外国人が交通事故の被害に遭ったら|治療費・休業損害・慰謝料の請求と中国籍の方の注意点
2026/10/11
最終更新:2026年10月11日 執筆:弁護士 松村大介(第一東京弁護士会・登録番号59077)/舟渡国際法律事務所
外国人が日本で交通事故の被害に遭った場合、国籍や在留資格を問わず、加害者に対して民法709条の不法行為責任、車の所有者等に対して自賠法3条の運行供用者責任に基づき、治療費・休業損害・慰謝料などの損害賠償を請求できます。請求の権利は日本人の被害者と同じです。
この記事の要点
- 交通事故の被害者は、運転者に対して不法行為に基づく損害賠償(民法709条)を、車の保有者等に対して運行供用者責任(自賠法3条)を請求できます。
- 加害車両の自賠責保険には、加害者を通さずに被害者が直接請求できます(自賠法16条・被害者請求)。
- 慰謝料には自賠責基準・任意保険基準・裁判基準の三つの基準があり、どの基準で計算するかで結果が変わります。
- 被害者にも落ち度があるときは過失相殺(民法722条)で賠償額が減らされるため、過失割合の争いが重要です。
- 人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年で時効にかかります(民法724条の2)。
こんな場面で問題になります
- 自転車で通勤中に車にはねられ、保険会社から日本語で書類が届いたが内容が読めず、言われるままに署名してよいか迷っている。
- 留学生が歩行中に事故に遭い、アルバイトを休んだ分の収入を請求できるのか、在留資格の範囲で働いていたことを証明できるのかわからない。
- 技能実習生が事故でけがをし、会社から治療が長引くなら帰国してほしいと言われている。
- 中国に住む家族が日本で交通事故により亡くなり、遺族として誰にどう請求すればよいかわからない。
事故に遭った直後に何をすべきですか
警察に通報して事故として記録してもらい、できるだけ当日に病院を受診し、相手方の氏名・車のナンバー・保険会社を控えておくことが、その後の請求の土台になります。
運転者には事故の報告義務があり(道交法72条)、警察が事故を記録すると自動車安全運転センターの交通事故証明書が発行されます。この証明書がないと、保険会社は事故の発生自体を認めないことがあります。軽いけがに見えても人身事故として届け出てください。物件事故として処理されると、後から治療費や慰謝料を請求する際に事故とけがの関係を争われやすくなり、受診が遅れると事故によるけがではないと反論される原因になります。相手方の免許証・車検証・保険証券はその場で写真に撮っておきます。通訳が必要なときは警察官に伝え、実況見分や供述調書の理解できない部分には署名しないことが大切です。
誰に対して何を請求できますか
運転者本人、車の保有者(運行供用者)、加害車両の自賠責保険、任意保険の順に請求先があり、通常は任意保険会社が窓口になります。
運転者は民法709条の不法行為責任を負います。車の所有者や使用者など自己のために自動車を運行の用に供する者は、自賠法3条により運転していなくても人身損害について責任を負い、免責される場合は限られています。被害者は、加害車両の自賠責保険に対して直接請求する被害者請求(自賠法16条)ができ、加害者が非協力的でも手続を進められます。任意保険会社が示談代行をする場合は、その保険会社との交渉が中心になります。加害者が仕事中の事故なら雇い主の使用者責任(民法715条)も問えます。
請求できる損害にはどのような項目がありますか
治療関係費、通院交通費、休業損害、入通院慰謝料、後遺障害が残れば後遺障害慰謝料と逸失利益、死亡事故なら死亡慰謝料と逸失利益、葬儀関係費、そして物損です。
| 損害の項目 | 内容 | 証明に必要な資料 |
|---|---|---|
| 治療関係費 | 診察・入院・薬・装具などの費用 | 診断書、診療報酬明細書、領収書 |
| 通院交通費 | 通院のための電車・バス・タクシー代 | 通院日の記録、領収書 |
| 休業損害 | けがで働けなかった期間の収入の減少 | 休業損害証明書、源泉徴収票、給与明細 |
| 入通院慰謝料 | けがによる精神的苦痛 | 入通院の期間・日数がわかる資料 |
| 後遺障害慰謝料・逸失利益 | 後遺障害による苦痛と将来の収入減少 | 後遺障害診断書、等級認定の結果 |
| 死亡慰謝料・逸失利益・葬儀関係費 | 死亡による損害 | 死亡診断書、相続関係を示す資料 |
| 物損 | 車・自転車・携行品の修理費等 | 見積書、写真 |
治療に健康保険を使うことは可能で、その場合は健康保険に第三者行為による傷病届を提出します。保険会社が治療費を病院に直接支払っているときでも、通院記録と領収書は自分でも保管してください。休業損害は、在留資格で認められた範囲の就労による収入であることを資料で示すと争いを避けられます。
慰謝料の三つの基準とは何ですか
慰謝料の計算には、自賠責保険の基準、任意保険会社が社内で用いる基準、裁判例をもとにした裁判基準(弁護士基準)の三つがあり、一般に裁判基準が最も高くなります。
自賠責基準は、強制保険として最低限の補償を迅速に行うための基準で、支払の上限額が定められています。任意保険基準は各社が独自に定めるもので、示談の提示額はこの基準で計算されていることがほとんどです。裁判基準は、過去の裁判例を整理した基準で、弁護士が交渉や訴訟で用います。保険会社の提示を受け取ったときは、どの基準で計算されているかを確認し、裁判基準との差を把握したうえで応じるかどうかを決めます。金額は、けがの程度、入通院の期間、後遺障害の等級によって個別に決まります。
