舟渡国際法律事務所

訴えの利益(裁判をする実益)

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訴えの利益(裁判をする実益)

訴えの利益(裁判をする実益)

2026/08/12

― 最高裁判例の考え方と、国税公売公告処分をめぐる一つの立論 ―

舟渡国際法律事務所 弁護士 松村大介

第1 はじめに

行政庁の処分が違法であっても、裁判所がその当否を判断してくれるとは限らない。取消訴訟を提起するには、その処分を取り消すことによって現実に回復される法律上の利益がなければならず、これを訴えの利益という。処分が違法であることと、その違法を裁判所に判断してもらえることとは、別の問題である。

訴えの利益は訴訟の入口で争われる。本案の主張がどれほど周到であっても、訴えの利益を欠くとされれば訴えは却下され、処分が違法かどうかの判断は一切示されない。行政庁の側から見れば、時間の経過や手続の進行によって訴えの利益を失わせることは、本案の審理を免れる最も効率的な方法である。実務上、この論点は形式的な入口論ではなく、しばしば勝敗を分ける主戦場となる。

本稿では、最高裁判例の判断枠組みを整理し(第2)、訴えの利益が否定された代表的な類型と、これに対置される肯定例とを確認する(第3、第4)。そのうえで、国税の滞納処分における公売公告処分を取り上げ(第5)、公売が不成立に終われば訴えの利益が消滅するという実務上の見解を紹介し(第6)、国税徴収法の明文の定めに照らしこれを採り得ないとする筆者の立論を述べる(第7)。末尾の論点は、当事務所において現に係争中の問題である。

第2 訴えの利益とは何か

1 行政事件訴訟法9条1項括弧書

行政事件訴訟法9条1項は、「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなつた後においてもなお処分又は裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。」と定める。講学上、本文は原告適格を、括弧書は狭義の訴えの利益を規律するものと解されている。原告適格が「誰が争えるか」という主体の問題であるのに対し、狭義の訴えの利益は「今なお争う実益があるか」という時間軸の問題であり、本稿が扱うのは後者である。

2 判断の出発点と「回復すべき法律上の利益」

判例の出発点は明快である。処分が本来有する法的効果、すなわちその処分によって相手方に付与され、又は課された法律上の地位が、期間の経過、工事の完了、目的の達成等によって消滅したときは、原則として訴えの利益も消滅する。取り消すべき法的効果が存在しない以上、取消判決を得ても法律関係に変動が生じないからである。

もっとも、括弧書は、本来的な効果が消滅した後でもなお訴えの利益が残る場合を予定している。問題は「回復すべき法律上の利益」の中身である。最判昭和55年11月25日民集34巻6号781頁は、自動車運転免許の効力停止処分について、停止期間を経過し、かつ処分の日から無違反・無処分で1年を経過したときは、取消しによって回復すべき法律上の利益を有しないとした。道路交通法上その後に不利益な取扱いを受けるおそれがなく、「他に本件原処分を理由に被上告人を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はない」というのがその理由であり、名誉、感情、信用が損なわれるという不利益は事実上の効果にすぎないとされた。

訴えの利益の有無は、当事者の救済感情や事実上・経済上の不利益によってではなく、根拠法令及び関係法令の中に当該処分を理由とする不利益な取扱いが定められているか否かによって決せられる。代理人の仕事は、法令の中から残存する法律上の不利益を具体的に拾い出す作業に尽きるといってよい。

第3 訴えの利益が否定された代表的な類型

1 期間経過型

最大判昭和28年12月23日民集7巻13号1561頁(皇居外苑使用不許可事件)は、メーデーのための皇居外苑使用不許可処分について、当該期日の経過により判決を求める法律上の利益を喪失するとした。行政事件訴訟特例法下の判例であるが、期間経過型の原型として現在も引用される。前掲最判昭和55年11月25日も、停止期間の経過に加え、道路交通法施行令の定める1年の経過により累積加重の対象から外れることを理由とするものであり、この類型に属する。

2 工事完了・目的達成型

⑴ 最判昭和59年10月26日民集38巻10号1169頁は、建築基準法6条1項の建築確認を受けた工事が完了したときは、確認の取消しを求める訴えの利益は失われるとした。建築確認は、それを受けなければ工事をすることができないという法的効果を付与されているにすぎないから、工事の完了によりその効果は意味を失うというのが理由である。

