退去強制手続の「口頭審理」と「異議の申出」|特別審理官の前で、法務大臣の裁決の前に、何を主張しておくべきか
2026/09/10
退去強制の手続に入りますと、入国警備官の違反調査、入国審査官の審査、特別審理官の口頭審理、法務大臣の裁決という順で手続が進んでまいります。この流れの中で、どの段階で何を主張しておくかによって、その後の争い方は大きく変わります。ところが実際には、認定を告げられたその場で書面に署名し、口頭審理を求める機会をご自身から手放してしまう例が少なくございません。本記事では、口頭審理と異議の申出という2つの節目に的を絞り、そこで何を記録に残しておくべきかを整理いたします。
本記事の要点
- 退去強制手続は、入国審査官の認定、特別審理官の口頭審理、法務大臣の裁決という三段階の審査構造を採る。
- 認定に服さない場合は口頭審理を請求でき(入管法48条)、判定に服さない場合は法務大臣に異議を申し出ることができる(同法49条)。
- 法務大臣は、異議に理由がないと裁決する場合であっても、在留を特別に許可することができる(同法50条)。
- 令和5年改正入管法により在留特別許可の申請手続が法定され、考慮すべき事情が法律に明示された(同法50条5項)。書面はこの各号を逐一なぞる形で組み立てるのが有効である。
- 在留特別許可を求める資料は、口頭審理の段階で提出しておくのが原則である。裁決を待ってから準備を始めますと、間に合わないことがある。
退去強制手続は、どのような構造になっているのでしょうか
三段階の審査構造でございます。
まず、入国警備官が違反調査を行い、容疑があると認めれば、収容令書によって身柄を収容したうえで入国審査官に引き渡します(入管法45条以下)。入国審査官は、退去強制事由に該当するかどうかを審査し、該当すると認定すれば、その旨をご本人に告知いたします。
次に、この認定に服さない場合、ご本人は口頭審理を請求することができ、特別審理官による口頭審理が行われます(同法48条)。特別審理官は、入国審査官の認定に誤りがないかどうかを判定いたします。
そして、特別審理官の判定にも服さない場合、ご本人は法務大臣に対して異議を申し出ることができます(同法49条)。法務大臣は、異議に理由があるかどうかを裁決いたしますが、理由がないと裁決する場合であっても、在留を特別に許可することができます(同法50条)。在留特別許可は、この最終段階に置かれた制度でございます。
認定を告げられたその場で、してはならないことは何でしょうか
内容を十分に理解しないまま、口頭審理の請求権を放棄する書面や、退去を承諾する旨の書面に署名することです。
認定の告知の際には、口頭審理を請求するかどうかを尋ねられます。ここで請求しない旨の書面に署名いたしますと、特別審理官の口頭審理も、その先の異議の申出も経ないまま、手続が退去の方向へ進んでしまいます。早く出国したほうが楽になる、争っても無駄である、といった説明を受けて署名してしまう例もございます。
通訳を介した説明であっても、書面の法的な意味が正確に伝わっているとは限りません。署名を求められている書面が何を意味するのか、署名によって何を失うのかを、署名の前に弁護人や行政書士にご確認いただきたいところです。
口頭審理では、何を主張しておくべきでしょうか
2つの層に分けて考えると整理がしやすくなります。
第一に、退去強制事由の該当性そのものを争う場面です。事実の誤認、身分事項の誤り、在留資格該当性の評価、資格外活動の有無とその程度といった点は、この段階で具体的に指摘しておく必要がございます。
第二に、該当性を争わない場合であっても、在留特別許可を求めるための事情を、この段階から記録に残しておくことです。特別審理官の口頭審理の記録は、その後の法務大臣の裁決における判断資料になります。婚姻関係や子の養育の実態、在留の期間、稼働の状況、納税や社会保険の状況、本国に生活の基盤が残っていない事情などは、口頭審理の段階で資料とともに提出しておくのが原則です。後の段階で出せばよいと考えて温存いたしますと、判断資料に載らないまま裁決が出てしまうおそれがございます。
在留特別許可について、令和5年の改正で何が変わったのでしょうか
申請の手続が法律上定められ、考慮すべき事情が法律に明示されました。
令和5年改正入管法(令和6年6月10日施行)により、在留特別許可の申請手続が法定され、入管法50条5項に、判断に当たって考慮すべき事情が列挙されました。在留を希望する理由、家族関係、素行、入国の経緯、在留の期間、法的地位、退去強制の理由、人道上の配慮といった事情でございます。