過失割合はどのように決まりますか
事故の態様ごとに整理された基準をもとに、実況見分調書・ドライブレコーダー・目撃者の供述などの証拠から当事者の過失を割り当て、被害者の過失分は賠償額から差し引かれます(民法722条)。
保険会社が提示する過失割合は、加害者側の説明をもとに決めていることが多く、被害者の言い分が反映されていないことがあります。信号の色、横断歩道の有無、速度、合図の有無などの事実認定が争点になるため、実況見分の際に自分の認識を正確に伝え、通訳を介した説明に誤りがないか確認してください。損害額が大きい事案では、過失割合が1割変わるだけで結果に大きな差が出ます。
請求に期限はありますか
人身損害の賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年(民法724条の2)、物損は3年(民法724条)で時効にかかり、いずれも事故から20年を経過すると請求できなくなります。
保険会社との交渉中も時効は進みますので、交渉が長期化するときは債務の承認を書面で得るか、裁判上の請求により時効の完成を防ぎます。一方、後遺障害の有無がはっきりしないうちに示談をすると後で追加請求できなくなるのが通常ですから、期限と示談のタイミングの両方を見ながら進めます。
中国籍の方に特有の留意点
- 通訳と調書:実況見分や供述調書、保険会社との電話を理解できないまま進めると、過失割合や症状の記録で不利になります。通訳を介して内容を確認し、不明な書類には署名しないでください。
- 在留資格と休業損害・逸失利益:休業損害は就労できる在留資格の範囲の収入が前提です。後遺障害や死亡の逸失利益は、日本で就労できる期間と帰国後の収入水準をもとに算定されることがあり、在留資格の種類と残りの在留期間が結果に影響します。
- 治療中に在留期限が来る場合:治療の継続を理由に在留期間の更新(入管法21条)を申請するときは、診断書や保険会社とのやり取りを資料にします。帰国後も請求はできますが、帰国前に資料を揃えておくことが重要です。
- 死亡事故で遺族が中国にいる場合:相続の準拠法は被相続人の本国法とされ(法の適用に関する通則法36条)、中国籍の方が亡くなったときは中国法により相続人を確定します。遺族の身分関係を示す資料には公証・認証が必要になることがあります。
- 加害者が無保険のとき:自賠責すらない車やひき逃げで加害者がわからない場合は、政府保障事業への請求や自分の人身傷害保険の利用を検討します。
弁護士に相談すべき場面
- 保険会社から示談の提示を受けたが、金額の根拠や基準がわからないとき。
- 過失割合に納得できず、事故状況の説明が通訳の誤りで誤って記録されていると感じるとき。
- 治療費の支払を打ち切ると言われた、または後遺障害が残りそうなとき。
- 在留期限が迫っている、あるいは帰国を予定しており、手続をどう進めるか決めたいとき。
- 死亡事故で、中国にいる遺族が請求を進めたいとき。
舟渡国際法律事務所では、中国語での相談に対応しています(専属通訳が常駐)。交通事故の損害賠償請求は、加害者側の刑事手続や在留資格の問題と結びつくことが多いため、刑事弁護と入管事件を一体で扱う体制のもとで対応します。行政事件の取扱いは複数の学術誌に掲載され研究の対象となっています。
よくある質問
在留資格がない状態で事故に遭っても請求できますか
できます。損害賠償請求権は国籍や在留資格の有無とは関係なく発生します。ただし休業損害や逸失利益の算定では、就労の適法性や日本に在留できる期間が考慮されることがあるため、資料の整え方について相談してください。
保険会社から届いた示談書にすぐ署名してよいですか
署名の前に、どの基準で計算されているか、治療が終わっているか、後遺障害の有無が確定しているかを確認してください。示談書に清算条項があると、署名後の追加請求は原則としてできません。
健康保険を使って治療してもよいですか
使えます。第三者行為による傷病届を健康保険に提出します。治療費の総額が抑えられるため、過失割合が大きい場合や保険会社の支払が止まった場合には有利に働くことがあります。
慰謝料の金額はどのくらいになりますか
けがの程度、入通院の期間、後遺障害の等級により個別に決まります。自賠責基準・任意保険基準・裁判基準の三つの基準があり、どの基準で計算するかによって結果が変わります。
帰国してからでも請求できますか
できます。人身損害の請求権は損害と加害者を知った時から5年(民法724条の2)で時効にかかるため、その前に日本の弁護士に委任して進めるのが一般的です。委任状には中国の公証・認証が必要になることがあります。
根拠条文・出典
- 民法709条(不法行為)、715条(使用者責任)、722条(過失相殺)、724条・724条の2(損害賠償請求権の消滅時効)
- 自動車損害賠償保障法3条(運行供用者責任)、16条(被害者請求)
- 道路交通法72条(交通事故の場合の措置)
- 出入国管理及び難民認定法21条(在留期間の更新)
- 法の適用に関する通則法36条(相続の準拠法)
関連する解説
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