⑵ 最判平成5年9月10日民集47巻7号4955頁は、都市計画法29条の開発許可を受けた工事が完了し、検査済証が交付された後は、許可の取消しを求める訴えの利益は失われるとした。予定建築物についてまだ建築確認がされていない場合も同様である(最判平成11年10月26日集民194号907頁)。

⑶ 最判昭和57年9月9日民集36巻9号1679頁(長沼ナイキ事件)は、保安林指定解除処分につき、代替施設の設置によって洪水、渇水の危険が解消されたときは、当該利益侵害を基礎として原告適格を認められた者の訴えの利益は失われるとした。周辺住民の原告適格を認めたうえで狭義の訴えの利益を否定したものであり、両者が別個の要件であることを示す例でもある。

3 地位喪失型

⑴ 最判平成10年4月10日民集52巻3号677頁は、再入国不許可処分を受けた者が本邦から出国した場合には、その取消しを求める訴えの利益は失われるとした。出国により従前の在留資格が消滅する以上、処分を取り消しても当該在留資格のまま再入国を認める余地がないからである。

⑵ 最大判昭和42年5月24日民集21巻5号1043頁(朝日訴訟)は、生活保護処分に関する裁決の取消訴訟は被保護者の死亡により当然終了するとした。もっとも、保護受給権の一身専属性を理由とするものであって、厳密には括弧書による訴えの利益の消滅ではなく訴訟承継の否定であり、法律構成の差異は意識しておくべきである。

4 類型に共通する視点

以上に共通するのは、根拠法令を精査し、当該処分がなお法的効果を残しているか、又は当該処分を理由とする不利益な取扱いを定めた規定が他に存在するかを、条文に即して確認する作業である。訴えの利益が否定されたのは、その作業の結果として、取り消すべき法的効果も残存する法令上の不利益も見出されなかった事案にほかならない。これらの判例は「時間が経てば訴えの利益は消える」という一般命題を述べたものではない。

第4 否定類型の限界 ― 肯定例が示すもの

1 附随する権利が残る場合

最大判昭和40年4月28日民集19巻3号721頁は、免職処分の取消訴訟の係属中に公職の候補者として届出をしたため法律上その職を辞したものとみなされるに至った場合にも、訴えの利益を認めるのが相当であるとした。処分が取り消されない限り、違法な免職処分さえなければ有するはずであった給料請求権その他の権利につき救済を求めることができなくなるからである。附随的な金銭的利益であっても、法令上の権利である以上、括弧書の「回復すべき法律上の利益」に当たる。

2 事実上の原状回復不能は訴えの利益を失わせない

最判平成4年1月24日民集46巻1号54頁は、町営土地改良事業の工事等が完了して原状回復が社会通念上不可能となった場合であっても、事業施行認可の取消しを求める訴えの利益は消滅しないとした。原状回復が社会通念上不可能であるという事情は、行政事件訴訟法31条(事情判決)の適用に関して考慮されるべき事柄であって、取消しを求める法律上の利益を消滅させるものではない、というのである。法は「違法ではあるが取り消さない」という処理を事情判決の制度に委ねており、訴えの利益の段階でこれを切り捨てることは、違法の宣言と一切の事情の考慮という手続を回避することにほかならない。

3 法令上の地位・加重規定が残る場合

最判平成21年2月27日民集63巻2号299頁は、免許証の更新に当たり一般運転者として扱われた者について、優良運転者である旨の記載のある免許証の交付を受ける法律上の地位を否定されたことを理由に、更新処分の取消しを求める訴えの利益を認めた。免許証上の記載という一見事実上の利益を、道路交通法上の手続及び期間の差異と結び付けて法律上の地位として構成した点に意義がある。

さらに最判平成27年3月3日民集69巻2号143頁は、行政手続法12条1項により定められ公にされている処分基準において先行処分を理由に後行処分の量定を加重する定めがある場合には、先行処分の効果が期間の経過によりなくなった後も、当該不利益な取扱いを受けるべき期間内はなお取消しによって回復すべき法律上の利益を有するとした。加重の根拠が法令ではなく処分基準であっても、公にされている以上、行政庁の裁量は当該基準に従って行使されるべきことがき束されるからである。「法令上の不利益」を基準とする従来の枠組みを実質的に押し広げた判例である。

4 根拠法令の構造が結論を分ける

最判平成27年12月14日民集69巻8号2404頁は、市街化調整区域内の開発許可について、検査済証の交付及び工事完了公告の後も訴えの利益は失われないとした。市街化調整区域では都市計画法43条1項により原則として建築等ができないのに対し、開発許可を受けた開発区域では同法42条1項により予定建築物等の建築等が可能となるという法的効果が生ずるからである。同判決は、市街化区域に関する前掲平成5年判決等について、開発許可の取消しにより排除し得る法的効果が異なるとして、その射程が及ばないことを明示した。同じ「開発許可と工事完了」という外形の下で結論が正反対となったことは、訴えの利益の判断が類型の当てはめではなく、根拠法令の構造の読み解きであることを端的に示している。

