ネパール語話者が日本の刑事手続で直面する通訳の壁と対処法
2026/09/03
ネパールから来日して働く方が警察署に呼ばれたとき、最初の壁は罪名でも証拠でもなく言葉であることが少なくありません。ネパール語で話したいのに英語の通訳人しか来ない、調書に何が書かれたのか分からないまま署名を求められた。当事務所にはそうしたご相談が寄せられます。
取調べで作られた供述調書は、刑事裁判だけでなく入管の手続でも読まれます。最初の数日に何をどう述べたかが、数か月後の在留資格の帰趨を左右するのです。この記事では、通訳をどこまで求められるのか、ネパール語のように通訳人の層が薄い言語で何が起きるのか、そして刑事処分が在留にどう跳ね返るのかを整理します。
通訳は恩恵ではなく権利である
通訳を付けてもらうことは、捜査機関の親切ではなく条約と法律に根拠のある権利です。日本が締約国である自由権規約14条3項(a)は嫌疑の性質と理由を理解する言語で告げられる権利を、同項(f)は無償で通訳の援助を受ける権利を定めています。
国内法では裁判所法74条が裁判所では日本語を用いると定め、刑事訴訟法175条が国語に通じない者に通訳人を付すこと、178条が国語でない文字の翻訳を定めています。また領事関係に関するウィーン条約36条により、拘束された外国人は自国領事機関への通報と領事官との面会を求められます。
ネパール語の通訳人はどれだけいるのか
ネパール語は法廷通訳の公表資料で上位に現れない言語であり、通訳人の確保に時間を要することがあります。最高裁判所の広報資料『あなたも法廷通訳を ごぞんじですか』令和7年1月版によれば、令和5年に通訳を必要とした事件で終局した被告人は3,851人で、ベトナム語40.4パーセント、中国語16.1パーセント、タイ語7.3パーセントと続きます。ネパール語はこの上位に姿を見せません。
同じ資料によれば通訳人候補者名簿には平成29年4月時点で62言語3,823人が登載されていました。他方、出入国在留管理庁の統計では令和7年末の在留ネパール人は30万992人です。人口の規模と通訳人の層が釣り合っていないところに問題の根があります。
英語で代替されるときの落とし穴
英語で日常会話ができることと、英語で刑事責任を争えることは別の能力です。ネパール語話者には英語に堪能な方が多く、英語での対応を提案されることがあります。しかし故意の有無や認識の内容といった有罪無罪を分ける微妙な部分を第二言語で語るのは危険です。
弁護士会が用意する被疑者ノートも、すべての言語で同じように整備されているとは限りません。ネパール語版が手に入らないときでも、日付、取調べの時刻、同席者、どのような言い方で迫られたかを、最も書きやすい言語で書き留めてください。ネパール語のメモでも、弁護人が訳せば記録として機能します。
調書に署名する前に確認すること
供述調書は読み聞けと訂正の申立てを経て初めて署名押印すべき書面です。刑事訴訟法198条2項は、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならないと定めています。黙秘は逃げではなく、法が認めた選択肢です。
同条4項は、調書を閲覧させまたは読み聞かせて誤りの有無を問い、増減変更の申立てがあればその供述を調書に記載しなければならないと定めます。通訳を介した読み聞けで違和感を覚えたら、その場で言い直しを求めてください。署名押印は義務ではありません。一定の事件では301条の2により取調べの録音録画が義務づけられ、後から通訳の適否を検証できる余地が生まれます。刑法171条は虚偽の通訳を処罰しており、通訳人にも法的責任があります。接見については39条1項が立会人なしの面会を保障しています。意思疎通に不安があるときは通訳人を伴った接見を弁護人に求めてください。
刑事処分は在留資格にどう跳ね返るか
刑事事件の結末はそのまま在留資格の問題に接続します。出入国管理及び難民認定法24条4号リは、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としますが、同号の但書により全部執行猶予が付された場合は除外されます。一部猶予でも実刑部分が1年以下なら除外されます。執行猶予でも直ちに退去強制になるという理解は正確ではありません。
これに対し同条4号チは扱いが異なります。麻薬、大麻、あへん、覚醒剤等に関する法令に違反して有罪の判決を受けた者は、罰金でも全部執行猶予でも刑の免除でも該当し、在留資格の種類も問いません。さらに同法5条1項5号の上陸拒否には年限の定めがなく、期間の経過による回復がありません。薬物事件は構造そのものが違うと理解してください。
刑事処分に至らなくても在留資格を失うことはあります。同法22条の4は、3か月以上その在留資格に応じた活動を行わないで在留していることなどを取消事由としています。逮捕で職場や学校を離れる期間が長引くと、刑事事件とは別の経路で在留が揺らぐのです。
ご家族と勤務先ができること
拘束されている間、外にいる方の動きが弁護活動の質を左右します。いつ、どこの警察署で、どのような容疑で拘束されたのかを確認して弁護人に伝えてください。氏名の日本語表記は資料によって揺れるため、在留カードや旅券の綴りをそのまま伝えると照会が早く進みます。身元引受けの意思、住居、就労の継続可能性は書面にまとめておくと有用です。勤務先の変動については同法19条の16および19条の17が14日以内の届出を求めています。
よくある誤解を解く
最も多い誤解は、認めれば早く帰れるというものです。事実に反する自白は、その調書が退去強制手続の違反調査や口頭審理でも読まれるため二重に不利益をもたらします。次に多いのが、通訳人が付いた以上は正確に伝わっているはずだという思い込みです。誠実な通訳人でも法律用語や方言の壁は残ります。三つ目は、罰金で済んだから在留には影響しないという理解です。薬物関係では罰金でも退去強制事由に該当し得ます。
当事務所の対応
舟渡国際法律事務所では、松村大介弁護士が接見と打合せに直接対応します。中国語については外国人事件専属の通訳が常駐しており、ネパール語を含むその他の言語は事案に応じて通訳人を手配します。ご相談の段階で、最も安心して話せる言語を教えてください。
弁護方針としては、執行猶予判決ではなお不十分であるという前提に立ち、不起訴処分を最優先の目標とします。刑事の供述調書が違反審査や口頭審理の資料となる以上、刑事事件と入管手続を一体として設計し、退去強制事由の該当性についても故意や過失を争う視点を持っています。初回相談は無料です。微信のIDはmatsumura1119です。
おわりに
言葉が通じないことは、あなたの落ち度ではありません。通訳を求めること、分からないと述べること、署名を保留することは、いずれも法が認めた行動です。本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
この記事のネパール語版はこちらです:https://matsumura-lawoffice.jp/blog/detail/2026099315/
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