書面を作成する際は、この各号を逐一なぞる形で主張を組み立てるのが有効です。改正前は、法務大臣の広範な裁量という枠組みの中で、何をどう主張すべきかが見えにくい面がございました。考慮事情が条文に置かれた以上、条文の項目ごとに事実と資料を対応させ、判断の枠組みに沿って主張を届けることができます。
入管庁の公表事例は、どのように使うのでしょうか
行政自身が許可相当と判断した先例として、ご本人の事情と対比いたします。
出入国在留管理庁は、在留特別許可の許可事例と不許可事例を年度別に公表しております。これは入管当局自身が許可に値すると判断した事案の集積でございますから、ご本人の事情と近接する許可事例を具体的に抽出して対比することには、大きな意味がございます。同種の事情がありながら本件についてのみ異なる取扱いをすることは、合理的な理由なく異なる取扱いをするものであって、憲法14条1項の平等原則の観点から問題があると主張しうるところです。
もっとも、公表事例は個人情報への配慮から記載が抽象化されております。事情の完全な一致を求めるのではなく、違反の態様、在日期間、家族構成、発覚の経緯、素行といった要素の本質的な類似性を基準に対比することが実務的でございます。
退去強制事由の判断に、故意や過失は要らないのでしょうか
入管実務は要件としない運用を続けてまいりましたが、現在も議論のある論点でございます。
入管実務は、退去強制事由に該当するかどうかの判断において、ご本人の故意や過失を要件としないという運用を長く続けてまいりました。しかし、そういたしますと、他人に欺かれて書類を整えられた方や、雇用主の説明を信じて働いていた方も、ご自身の落ち度を問われないまま退去強制の対象となりえます。
松村大介弁護士は、責任主義の射程は行政処分にも及ぶべきであるとして、この実務を正面から問う訴訟を提起し、上訴審まで争ってまいりました(事例D-2)。この論点について確立した結論が出ているわけではございません。もっとも、実務上重要なのは、刑事段階から故意や過失を争って記録を残しておくことが、口頭審理や異議の申出の段階における主張の基礎になるという点です。刑事事件で認識を認める供述を残してしまいますと、入管手続で認識がなかったと述べても、説得力を持ちにくくなります。
裁決の後にできることはあるのでしょうか
退去強制令書が発付された後にも、争う手段は残されております。
裁決を経て退去強制令書が発付された後も、その取消しを求める訴訟を提起する道がございます。また、訴訟の結論が出る前に送還されてしまえば救済の意味が失われますので、送還を止めるために、行政事件訴訟法25条の執行停止を申し立てることが考えられます。
ただし、令書が発付されてから送還までの時間的な余裕は乏しく、資料の収集が間に合わないという事態が起こりえます。裁決を待ってから準備を始めるのではなく、口頭審理や異議の申出の段階から、訴訟を見据えて資料を整えておくことが現実的でございます。
身柄はどうなるのでしょうか
収容のほか、令和5年の改正により監理措置の制度が設けられております。
従来は、収容令書または退去強制令書に基づいて身柄を収容し、これを解くには仮放免の許可を求めるという枠組みが基本でございました。令和5年改正入管法により、監理人による監理の下で収容によらずに手続を進める監理措置の制度が設けられ、収容が唯一の選択肢ではなくなっております。実務上は、監理措置の申請と仮放免の許可申請を併せて検討し、住居や生計を支える方の存在、監理人となりうる方の適格性、逃亡のおそれがないことを示す資料を揃えることになります。
想定される刑事手続から入管手続への流れ
刑事事件を契機とする事案では、刑事手続の初動が入管手続の結論を左右いたします。
逮捕されますと、警察の段階で48時間以内に検察官へ送致され、検察官は24時間以内に、引き続き身柄を拘束する手続である勾留を請求するかどうかを判断いたします。この72時間のうちに弁護人が接見に入れるかどうかが、その後の供述の組み立てを大きく左右いたします。刑事手続が終わりますと、退去強制事由に該当する疑いのある方は入国警備官へ引き継がれ、違反調査、入国審査官の審査、口頭審理、異議の申出という流れに入ります。刑事手続で作成された供述調書や判決は入管手続でも資料として扱われますので、刑事段階での供述の取り方が、そのまま入管手続における主張の可否を決めてしまうことがございます。
外国人事件特有のリスク(退去強制事由の号別の構造)
入管法24条は号ごとに構造が異なりますので、当該事案がどの号に関わるのかを特定することが出発点になります。