第5 国税の公売公告処分

1 滞納処分の流れと公売公告の位置

国税が滞納となった場合、税務署長は財産を差し押さえ(国税徴収法47条以下)、これを換価する。換価は公売によることを原則とし(同法94条1項)、税務署長は、差押財産等を公売に付するときは、公売の日の少なくとも10日前までに、公売財産の名称・数量・性質・所在、公売の日時及び場所、売却決定の日時及び場所、買受代金の納付の期限等を公告しなければならない(同法95条1項各号)。これが公売公告である。以後、滞納者及び利害関係人への通知(同法96条)、見積価額の決定(同法98条)及びその公告(同法99条)を経て、公売期日の入札等、最高価申込者の決定(同法104条)、売却決定(同法111条、113条)、買受代金の納付(同法115条)、権利移転(同法116条)へと進む。

2 公売公告の処分性と公売の不成立

公売公告は、行政不服審査及び取消訴訟の対象となる処分である。国税不服審判所平成27年12月1日裁決は、その理由を「公売公告が処分性を有するのは、これによって差押財産の所有者が自己の財産を公売によって売却されるという地位に立たされることを理由とするものである」と説明する。滞納者にとって公売公告は、自らの財産が公の手続によって売却されることが確定的に予定される最初の局面であり、かつ、見積価額の水準、換価する財産の選択、公売の時期といったその後の一切を規定する条件が公示される局面である。ここで争えなければ、財産は失われる。

他方、公売に付しても入札者等がないとき、又は入札等の価額が見積価額に達しないときは、公売は成立しない。問題は、公売が不成立に終わった場合に、当該公売公告処分の取消しを求める訴えの利益がなお存続するかである。

第6 消滅説 ― 国税不服審判所令和6年3月11日裁決

実務上、これを否定する見解が存在する。国税不服審判所令和6年3月11日裁決は、次のとおり判断した。

公売公告処分に係る公売が実施され、買受申込みがないまま買受申込期間が満了した財産又は買受申込期間満了後に最高価申込者が買受申込みの取消しをした財産については、再び公売するには改めて買受申込期間を定めて公売公告以下の公売手続を踏まなければならないから、公売公告処分のうち当該財産に係る部分はその法的効果を失い、その取消しを求める法律上の利益は消滅すると解すべきである。

前掲平成27年12月1日裁決が示した処分性の根拠、すなわち「公売によって売却されるという地位」を裏返し、公売が不成立に終われば当該地位は消滅する、という論理である。

しかし、この見解によれば、公売公告処分の違法を争う者は極めて不利な立場に置かれる。公売が成立すれば財産を失い、不成立に終われば訴えの利益を失って却下される。いずれに転んでも処分の違法についての判断は得られない。しかも、その間に税務署長は再公売又は随意契約による売却へと手続を進めることができ、違法な公売公告処分が、司法審査を経ないまま次の売却の基礎として機能し続けることになる。

第7 公売の不成立によって訴えの利益は失われない

筆者は、この消滅説を採ることができないと考える。国税徴収法の明文の定めが、公売の不成立を手続の終了として扱っておらず、むしろ公売公告処分の法的効果が不成立の後も存続することを前提として、一連の規定を置いているからである。

1 107条1項 ― 不成立は終了ではなく、再公売義務の発生要件である

国税徴収法107条1項は、「税務署長は、公売に付しても入札者等がないとき、入札等の価額が見積価額に達しないとき、又は次順位買受申込者が定められていない場合において次条第二項若しくは第五項若しくは第百十五条第四項(買受代金の納付の期限等)の規定により売却決定を取り消したときは、更に公売に付するものとする。」と定める。

「することができる」ではなく「するものとする」である。公売の不成立は、法律上、税務署長に再公売の義務を発生させる要件事実として位置付けられている。滞納者の側から見れば、公売が不成立に終わったことによって「自己の財産を公売によって売却される地位」から解放されるのではなく、法律上当然に、再び公売に付されるべき地位に立たされ続ける。処分性の根拠として挙げられた地位は、不成立によって消滅するどころか、法の定めによって継続するのである。

