「認めれば早く出られる」という誤解|供述調書と通訳の落とし穴
2026/08/04
取調べの場で「認めれば早く出られる」「否認していると長引くよ」と言われた、というお話は、外国人の方の事件で繰り返し伺います。日本語での取調べに、通訳人を介して答えるという状況では、この一言が持つ重みは日本人の被疑者以上です。早く家族のもとへ帰りたい、会社に迷惑をかけたくない、在留資格を失いたくない。そうした切実な思いから、記憶と少し違う内容の調書に署名してしまう方が、現に少なくありません。しかし、身柄拘束が続くかどうかは、認否だけで決まる仕組みにはなっていません。本記事では、認否をめぐる判断と、供述調書・通訳の実務上の危うさを整理いたします。
本記事の要点
- 勾留の可否を決めるのは、罪証隠滅のおそれと逃亡のおそれの有無です(刑訴法60条)。「認めたか否か」はその一要素にすぎません。
- 外国人の方の事案では、住居の安定性、身元引受人の有無、出国の可能性が、逃亡のおそれの評価に影響しやすい傾向があります。
- 一度署名した供述調書を後から覆すことは容易ではありません(刑訴法322条)。
- 通訳を介した供述は、ニュアンスがずれたまま記録に残ることがあり、公判で致命傷になり得ます。
- 他方、事実を争わない事案では、早期の被害弁償・示談が不起訴処分に直結し得ます。認否の判断と示談の推進は矛盾しません。
1. 「認めれば早く出られる」は、必ずしも正しくない
勾留するかどうかを判断する基準は、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由に加え、住居不定、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかがあるかどうかです(刑訴法60条1項)。「認めているかどうか」は、罪証隠滅のおそれを判断する材料の一つではありますが、それ自体が独立の要件ではありません。
現に、被疑事実を認めていても、共犯者との口裏合わせが懸念される、被害者や関係者に接触するおそれがある、押収されていない証拠が残っているといった事情があれば、勾留は続きます。逆に、否認していても、客観証拠が固まっており関係者への接触の現実的可能性が乏しい事案では、勾留請求が却下されることもあります。「認めれば早く出られる」という説明は、実務の一面を切り取ったものにすぎません。
2. 外国人の方で「逃亡のおそれ」が重く見られやすい理由
外国人の方の事案では、住居の安定性、同居家族や勤務先の有無、身元引受人を確保できるか、そして国外へ出国し得る立場かどうかが、逃亡のおそれの評価に影響しやすい傾向があります。旅券を任意提出する、身元引受書を提出する、勤務先から在職と監督の意思を示す書面を得るといった作業は、認否の如何にかかわらず、早い段階で進めておく価値があります。
さらに、在留への波及も同時に見なければなりません。入管法24条は退去強制事由を号ごとに書き分けており、同条4号リのように無期又は1年を超える拘禁刑という刑の重さを基準とする号がある一方、薬物関係の同号チのように刑の軽重を問わない号もあります。どの号が問題になるかによって、目指すべき刑事処分の内容も変わってきます。
3. 署名した調書を後から覆すことの難しさ
供述調書は、取調べ官が被疑者の話を要約して文章にし、これを読み聞かせ又は閲覧させたうえで、被疑者の署名押印を得て完成します(刑訴法198条3項から5項)。署名押印は義務ではなく、拒むことができます。しかし、いったん署名した調書は、被告人に不利益な事実の承認を内容とするものとして、公判で証拠となり得ます(刑訴法322条1項)。
「本当はそういう意味ではなかった」と公判で述べても、なぜその場で訂正を求めなかったのかを問われます。実務上、署名済みの調書を後から覆すのは容易ではありません。取調べには黙秘権があり(憲法38条1項、刑訴法198条2項)、黙秘は権利の行使であって、それ自体が不利益に扱われるべきものではないという点を、まず押さえてください。
なお、刑事手続で作成された調書は、その後の入管手続における事実認定の場面でも参照され得ます。刑事段階で認識の有無をどう記録に残したかが、退去強制事由の該当性の判断にまで影響し得るということです。当事務所は、この退去強制事由の判断についても、故意・過失の有無が問われるべきではないかという論点を重視しており、松村大介弁護士は、冤罪により不法就労助長罪に問われた女性の事案で、責任主義の射程を正面から問う訴訟を現在係争中です(事例D-2)。
4. 通訳を介した調書のずれ
