「被害者が処罰を望んでいないから事件にはならない」という理解について|親告罪と非親告罪、告訴取消しの効果
2026/09/08
「相手はもう怒っていないと言っています。被害届も出さないそうです。それなら事件にはなりませんよね。」ご相談の場で、こうしたお話を伺うことがあります。お気持ちは分かりますが、日本の刑事手続はそのようには組み立てられていません。被害者の意向が手続の入口を左右する罪は限られています。他方で、被害者が許しているという事情は、起訴するかどうかや量刑の判断で確かに重く扱われます。この記事で、その線引きを整理します。
本記事の要点
- 親告罪は限られ、多くの罪は被害者の意向にかかわらず起訴できます。宥恕は重視される事情の一つです。
- 告訴の取消しは起訴前に限られ、取り消した者は再び告訴できません。
- 非親告罪でも被害弁償と宥恕は重要で、起訴便宜主義のもとで不起訴の余地があります。
- 社会的法益の類型では、示談だけでは在留審査上の素行の評価が解消されにくい傾向があります。
親告罪はどの範囲か
結論を先に述べます。告訴がなければ公訴を提起できない罪、すなわち親告罪は限られています。代表的なものは、器物損壊(刑法261条、264条)、名誉毀損(刑法232条1項)、私用文書等毀棄(刑法259条、264条)です。被害が個人の領域にとどまるためです。
親族間の窃盗等についても、刑法244条2項が、配偶者、直系血族又は同居の親族以外の親族との間で犯した場合を親告罪としています。
非親告罪では何が起きるか
傷害、窃盗、詐欺は、いずれも親告罪ではありません。被害者が処罰を望まないと述べても、捜査機関は捜査を行い、検察官は起訴できます。通報や防犯カメラの映像を端緒に立ち上がることもあります。
性犯罪についても、平成29年の刑法改正により親告罪ではなくなりました。告訴の有無で訴追の可否が決まる仕組みは被害を受けた方に重い負担を強いるとの指摘があり、改められたものです。
告訴の取消しにできること、できないこと
告訴は取り消せますが、時期の制限があります。刑事訴訟法237条1項は、取消しを公訴の提起があるまでの間に限っています。起訴後に取り消しても、訴訟条件を欠く効果は生じません。さらに同条2項により、取り消した者は再び告訴できません。取消しの時期の見極めは、処分の見通しに直結します。
非親告罪でも示談が重要な理由
親告罪でなくとも、被害弁償と宥恕は極めて重要です。刑事訴訟法248条は、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況を考慮し、訴追を必要としないときは公訴を提起しないことができると定めます。
時間の制約もあります。逮捕された場合、警察は48時間以内に検察官へ送致し、検察官は24時間以内に勾留を請求するかを判断します。この72時間と、勾留後の10日間、延長でさらに10日間の中で処分の見通しが固まります。初動で大切なのは、黙秘権、早期の弁護人選任、通訳の質の3点です。
保護法益から考える
罪名の表面的な異同ではなく、保護法益から見ると示談の意味は変わります。被害者個人の財産や身体を侵害する類型では、示談の相手方が存在し、反社会性が個別に解消される余地が広いといえます。他方、薬物、出入国管理秩序、公衆衛生、児童の保護といった社会的法益の類型では、示談だけでは在留審査上の素行の評価が解消されにくい傾向があります。
在留への影響と、不起訴を最優先とする理由
不起訴でも、捜査の事実が入管に伝わる場面はあります。在留期間の更新(入管法21条)では素行が見られ、在留資格の取消し(同法22条の4)もあり得ます。退去強制事由を定める入管法24条は号ごとに構造が異なります。4号リは無期又は1年を超える拘禁刑(刑の全部の執行猶予が付いた場合は除かれます)で、量刑が分水嶺です。薬物に関する4号チは刑の軽重を問いません。不法残留は4号ロ、資格外活動は4号ハ、不法就労助長は4号ヌです。執行猶予でも在留を守れない類型がある以上、起訴前の不起訴処分が最優先の目標になります。
最後に注意点です。被害届の取下げや示談を、ご本人やご家族が直接被害者に求めることは避けてください。接触した事実は罪証隠滅のおそれと評価され、勾留や接見等の禁止につながることがあります。交渉は弁護人を通します。
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結語
被害者が処罰を望んでいないという事情は、決して無意味ではありません。起訴の判断で重く扱われます。ただ、それは手続を自動的に終わらせる鍵ではなく、弁護人が適切な時期に適切な形で示してこそ働きます。時間が過ぎる前に、事案の見立てと段取りを一度整理しておくことをお勧めします。早い段階であるほど、選べる道は広く残されています。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者 松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
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