2 107条3項・4項、109条4項 ― 直前の公売公告の効力を援用する明文

同条3項は、「第九十六条(公売の通知)の規定は、第一項の規定による公売が直前の公売期日から十日以内に行われるときは、適用しない。」と定める。また同条4項は、再公売における見積価額の公告の時期について、99条1項1号の「公売の日から三日前の日」を「公売の日の前日」と読み替える。これらは随意契約による売却の場合にも準用される(同法109条4項)。

再公売が直前の公売と完全に切断された新規の手続であるならば、通知を省略し、公告の時期を繰り上げる理由はない。これらの規定は、直前の公売手続において既に通知及び公告がされていることを前提に、その手続的効果を援用することを認めたものにほかならない。法は、不成立に終わった公売公告処分がその後の手続の基礎として法的に機能し続けることを、明文をもって承認している。

前掲令和6年3月11日裁決は、「再び公売するには改めて……公売公告以下の公売手続を踏まなければならない」ことを理由とする。しかし、新たな公告を要することと、先行する公告の法的効果が消滅することとは同じではない。107条3項及び4項は、まさにその「改めて踏む手続」の内容が直前の公売公告の存在によって法律上軽減されることを定めているのであって、同裁決の理由付けは、この条文構造と整合しない。

3 109条1項3号・2項後段 ― 直前の公売の見積価額が随意契約の法定の下限を画する

さらに決定的なのは、随意契約による売却の規定である。国税徴収法109条1項3号は「公売に付しても入札等がないとき、入札等の価額が見積価額に達しないとき、又は第百十五条第四項(買受代金の納付の期限等)の規定により売却決定を取り消したとき。」を掲げ、この場合に税務署長が差押財産等を公売に代えて随意契約により売却することができるものとする。公売の不成立という事実は、ここでも、随意契約による売却権限を発生させる法律要件として組み込まれている。

そして同条2項後段は、「同号の規定により売却するときは、その見積価額は、その直前の公売における見積価額を下つてはならない。」と定める。不成立に終わった公売において決定された見積価額が、その後の随意契約による売却の見積価額の法定の下限を画するのである。これは、公売公告処分に基づく公売の見積価額が、公売の不成立後もなお、財産が現実にいくらで処分されるかを法的に規律し続けることを意味する。見積価額が違法に低廉であった場合、その違法な水準が随意契約における下限として作用し、当該価額での売却を法的に正当化する。取消判決によって排除し得る法的効果は、現に存在する。

4 171条1項3号 ― 代金納付の有無を問わない争訟期限

国税徴収法171条1項3号は、不動産等についての95条の公告から売却決定までの処分に関し欠陥があることを理由とする不服申立ての期限を、「換価財産の買受代金の納付の期限」と定める。国税徴収法基本通達は、これを公売公告において定めた買受代金の納付の期限をいい、買受代金が現実に納付されたか否かを問わない趣旨とする。

不動産の公売において、公売の日、売却決定の日及び買受代金の納付の期限は、いずれも公売公告に記載される別個の日であり(同法95条1項3号・4号・6号)、後二者は公売の日の後に到来する。消滅説によれば、訴えの利益は公売が不成立に終わった瞬間、すなわち公売の日に消滅するから、その後、法が定める争訟期限が到来するまでの期間は、期限だけが残り、争う利益は既に失われているという状態が生ずる。法が、およそ行使し得ない権利のために期限を定めたと解することはできない。同号は、公売の成否にかかわらず、公告に定められた納付期限までは公売公告処分を争い得ることを当然の前提としている。

5 173条 ― 後行処分がない段階でこそ、取消しが予定されている

国税徴収法173条1項は、171条1項3号に掲げる処分に欠陥があることを理由とする不服申立てについて、「その処分は違法ではあるが」、①後行処分が既に行われている場合において、その違法が軽微であり、後行処分に影響を及ぼさせることが適当でないと認められるとき、又は②換価した財産が公共の用に供されている場合その他処分を取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合で、諸事情を考慮してもなお取消しが公共の福祉に適合しないと認められるときは、これを棄却することができると定める。行政事件訴訟法31条の事情判決に対応する、いわば事情裁決の規定である。

この規定は、法が、公売公告処分が違法である場合には原則としてこれを取り消すべきものとしたうえで、例外的に棄却を許す場合を限定列挙したものと読むほかない。公売が不成立に終わった段階では、後行処分たる売却決定は行われておらず、買受人も存在せず、財産は依然として滞納者に帰属しているから、1号にも2号にも当たらない。この段階は、法が最も端的に取消しによる是正を予定した局面である。前掲最判平成4年1月24日が事実上の原状回復不能を事情判決の問題としたのと同様に、取消しの当否は173条又は行政事件訴訟法31条の枠内で衡量されるべきであって、訴えの利益の段階で審理の扉を閉ざすことは、法が用意した衡量の手続を回避するものである。

