裁判中でも強制送還されるのか|取消訴訟・執行停止と入管の「送還差控え」運用、訴訟提起通知書の実務
2026/09/23
「裁判を起こしたのに、判決が出る前に強制送還されてしまうことはないのか」。退去強制令書の発付を受け、在留特別許可の不許可処分や退去強制令書発付処分の取消しを求めて裁判を起こそうとする方や、そのご家族から、最も多く寄せられる質問の一つです。
結論から申し上げると、裁判を起こしただけでは、法律上、送還は止まりません。これまで送還が止まってきたのは、入管自身が「訴訟が係属している人は送還を差し控える」という運用をしてきたからです。そして、その運用を支えてきた仕組みの一つである「弁護士通知制度」は、2026年1月に廃止されました。本記事では、裁判中の送還をめぐる法律の建前と入管の運用を整理したうえで、当事務所が取消訴訟を提起する際に、訴状・執行停止申立書とあわせて入管に送付している「訴訟提起通知書」の考え方をご紹介します。
本記事の要点
- 取消訴訟を提起しても、処分の執行は止まりません(行政事件訴訟法第25条第1項)。難民認定申請中の「送還停止効」のような規定は、訴訟には存在しません。
- 入管自身は、「入管関係訴訟が係属中の者については、運用上の配慮として、送還を差し控えている」と公式の報告書に記載してきました。ただしこれは運用であり、法律上の保障ではありません。
- 送還予定時期を代理人弁護士に約2か月前に知らせる「弁護士通知制度」は、2026年1月に廃止されました。送還の強化方針の下で、この運用に頼り切ることは危険です。
- 送還を法的に止めるには、取消訴訟の提起と同時に執行停止を申し立て、裁判所の決定を得ることが必要です。
- 当事務所では、提訴と同時に入管に「訴訟提起通知書」を送付し、訴訟係属の事実を確実に伝えるとともに、送還を強行すれば国家賠償請求をすることを明示しています。
1 法律の建前|裁判を起こしても処分の執行は止まらない
行政事件訴訟法第25条第1項は、「処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。」と定めています。これを「執行不停止の原則」といいます。退去強制令書は、発付されれば入国警備官が執行し、「速やかに」送還先に送還しなければならないとされていますから(入管法第52条第3項)、取消訴訟を起こしたという事実だけでは、法律上、この執行を止める効力はありません。
この点で、訴訟は難民認定申請と大きく異なります。難民認定申請中の人については、原則として送還が停止されます(入管法第61条の2の9第3項。いわゆる「送還停止効」)。もっとも、令和5年の法改正により、3回目以降の申請者(難民認定等を行うべき相当の理由がある資料を提出した場合を除きます)や、3年以上の実刑判決を受けた人などには、この送還停止効が及ばなくなりました(同条第4項)。
つまり、「難民申請をしていれば送還されない」「裁判をしていれば送還されない」という理解は、いずれも法律上は正確ではありません。
2 入管自身の運用|訴訟係属中は送還を差し控えてきた
それでも、実際には、取消訴訟を起こした人が判決前に送還されることは、原則としてありませんでした。入管がそのような運用をしてきたからです。
法務大臣の私的懇談会である第7次出入国管理政策懇談会の「収容・送還に関する専門部会」が令和2年6月に取りまとめた報告書「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」は、この運用を次のように明記しています。
「入管関係訴訟が係属中の者については,運用上の配慮として,送還を差し控えている。」(同報告書7頁)
同じ報告書は、別の箇所で、入管関係訴訟が係属中の被退去強制者については、「法律上の送還停止効があるわけではないが,裁判を受ける権利に配慮して,裁判終結までの間は送還を差し控える運用が行われている。」とも述べています(同9頁)。
ここから読み取れることは二つです。一つは、入管自身が、訴訟係属中の送還を差し控える運用の存在を公式に認めていることです。もう一つは、その根拠が「裁判を受ける権利」(憲法第32条)への配慮にあるということです。後者は、後で述べる国家賠償の議論に直結します。
3 運用が揺らいでいる|弁護士通知制度の廃止と送還の強化
訴訟係属中の送還差控えを事実上支えてきたのが、2010年に日本弁護士連合会と法務省入国管理局(当時)との合意に基づいて導入された「弁護士通知制度」です。これは、被退去強制者の代理人弁護士に対し、おおむね送還予定時期の2か月前を目途に送還予定を知らせる仕組みで、弁護士はこの通知を受けて、取消訴訟の提起や執行停止の申立てを準備することができました。
ところが、報道によれば、出入国在留管理庁は2026年1月、送還前に逃亡する事案が生じたことなどを理由に、この制度の廃止を決定しました。代わりに示されたのは、退去強制令書の発付後1か月間は送還を猶予する旨を本人に通知するという措置です。日本弁護士連合会は、同年1月27日の会長談話で、送還時期が特定されず猶予期間も極めて短いと批判し、制度の一方的な廃止に抗議しています。
