虚偽通訳罪とは|通訳人の責任と誤訳に気づいたときの対応
2026/09/03
通訳人が意図的に違う訳をしているのではないか。ご家族から、こうした強い疑いを打ち明けられることがあります。傍聴席で聞いていて、本人が長く話したのに訳が一言で終わった、という場面を目にすれば、そう感じるのも無理はありません。
日本の刑法には、通訳人の虚偽通訳を処罰する規定があります。しかし、この条文を持ち出すことが実際の解決につながる場面は限られています。実務で本当に問題になるのは、故意の虚偽ではなく、訳し落としと用語の置き換えだからです。
この記事では、虚偽通訳罪という条文が何を対象としているのか、誤訳に気づいたときに現実に取れる手段は何か、そしてその誤りが在留資格の判断にまで及ぶ理由を説明します。
虚偽通訳罪という条文
刑法171条は、宣誓した通訳人が虚偽の通訳をしたときに成立する犯罪を定めています。
ここで重要なのは、宣誓した通訳人という要件です。典型的に想定されているのは、法廷で宣誓をしたうえで通訳にあたる場面です。前提として裁判所法74条が裁判所では日本語を用いると定め、刑事訴訟法175条が、国語に通じない者に陳述をさせる場合には通訳人に通訳をさせなければならないと定めています。
そしてもうひとつの要件が、虚偽の通訳をしたことです。つまり、真実と異なることを分かったうえで訳したという要素が必要になります。単に訳が下手であった、専門用語を知らなかった、という事情は、この条文が想定する場面とは異なります。
実務で問題になるのは、故意の虚偽ではない
現場で生じる通訳の問題の大半は、訳し落としと、法律用語の不正確な置き換えです。
たとえば、本人が条件を付けて説明したのに、その条件が落ちて断定的な訳になる。伝聞として述べたことが、直接の体験として訳される。日時や回数の細かい部分が省略される。こうした事象は、悪意がなくても起こります。むしろ、長時間の取調べや連日的な公判では、疲労によって起こりやすくなります。
最高裁判所の広報資料『あなたも法廷通訳を ごぞんじですか』(令和7年1月版)によれば、令和5年に終局した要通訳事件の被告人は3,851人で、中国語は16.1パーセントを占めます。要通訳事件は日常的な実務であり、通訳人の負担も相応に重いものです。
誤訳に気づいたとき、何ができるか
刑事責任の追及ではなく、手続の中で誤りを正すことが現実的な対応です。
- その場で指摘する。取調べ中であっても、法廷であっても、違うと感じたときに黙っていると記録に残りません。
- 供述調書については、刑事訴訟法198条4項の読み聞けの際に、どの部分がどう違うのかを特定して増減変更を申し立てる。
- 署名押印を求められても応じる義務はない、という点を覚えておく。
- 弁護人に伝える。弁護人が接見で内容を確認し、公判での対応を検討します。
- 公判では、通訳人の交代を求めることや、通訳の正確性について確認を求めることが検討されます。
- 刑事訴訟法301条の2により取調べの録音録画が行われる事件では、後から検証できる余地が広がります。対象かどうかを弁護人に確認してください。
通訳人は中立であり、助言者ではない
通訳人には守秘が求められる一方、あなたの利益のために動く立場ではありません。
この点は、捜査段階でとくに誤解されます。取調べに立ち会う通訳人は捜査機関が手配した人であり、事件の見通しを尋ねても答えは返ってきません。他方、弁護人が接見に同行させる通訳人は弁護人の補助者であり、刑事訴訟法39条1項に基づく秘密交通の枠内に入ります。同じ言語であっても、役割が異なるということです。
誤訳は、在留資格の判断にまで及ぶ
通訳の誤りが事実認定を動かせば、その結果は刑事処分を越えて入管手続に及びます。
入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としますが、但書があり、全部執行猶予が付された場合は除外されます。一部猶予の場合も実刑部分が1年以下なら除外されます。実刑1年という一点で結論が変わるため、関与の程度や反省に関する供述が正確に訳されたかどうかが直接響きます。
他方、同条4号チは薬物犯罪について有罪の判決を受けた者を挙げ、罰金でも執行猶予でも刑の免除でも該当します。在留資格の種類も問いません。加えて、入管法24条の3の出国命令は、4号ハからヨまでのいずれにも該当しないことを要件のひとつとするため、薬物事案では利用できません。
刑事事件で作られた供述調書は、退去強制手続における違反審査や口頭審理の資料として用いられます。誤訳を正さないまま調書が確定すれば、その内容が入管手続にそのまま持ち込まれることになります。
よくある誤解
- 誤訳があれば通訳人を処罰できる、というのは正確ではありません。条文は宣誓した通訳人の虚偽の通訳を対象としています。
- 通訳人を訴えれば判決が変わる、というのも違います。手続の中で誤りを正すことが本筋です。
- 通訳人に相談すればよい、というのも誤りです。通訳人は助言をする立場ではありません。
- 執行猶予なら在留に影響しない、とは限りません。薬物事件は入管法24条4号チにより該当します。
当事務所の対応
舟渡国際法律事務所では、松村大介弁護士が接見と打合せに直接対応し、本人の記憶と供述調書の記載を突き合わせて、訳語のずれが疑われる箇所を特定します。中国語については、外国人事件専属の通訳が常駐しているため、細かな言い回しの違いまで確認しやすい体制です。その他の言語は、事案に応じて通訳人を手配します。
弁護方針としては、執行猶予判決ではなお不十分であると考え、不起訴処分を最優先の目標とします。刑事事件と入管手続は一体として設計し、退去強制事由の該当性についても故意・過失を含めて争う余地を検討します。初回相談は無料です。微信(WeChat)ID matsumura1119 でもご連絡いただけます。
まとめ
誤訳への対応は、誰かを罰することではなく、記録を正しく保つことにあります。違うと感じた瞬間が、いちばん動きやすい瞬間です。本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
この記事の簡体字中国語版はこちらです:https://matsumura-lawoffice.jp/blog/detail/2026099309/
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