4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を対象とし、全部執行猶予の言渡しを受けた者はここから除かれます。これに対して、薬物事犯に関する4号チは、刑の軽重を問わず有罪判決を受けたこと自体で該当いたします。また、4号ロは不法残留、4号ハは資格外活動、4号ニは旅券法違反、4号ヌは不法就労助長等を対象といたします。どの号に該当するとされているかによって、口頭審理で争うべき事実も変わってまいります。刑の重さを争えば足りる場合もあれば、刑の重さを争っても該当性を免れない場合もあるのです。
不起訴処分の重要性
そもそも退去強制手続に入らずに済ませることが、最も確実な防御でございます。
有罪判決を受ければ該当する号がある以上、起訴されないことの意味は大きいものがございます。加えて、退去強制事由に該当しなかったとしても、在留期間の更新(入管法21条)や在留資格の変更(同法20条)の審査では素行が善良であることが求められ、前科は正面から評価の対象となります。前科を残さない唯一の道が、起訴前の段階における不起訴処分の獲得です。
初動対応で押さえたい3つのポイント
- 黙秘権を行使する。刑事段階で残した供述は、後の入管手続でも資料として扱われます。あいまいな記憶のまま調書に署名せず、弁護人と方針を確認してから話すべきです。
- 早期に弁護人を選任する。逮捕直後の72時間はご家族の面会が制限されますので、この時間に接見できる弁護人がいるかどうかが分かれ目になります。入管手続を見据えた資料の保全も、この段階から始まります。
- 通訳の質を確かめる。口頭審理も通訳を介して行われます。捜査機関や当局が手配する通訳とは別に、ご本人のために動く立場の通訳を確保することが重要です。
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、中国籍の方をはじめとする外国人の刑事弁護と入管手続を、主たる注力分野といたしております。接見の初動から公判の結審まで松村大介弁護士が直接担当し、事務員や若手弁護士による代行は行いません。外国人事件専属の中国語通訳が常駐しており、捜査機関が指定する通訳とは別に、ご本人のために動く立場の通訳を刑事手続の全般でご利用いただけます。刑事手続が終わった後の在留資格の更新や変更につきましても、提携の行政書士とともにワンストップで対応いたします。
冤罪により不法就労助長罪に問われ、強制退去の危機に瀕した女性の事案では、退去強制事由には故意も過失も不要であるとする従来の実務に対し、責任主義の射程を問う訴訟を提起し、上訴審まで争いました。その後、入管から在留特別許可が認められております(事例D-2)。
観光目的で来日された相談者が日本人女性との間にお子様を授かったものの、在留資格を失い、不法滞在で逮捕・起訴された事案では、婚姻と認知の手続が未了で一旦は不受理とされたところ、憲法的な観点から当局と交渉して婚姻と認知を実現し、国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない状況下でも有利な証拠を収集したうえ、入管当局の過去の許可事例を分析して、1回の申請で在留特別許可を獲得いたしました(事例D-1)。
刑事事件についても、覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者につき、徹底的な証拠分析と被告人質問・反対尋問により無罪判決を獲得しております(事例A-1)。
結語
退去強制手続は、認定、口頭審理、裁決という節目ごとに、主張と資料を届けられる場が用意されております。逆に申し上げれば、その節目で何も出さないまま署名を重ねてしまえば、後の段階で争う材料は残りません。口頭審理の記録が裁決の判断資料になる以上、勝負どころは思われているよりも手前にございます。本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
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舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
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東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
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