差止訴訟とは|重大な損害と補充性の要件、送還の差止めと仮の差止め
2026/09/04
差止訴訟とは、行政庁が一定の処分をしてはならない旨を命ずることを裁判所に求める訴訟をいう。行政事件訴訟法第3条第7項に定められた抗告訴訟の一類型であり、平成16年の同法改正により義務付け訴訟とともに法定された。処分がされた後では回復し難い不利益が生ずる場面で、事前に処分を封ずるための訴訟である。
この記事の要点
- 差止訴訟は、これからされようとしている処分を事前に止めることを求める訴訟である。
- 処分がされる蓋然性があること、重大な損害を生ずるおそれがあることが要件となる。
- 他に適当な方法があるときは提起できないという補充性の制約がある。
- 判決までの間に処分がされるのを防ぐため、仮の差止めの制度が設けられている。
- 入管の分野では、退去強制令書に基づく送還の差止めが典型的な場面となる。
差止訴訟とは何か
差止訴訟は、行政庁がしようとしている処分を、されないうちに裁判所の判決で封ずる訴訟である。取消訴訟が処分の後に効力を否定する事後的な救済であるのに対し、差止訴訟は事前の救済であるという点に本質がある。処分がされてからでは元に戻せない類型、例えば身柄を国外に移してしまう送還や、資格を失わせる処分などでは、事後の救済が名目的なものになりかねない。行政事件訴訟法第37条の4が要件を定めており、平成16年の改正で導入された比較的新しい訴訟類型である。
差止訴訟の要件は何か
要件は大きく分けて訴訟要件と本案の勝訴要件からなる。訴訟要件としては、第1に一定の処分がされようとしていること、第2に処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること、第3にその損害を避けるため他に適当な方法がないこと、第4に差止めを求めるにつき法律上の利益を有することが必要である。本案では、行政庁がその処分をすべきでないことが根拠となる法令の規定から明らかであると認められるか、又は処分をすることが裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められることが求められる。
| 要件 | 内容 | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 処分の蓋然性 | 一定の処分がされようとしていること | 抽象的なおそれでは足りず、具体的な準備行為の有無を示す |
| 重大な損害 | 処分により重大な損害を生ずるおそれ | 損害の回復の困難の程度のほか、損害と処分の性質を勘案 |
| 補充性 | 損害を避けるため他に適当な方法がないこと | 執行停止など他の手段で足りないことを説明する |
| 原告適格 | 差止めを求めるにつき法律上の利益 | 第三者が争う場合に主要な争点となる |
| 本案要件 | 処分をすべきでないことが明らか、又は裁量の逸脱濫用 | 処分の根拠法令の解釈が中心となる |
差止訴訟の手続はどう進むか
訴状の提出により手続が始まり、審理の流れは他の抗告訴訟と変わらない。差止訴訟に特徴的なのは、処分が近い将来にされる見込みであることから、審理のスピードが結論の実質を左右する点である。そこで、訴えの提起と同時に仮の差止めを申し立て、まず決定手続で暫定的な結論を得ることが多い。裁判所は、処分がされる時期の見込み、損害の性質、行政庁側の説明を踏まえて判断する。行政庁が処分を予定していないと主張する場合には、蓋然性の有無自体が最初の争点となる。
差止訴訟にはどのくらいの期間がかかるか
本案の判決までには1年から2年程度を要することが通常である。これに対し、仮の差止めの申立てについては、数週間から数か月で決定が出されることがあり、事案の緊急性に応じて短期間で審理されることもある。処分が目前に迫っている場合には、申立ての理由と疎明資料をあらかじめ準備し、提訴と同時に申立てを行う必要がある。準備に時間をかけている間に処分がされてしまえば、差止訴訟は訴えの利益を欠くこととなり、取消訴訟に切り替えざるを得なくなる。
差止訴訟が認められないとどうなるか
処分がされることを前提に、事後の救済へと戦い方を切り替えることになる。具体的には、処分後にその取消しを求める取消訴訟を提起し、あわせて処分の効力や執行を止める執行停止を申し立てる方法がある。処分によって既に損害が生じている場合には、国家賠償請求により金銭的な救済を求める道も残されている。もっとも、送還のように事実上原状回復が困難な処分では、事後の救済には限界があるため、事前の段階でどれだけ資料をそろえられるかが重要となる。
差止訴訟と執行停止・義務付け訴訟は何が違うか
いずれも不利益を止める手段であるが、対象と時期が異なる。差止訴訟は処分の前、執行停止は処分の後という違いが基本である。
| 手段 | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| 差止訴訟 | 処分の前 | 処分をしてはならないと命ずる判決を求める |
| 仮の差止め | 処分の前 | 判決前に暫定的に処分を封ずる決定を求める |
| 執行停止 | 処分の後 | 既にされた処分の効力や執行を止める |
| 義務付け訴訟 | 処分の前後 | 行政庁に処分をせよと命ずる判決を求める |
関連する用語として、義務付け訴訟、出訴期間、国家賠償請求もあわせてご覧いただきたい。
外国人の事件で差止訴訟が問題になるのはどのような場面か
退去強制令書に基づく送還の差止めが中心である。退去強制令書が発付されると、送還が現実の問題となり、家族との生活や進行中の裁判手続が一方的に断たれるおそれが生ずる。そのため、令書の発付そのものを争う取消訴訟に加え、送還の差止訴訟と仮の差止めを組み合わせることが検討される。難民認定の手続中は送還が停止されるのが原則であるが、令和5年改正入管法により、3回目以降の難民認定申請者などについて例外が設けられ、令和6年6月10日から施行されている。刑事事件で身柄が拘束されている段階から、判決後の入管手続を見据えて資料を整えておくことが、差止めの可否を左右する場面もある。
よくあるご質問
Q1 処分がされる前でなければ差止訴訟は起こせませんか。
そのとおりです。差止訴訟は、これからされようとしている処分を対象とする訴訟ですから、既に処分がされた後は取消訴訟や執行停止によることになります。処分が目前に迫っている段階での判断が求められます。
Q2 送還されそうな場合にはどうすればよいですか。
送還の差止訴訟と仮の差止めの申立てを検討します。あわせて、退去強制令書の送還部分について執行停止を申し立てる方法もあります。事案に応じて、どの手段が最も早く効くかを見極めることになります。
Q3 重大な損害とはどの程度のものをいうのですか。
金銭で事後的に賠償を受ければ足りるとはいえない程度の損害が目安となります。法律上、損害の回復の困難の程度のほか、損害の性質や程度、処分の内容や性質も勘案して判断するものとされています。
Q4 差止訴訟を起こせば送還は止まりますか。
訴訟を提起しただけでは処分の執行は当然には止まりません。判決までの間に処分がされることを防ぐには、仮の差止めや執行停止の申立てを併せて行う必要があります。
Q5 難民認定の申請中は送還されないと聞きました。
難民認定の手続中は送還が停止されるのが原則ですが、令和5年改正入管法により、3回目以降の申請者などについて例外が設けられ、令和6年6月10日から施行されています。個別の適用関係の確認が必要です。
おわりに
差止訴訟は、処分がされてしまえば取り返しがつかないという場面で用いられる訴訟である。もっとも、処分の時期が読みにくく、準備の時間が限られることが多い。処分が予告された段階、あるいはその可能性を知った段階で早めに検討していただきたい。
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執筆者情報
弁護士 松村大介(第一東京弁護士会・登録番号59077)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)
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