責任能力が争点となる外国人事件 精神鑑定と通訳、そして在留のこと
2026/09/05
ご家族から「あのころ、本人の様子がふだんと違っていた」「母国で通院していた」と伺うことがあります。刑法39条は、心神喪失者の行為は罰せず、心神耗弱者の行為はその刑を減軽すると定めます。外国人の方の事件では、この責任能力の判断が母語ではない言語を介して行われる難しさが加わります。本記事では、鑑定の手続を条文で整理し、外国人事件に特有の困難と在留への影響をご説明します。
本記事の要点
- 刑法39条は、心神喪失者の行為を罰せず、心神耗弱者の行為の刑を減軽すると定めています。
- 鑑定のため身体を留め置く鑑定留置は、刑事訴訟法167条(捜査段階は同法224条)に根拠があります。
- 母語での問診が行われないこと、通訳を介することの限界、文化的背景の違いが、評価を誤らせる要因になりえます。
- 不起訴となった場合でも、医療観察法の手続に移ることがあります。
- 不起訴や無罪であっても、在留期間の更新(入管法21条)や退去強制の判断は別個に行われます。
刑法39条が定めていること
刑法39条は「心神喪失者の行為は、罰しない」(1項)、「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」(2項)と定めます。責任能力は、行為の是非を弁識し、その弁識に従って行動を制御する能力の問題として論じられ、医学的な診断名がそのまま結論になるわけではありません。疾患があることと責任能力が失われることは、同じではありません。
簡易鑑定、本鑑定、そして鑑定留置
実務では、身柄拘束中に短時間で行われる簡易鑑定と、時間をかけて行う本鑑定とが区別されています。いずれも運用上の呼び方です。身体を病院等に留め置く鑑定について、刑事訴訟法167条1項は、裁判所が「期間を定め、病院その他の相当な場所に被告人を留置することができる」と定め、同条2項は鑑定留置状によることを求めます。捜査段階では同法224条1項により、検察官等が裁判官にこの処分を請求します。鑑定留置は数週間から数か月に及ぶこともあります。
外国人事件に特有の困難
- 母語での問診が行われないこと。診察が日本語で進むと、感情や思考の細やかな部分が言葉になりません。
- 通訳を介した鑑定の限界。語られ方や言いよどみ、語の選び方そのものが所見の材料になるため、一段階を挟むと情報が落ちます。
- 文化的背景の違い。信仰や地域の慣習に根ざした語りが、病的な体験と受け取られることも、見過ごされることもあります。
- 母国での通院歴・服薬歴が参照されないこと。本国の診療記録や処方の記録は、行為当時の状態を裏づける資料になりえます。
弁護人としては、本国のご家族を通じて診療記録を取り寄せ、翻訳を付して提出する作業を早くから進めます。また、逮捕後、警察の段階で最大48時間、送致後にさらに最大24時間という枠の中で勾留の要否が判断されますが、この72時間のうちに体調や服薬の状況、日本語の理解度を記録に残しておくことも、後の鑑定にとって意味を持ちます。
不起訴となった場合の医療観察法の手続
検察官が、対象行為を行ったことと心神喪失者又は心神耗弱者であることを認めて公訴を提起しない処分をしたときは、心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)33条1項により、原則として地方裁判所への申立てがされます。対象行為は同法2条1項に列挙されています。
外国人の方について注意したいのは、同条1項ただし書が「外国人の退去強制に関する法令の規定による手続が行われている場合」には当該手続の終了まで申立てをしないことができると定め、同条2項が、対象者が外国人であって出国したときは申立てをすることができないと定めている点です。
在留との関係 不起訴や無罪でも判断は別個です
入管法21条3項は、在留期間の更新を「適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」許可できると定めており、可否は入管の審査で改めて判断されます。入管法22条の4第1項5号・6号は、別表第一の在留資格の方が対応する活動を行っていない場合や、継続して3月以上行わない場合を取消事由としています。入院や鑑定留置で就労が途絶えたときは、その事情を説明できるようにしておきたいところです。
- 入管法24条4号チ 覚醒剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法、大麻草の栽培の規制に関する法律、あへん法等に違反して有罪の判決を受けた場合。刑の軽重を問いません。
- 同条4号リ ニからチまでのほか、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた場合。刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者は除かれます。
- 同条4号イ 資格外の収入を伴う活動を専ら行っている場合。同号ロは在留期間を経過して残留する場合。
- 同条3号の4 外国人に不法就労活動をさせるなど、不法就労助長に当たる行為
多くの類型では、公判で執行猶予付き判決を得ても在留資格を守り切れません。当事務所が起訴前から不起訴処分の獲得を最優先の目標に据えるのは、このためです。鑑定の前提となる資料をどれだけ早く整えられるかが、この目標に直結します。
医療的支援と身元引受の体制を示す
処分の場面でも、判決の場面でも、入管の手続でも、問われることは同じです。これからどのような支援の下で生活していくのか、ということです。通院先の確保、服薬の管理、母語でも相談できる窓口、そして身元引受人。これらを組み立て、書面と資料で示す作業が結果を左右します。
初動でお願いしたい三つのこと
- 黙秘権 体調が整わないまま供述を重ねないこと。話す範囲は弁護人と決めます。
- 早期の弁護人選任 勾留が決まる前に動けるかで、鑑定に向けた準備の幅が変わります。
- 通訳の質 捜査機関の通訳とは別に、医療の場面に耐えうる通訳を確保すること
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、松村大介弁護士が接見の初動から公判の結審まで全ての工程を直接担当します。外国人事件に精通した中国語の専属通訳が常駐し、提携する行政書士と連携して在留資格の手続にも対応します。
- 覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者の事案で、証拠を徹底して分析し、被告人質問と反対尋問を尽くして無罪判決を獲得しました(事例A-1)。
- 国際的な要素を含む刑事事件、裁判員裁判の対象事件、世界的に報道された事件への対応実績を有しています(事例E-1)。
おわりに
心の不調を抱えた方が刑事手続の中に置かれるとき、ご本人もご家族も、言葉にしづらい不安を抱えます。疾患があることと責任を問われることは別の問題であり、そこを丁寧に切り分ける作業こそ弁護人の仕事だと考えています。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年9月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
中文版(简体字):责任能力成为争点的外国人案件:精神鉴定、翻译,以及在留
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