背景には、2025年5月に公表された「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」に基づく送還の強化があります。報道によれば、2025年に強制送還された外国人は前年より約3割増えて過去最多の318人となり、難民認定申請中の人についても、送還停止効の例外規定を適用した送還が行われています。
訴訟係属中の送還差控えの運用そのものが廃止されたという公表はありません。しかし、弁護士通知制度がなくなった以上、「入管が訴訟の係属を知らないまま送還手続を進める」という事態は、これまでより起こりやすくなっています。運用が続いていることを前提にしつつも、それに頼り切らない備えが必要です。
4 送還を止めるための三つの手段
手段1 取消訴訟を期間内に提起する
在留特別許可をしない処分や退去強制令書発付処分の取消訴訟は、処分があったことを知った日から6か月以内に提起しなければなりません(行政事件訴訟法第14条第1項)。在留特別許可を求める場合には、あわせて義務付けの訴えを提起することも検討します。出訴期間を過ぎてしまえば、送還差控えの運用の前提となる「訴訟係属」そのものが生まれません。
手段2 執行停止を申し立てる
送還を法的に止める唯一の手段が、執行停止の申立てです。裁判所は、処分の執行により生ずる「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に、執行の全部又は一部を停止することができます(同法第25条第2項)。重大な損害に当たるかどうかは、損害の回復の困難の程度を考慮して判断されます(同条第3項)。他方、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときや、本案について理由がないとみえるときは、執行停止はできません(同条第4項)。
退去強制令書は、「送還」と「収容」の二つの内容を含みます。実務上は、令書に基づく執行の全部の停止を求めつつ、予備的に送還部分の執行停止を求めるのが一般的です。送還されてしまえば、代理人と打合せをすることも、法廷で本人が供述することも著しく困難になり、仮に勝訴しても送還前の状態を回復する制度的な保障はありません。東京地方裁判所の平成17年2月1日決定(平成16年(行ク)第383号)も、こうした事情を理由に、退去強制令書に基づく送還部分の執行を停止しています。
なお、執行停止の決定に対して国が即時抗告をしても、その決定の執行は停止されません(同条第8項)。一度執行停止の決定を得れば、抗告審の判断が出るまでの間も送還は止まります。
手段3 入管に「訴訟提起通知書」を送付する
執行停止の申立てに対する決定が出るまでには、一定の時間がかかります。その間に送還手続が進んでしまうことを防ぐため、当事務所では、提訴と執行停止の申立てを行った当日に、処分をした地方出入国在留管理局の局長と主任審査官に宛てて「訴訟提起通知書」を送付しています。弁護士通知制度が廃止された今、入管に訴訟係属の事実を確実に、かつ証拠が残る形で伝えることの意味は、これまで以上に大きくなっています。
5 訴訟提起通知書には何を書くのか
当事務所が実際に送付している通知書は、おおむね次の構成です。
第1に、通知の趣旨です。本日、取消訴訟を提起し執行停止を申し立てたこと、本案訴訟の係属中は送還を差し控えるよう求めること、そしてこれにもかかわらず送還を実施した場合には国家賠償法第1条第1項に基づく損害賠償請求訴訟を提起することを、冒頭で明確に述べます。
第2に、提起した訴えと申立ての特定です。取消しを求める処分の日付と処分庁、義務付けの対象、執行停止の範囲(全部の停止と、予備的に送還部分の停止)を記載します。事件番号は、判明次第追って連絡します。
第3に、送還を差し控えるべき理由です。ここでは、前述の専門部会報告書の記載を引用し、入管自身の運用に照らして送還を差し控えるべきことを示します。あわせて、送還が本人から司法審査を受ける機会を奪うこと、本人の生活歴(例えば幼少期に来日し、日本語しか話せず、本国に生活の基盤がないこと)からして送還による損害が金銭では回復できないことを具体的に述べます。
第4に、送還を強行した場合の国家賠償請求です。司法審査を受ける機会を奪う送還を違法とした裁判例を挙げ、本件がそれらの事案よりも違法性が明白であることを指摘します(次の6で詳述します)。
第5に、連絡先の指定です。本人の処遇や送還に関する事項は代理人弁護士に連絡するよう求めます。
通知書は内容証明郵便で送付し、送付した事実と日付を客観的に残します。これは、万一送還が強行された場合に、入管が訴訟係属を知りながら送還したことを立証する資料になります。
6 司法審査の機会を奪う送還を違法とした裁判例