通訳人を介した取調べには、固有の危うさがあります。第一に、捜査機関が手配する通訳人は、必ずしも法律用語の専門家ではありません。「知っていた」と「うすうす感じていた」、「頼まれた」と「命じられた」といった差は、故意や共謀の認定を左右しますが、訳出の段階で平板化されることがあります。第二に、調書は日本語で作成されます。読み聞かせも通訳を介して行われるため、ご本人が最終的な日本語の文言を直接確認することは困難です。第三に、方言や中国語圏ごとの言い回しの違いが、誤訳の温床になります。
だからこそ、捜査機関が指定する通訳人とは別に、依頼者ご本人のために動く立場の通訳を確保しておくことに意味があります。
5. 他方で、争わない事案では早期の示談が結論を変える
以上は、安易に認めるべきでないという趣旨であって、常に黙秘・否認が正しいという意味ではありません。事実関係に争いがなく、被害者のある事件では、早期の被害弁償と示談の成立が、不起訴処分に直結し得ます。当事務所は、起訴された後の弁護ではなく、そもそも起訴させないこと、すなわち不起訴処分の獲得を最優先の目標としております。外国人の方にとっては、執行猶予付き判決であっても前科として残り、その後の在留の審査に影響し続けるからです。
認否の方針と示談の推進は、矛盾しません。争うべき部分は争いつつ、争わない部分については速やかに被害回復を図る。この切り分けこそが弁護人の仕事であり、事案ごとに答えが変わります。「認めるべきか、黙秘すべきか」に、一律の正解はありません。
6. 初動で押さえておきたい3点
- 記憶が曖昧なまま調書に署名しないでください。署名を拒むことは権利の行使であり、それ自体が不利益に扱われるべきものではありません。
- 弁護人の選任は早いほど有効です。勾留の可否が判断されるまでの数日間に、身元引受書や在職証明を整えられるかどうかが結論を分けます。
- 通訳の質を確認してください。訳出に違和感を覚えたら、その場で通訳人の交代を求めることができます。
7. 当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)は、松村大介弁護士(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)が、中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護と入管手続に取り組んでおります。
供述の信用性を正面から争った例として、覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者について、証拠の徹底的な分析と被告人質問・反対尋問を通じて無罪判決を獲得した事例がございます(事例A-1)。対象物についての認識や営利目的の有無は、まさに供述調書の記載がものを言う争点であり、調書がどのように作られたかを丁寧に検証することが結果に結びつきました。
取調べ対応そのものが結論を分けた例として、特殊詐欺の受け子で複数回にわたり再逮捕された事案において、徹底した取調べ対応と不当な取調べへの抗議を重ね、全件について不起訴処分を獲得した事例もございます(事例B-2)。
当事務所の特徴として、松村大介弁護士が接見の初動から公判の結審まで全工程を直接担当いたします(事務員・若手弁護士による代行を行いません)。また、外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、捜査機関が指定する通訳とは別に、依頼者ご本人のために動く立場の通訳をご利用いただけます。刑事手続終了後の在留資格の更新・変更については、提携の行政書士と連携してワンストップで対応いたします。
なお、過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
8. おわりに
取調べ室の中では、時間の感覚が失われます。早く終わらせたいという気持ちは自然なものですが、その場で署名した数行が、その後の刑事裁判と入管手続の双方を規定してしまうことがあります。認めるか、黙るか。その判断は、事案の中身と証拠の状況を踏まえた戦略の問題であって、一般論で決められるものではありません。判断の前に、まず弁護人にお会いください。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
本記事は2026年8月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
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舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
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