6 国税通則法105条1項ただし書との関係

国税通則法105条1項ただし書は、不服申立てがされた場合、差し押さえた財産の滞納処分による換価は、財産の価額が著しく減少するおそれがあるとき等を除き、決定又は裁決があるまですることができないと定める。争訟の係属それ自体が財産の保全機能を担う仕組みである。消滅説を前提とすると、税務署長は、争訟の係属中に公売を実施してこれを不成立に終わらせることにより、争訟を却下に導いて換価の制限を解除することができることになる。処分の名宛人が争う手段を失う一方で、手続は107条1項により再公売へと進む。このような帰結が同項ただし書の趣旨に反することは明らかである。

7 判例の枠組みへの当てはめ

第1に、主位的には、公売公告処分の本来的な法的効果はそもそも消滅していない。107条1項により滞納者は再び公売に付されるべき地位に立たされ続け、107条3項・4項及び109条4項により当該公告の手続的効果はその後の手続に援用され、109条2項後段により当該公売の見積価額はその後の売却の下限を画する。建築確認における工事の完了や、再入国不許可処分における出国のように、処分の法的効果が尽きたといえる事情は存在しない。

第2に、仮に本来的効果が消滅したと解する立場に立つとしても、行政事件訴訟法9条1項括弧書により訴えの利益は存続する。109条2項後段は、当該処分を理由として滞納者を不利益に取り扱うことを認めた法令の規定にほかならない。前掲最判昭和55年11月25日が訴えの利益を否定したのは、「他に本件原処分を理由に被上告人を不利益に取り扱いうることを認めた法令の規定はない」という事案であった。本件はその逆であり、名誉や信用といった事実上の利益ではなく、財産が現実にいくらで売却されるかという法令上の効果が問題となっている。処分基準による加重であっても訴えの利益を基礎付けるとした前掲最判平成27年3月3日に照らせば、法律が明文で定める価額の下限がこれに劣後すると解すべき理由はない。

第3に、前掲最判平成27年12月14日が示したとおり、訴えの利益の判断は、当該処分の取消しによって排除し得る法的効果が何かを根拠法令の構造に即して具体的に確定する作業である。国税徴収法107条及び109条の構造を精査すれば、排除し得る法的効果は明瞭に存在する。公売の不成立という外形的事実のみを捉えて訴えの利益を否定することは、この作業を省略するものといわざるを得ない。

第8 結び

訴えの利益は、しばしば「入口の問題」として軽く扱われる。しかし判例が積み重ねてきたのは、根拠法令を精読し、当該処分がなお何を法的に規律しているかを具体的に確定するという、本案の審理に劣らず精緻な作業である。訴えの利益が否定された諸判例は、その作業の結果として不利益が見出されなかった事案であって、時の経過が自動的に司法審査を終わらせることを認めたものではない。

国税徴収法は、公売の不成立を手続の終わりとしてではなく、再公売の義務が生じ、随意契約による売却が可能となり、直前の公売における見積価額がその下限を画するという、新たな法的効果の起点として規定している。そうである以上、公売が不成立に終わったことをもって、公売公告処分の取消しを求める法律上の利益が失われることはない。滞納処分は、裁判所の関与を経ずに行政庁が自らの判断で国民の財産を売却することを認める強力な自力執行の制度であり、その入口に置かれた公売公告処分について、公売が成立すれば財産を失い、不成立に終われば訴えの利益を失うというのでは、司法審査は制度上ほとんど機能しない。適正手続の保障(憲法31条)及び財産権の保障(同29条)の見地からも、この帰結は是認し難い。

本稿は一般的な法律論の解説であり、個別の事案についての法的判断を示すものではない。滞納処分・公売に関して具体的なお悩みがある場合には、弁護士に直接ご相談いただきたい。

(参考)本稿で引用した条文は国税徴収法、国税通則法及び行政事件訴訟法の各規定(e-Gov法令検索)、通達は国税庁「国税徴収法基本通達」、裁決は国税不服審判所公表裁決(令和6年3月11日裁決、平成27年12月1日裁決)、判例は最高裁判所判例集による。なお、本稿第6及び第7に述べた論点は、当事務所において現に係争中の問題である。

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