短期滞在者の刑事事件が厳しくなる構造
2026/08/07
短期滞在で来日中に事件を起こしてしまった方やそのご家族から、「観光客なのだから、注意されて終わりではないのか」「すぐ帰国すればよいのではないか」というご相談をいただくことがあります。日本に生活基盤がない分、扱いも軽いだろうという発想です。しかし、実際の運用はむしろ逆に働きます。生活基盤がないことは、有利な事情ではなく、身柄拘束を長引かせる事情として機能するからです。本稿は、この誤解の構造を整理します。
本記事の要点
- 住居不定と逃亡のおそれは勾留の要件であり、短期滞在者はこれらが形式的に当てはまりやすい立場にあります。
- 「すぐ帰国する」という意向は、逃亡のおそれを基礎付ける事情として扱われることがあります。
- 日本国内に身元引受人がいないことは、釈放を求める際の最大の障害となります。
- 在留期間が短いため、勾留中に在留期間が満了し、不法残留の問題が重なることがあります。
- 退去強制令書の発付を受ければ、原則5年間、日本に上陸できません(入管法5条1項9号)。
なぜ短期滞在者は勾留されやすいのか
勾留の要件は刑事訴訟法60条1項に定められており、住居不定、罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれのいずれかが必要とされます。短期滞在で来日した方の場合、日本国内に定まった住居がなく、宿泊先はホテルであり、その予約も数日で切れます。勤務先も日本にはありません。この状態は、住居不定という要件に形式的に当てはまりやすいものです。
さらに、本人が「早く帰国したい」と述べれば、その意向は逃亡のおそれを基礎付ける方向にも読まれます。捜査機関から見れば、出国してしまえば以後の捜査も公判も事実上不可能になるからです。ご本人にとって最も自然な希望が、そのまま身柄拘束を長引かせる材料になり得るという、構造的な難しさがあります。
日本に生活基盤がある方との違い
日本に在留資格を持ち、住居と勤務先があり、家族が同居している方の場合、勾留に対する準抗告や保釈請求において、身元引受人の存在、定まった住居、生活基盤の安定を主張することができます。これらは、逃亡のおそれを否定する方向の事情です。
短期滞在者の場合、これらの事情をゼロから作らなければなりません。日本国内の知人や親族に身元引受けを依頼する、滞在先を確保する、出国しないことを担保する方法を具体的に示すといった作業が必要になります。弁護人が早期に着手しなければ、勾留の期間中に間に合いません。
事件そのものの評価も、必ずしも軽くはならない
短期滞在中の事件だから量刑が軽くなる、という原則はありません。むしろ、来日の目的と異なる行為をしていた点、被害弁償や再犯防止の環境を日本国内に構築しにくい点が、消極的に評価されることもあります。
被害者との示談についても、ご本人が拘束されており、資金は本国から送金する必要があり、言語の壁もあるという三重の制約の下で進めることになります。中国からの送金には外貨管理上の手続があり、想定より日数を要することがあります。示談の見込みが立ってから動き出すのでは間に合わない場面が多くあります。
帰国できたとしても、その後がある
刑事処分が罰金や不起訴で終わり、帰国できたとしても、そこで問題が完結するとは限りません。在留期間が勾留中に満了していれば不法残留(入管法24条4号ロ)の問題が生じ、入管の手続に移行します。退去強制令書の発付を受けて送還された場合、原則として5年間、過去に退去強制歴があれば10年間、日本に上陸することができません(入管法5条1項9号)。
日本に取引先がある方、親族が在住している方、留学や就労を予定していた方にとって、この上陸拒否期間は、刑事処分そのものよりも重い結果となり得ます。逆に言えば、退去強制を回避できるかどうかが、実質的な争点となる場面が多いということです。
だからこそ、不起訴処分を目指す
当事務所は、外国人の刑事事件について、執行猶予判決の獲得を最終目標としません。起訴前の段階で不起訴処分を獲得することを最優先目標として弁護方針を組み立てます。有罪判決を受けた事実そのものが、退去強制事由該当性の判断や在留資格の審査における評価対象となるためです。
特に薬物関係の犯罪については、入管法24条4号チにより、刑の重さを問わず退去強制事由となり得ます。「執行猶予が付いたから大丈夫」という説明は、この類型では成り立ちません。号ごとに構造が異なる入管法24条を正確に読み分けたうえで、どの結論を目指すべきかを設計する必要があります。
初動で押さえておきたいこと
取調べにおいては、帰国の希望を繰り返し述べることが、必ずしも有利に働かない点に注意が必要です。何を述べるべきかは、事案の内容と目指す結論によって変わります。まずは弁護人と方針を確認してから応答することが望ましいところです。
通訳の正確性も重要です。捜査機関が手配する通訳人は法律用語の専門家とは限らず、微妙な言い回しの差が調書に残ります。当事務所には外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、捜査機関側の通訳とは別に、ご本人のために動く通訳をご利用いただけます。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)の松村大介弁護士(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)は、中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護を主たる注力分野とし、初動の接見から公判の結審まで全工程を直接担当いたします。
不起訴処分の獲得に関しては、特殊詐欺の出し子行為に関与したとされた20代女性について、指示役からの欺罔的な状況と犯意の不存在を総合的に主張し、不起訴処分を獲得した事例があります(事例B-1)。また、否認事件では、覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者について、証拠の徹底的な分析と被告人質問・反対尋問により無罪判決を獲得した事例があります(事例A-1)。
刑事手続の後に在留の問題が残る場合には、提携の行政書士と連携し、在留資格の更新・変更までワンストップで対応いたします。
おわりに
短期滞在中の事件は、ご本人の感覚と実際の手続との落差が最も大きい類型です。「軽い事件だから待っていればよい」という理解のまま数日が過ぎると、勾留が決まり、在留期間が切れ、入管へ引き継がれるという流れが現実に進みます。判断の速さが結果を左右します。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年8月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
----------------------------------------------------------------------
舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
----------------------------------------------------------------------