難民不認定処分に対する異議申立ての棄却決定を告知した翌日に集団送還が行われた事案について、東京高等裁判所令和3年9月22日判決(判例タイムズ1502号55頁、確定)は、入管職員の一連の行為が「控訴人らの司法審査を受ける機会を実質的に奪ったものとして,国賠法1条1項の適用上違法であり」と判示し、憲法第32条が保障する裁判を受ける権利の侵害を認めて、国に慰謝料の支払を命じました。
同じ集団送還について、名古屋高等裁判所令和3年1月13日判決(判例タイムズ1488号126頁)も、入管職員の一連の行為は「本件不認定処分に対する取消訴訟等の意向を示していた控訴人の司法審査を受ける機会を実質的に奪ったものとして,国賠法1条1項の適用上違法があり」と判示し、国に慰謝料の支払を命じています。
さらに、東京地方裁判所令和4年12月22日判決(令和3年(ワ)第2238号)も、入管が難民不認定処分に対する提訴の機会を失わせたとの原告の主張の一部に理由があるとして、国家賠償請求を一部認容しています。
これらはいずれも、訴えの提起前、あるいは提訴の意向が示された段階で送還が行われた事案です。これに対し、既に訴えを提起して執行停止を申し立て、その事実を書面で入管に通知している場合に送還を実施すれば、司法審査の機会を意図的に奪うものとして、違法性は一層明白になります。訴訟提起通知書は、この「知っていた」という事実を固定するための書面でもあります。
7 当事務所の取組み
当事務所は、幼少期に来日し、20年以上を日本で暮らしてきた方について、在留特別許可をしない処分と退去強制令書発付処分の取消し、在留特別許可の義務付けを求める訴訟を2026年9月に東京地方裁判所へ提起し、同日、執行停止を申し立てました。あわせて、東京出入国在留管理局の局長と主任審査官に宛てて、本記事で紹介した構成の訴訟提起通知書を送付しています。事件は現在係属中であり、結論は出ていません。
日本で生まれ育った方や、幼い頃に来日した方にとって、送還は「帰国」ではなく、言葉も分からない見知らぬ国への追放を意味します。裁判で処分の違法を争う権利は、判決が出るまで本人が日本にいて初めて実質的に保障されます。当事務所は、提訴・執行停止・入管への通知を一体のものとして、同じ日に行うことを原則としています。
当事務所では、松村大介弁護士が初回のご相談から訴訟の提起、執行停止、入管との連絡まで全工程を直接担当いたします。中国語の専属通訳が常駐しており、中国語を母語とする方やそのご家族とも直接打合せができます。在留特別許可の判断では、入管が公表している許可・不許可事例に照らした主張の組立てが重要であり、当事務所ではこれらの事例を分析したうえで訴訟に臨んでいます。
よくある質問
Q1 取消訴訟を起こせば、必ず送還は止まりますか。
法律上は止まりません(行政事件訴訟法第25条第1項)。入管は訴訟係属中の送還を差し控える運用をしてきましたが、これは法律上の保障ではありません。確実に止めるには、執行停止の申立てを行い、裁判所の決定を得る必要があります。
Q2 執行停止が認められると、収容からも解放されますか。
必ずしもそうではありません。実務上は送還部分に限って執行が停止されることが多く、その場合、送還は止まりますが収容は続き得ます。収容からの解放は、監理措置や仮放免の手続で別途求めることになります。
Q3 難民認定申請中であれば、裁判をしなくても送還されませんか。
難民認定申請中は原則として送還が停止されますが(入管法第61条の2の9第3項)、3回目以降の申請者や一定の刑に処せられた人などは例外とされています(同条第4項)。ご自身が例外に当たるかどうかは、弁護士に確認することをお勧めします。
Q4 家族に送還の通知が届きました。何から始めればよいですか。
まず、処分の日付と、処分があったことを知った日を確認してください。取消訴訟の出訴期間(6か月)の起算点になります。そのうえで、通知書、判決書、在留歴が分かる資料を揃え、できるだけ早く弁護士にご相談ください。弁護士通知制度が廃止された現在、準備に使える時間は以前より短くなっています。
結語
裁判中の送還は、法律上は止まらず、入管の運用によって止められてきました。その運用を支えてきた弁護士通知制度がなくなった今、取消訴訟の提起、執行停止の申立て、入管への通知という三つの手段を、同じ日にそろえて打つことが重要です。送還されてしまってからでは、裁判を受ける権利を取り戻すことは極めて困難です。
本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。本記事で紹介した当事務所の事件は係属中であり、同様の結果を保証するものではありません。本記事は2026年9月23日時点の法令と報道に基づいています。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反事件での無罪判決(一部無罪)の獲得、在留特別許可の獲得、違法な行政処分の撤回等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
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