通訳が来るまで取調べは待ってもらえるのか 供述の任意性
2026/09/02
通訳人がまだ来ていないのに取調べが始まった、簡単な日本語と身振りだけで質問され、内容がよく分からないまま調書に署名したという相談は、外国人事件で繰り返し寄せられます。多くの方が知りたいのは、そのような取調べを断ってよいのか、断ったら不利になるのか、という一点です。
結論から言えば、理解できない言語で行われる取調べに応じる義務はなく、通訳人の同席を求めることができます。ここでは、その根拠と、通訳が不十分なまま作られた記録が後の手続でどう扱われるか、そして外国人事件では刑事の記録が在留資格の判断にまで及ぶという点を整理します。
取調べは通訳なしで進めてよいのか
日本語を十分に理解できない被疑者に対し、通訳人を介さずに実質的な取調べを行うことは、手続の前提を欠きます。日本の裁判所では日本語を用いることとされ(裁判所法74条)、日本語に通じない者には通訳人を付して手続を行うものとされています(刑事訴訟法175条、178条)。自由権規約14条3項(a)は、理解する言語で罪の性質と理由を告げられる権利を、同項(f)は通訳の援助を無償で受ける権利を定めています。
もっとも、実務では通訳人の手配に時間がかかることがあります。最高裁判所の通訳人候補者名簿には平成29年4月時点で62言語3,823人が登録されていますが、言語と地域の組合せによっては、すぐに来られる方がいないという事態が生じます。その待ち時間に、雑談や事情の確認という名目で実質的なやり取りが進んでしまうことがあり、ここが最も注意すべき場面です。
待っている間に署名を求められたら
意味の分からない書面に署名しないことが、この段階の最も確実な自己防御です。取調べに先立って黙秘権が告げられ(刑事訴訟法198条2項)、供述調書は読み聞け又は閲覧の機会が与えられたうえで、増減変更の申立てができるとされています(同条4項)。読み聞けが母語でされていないのであれば、通訳人を通じた読み聞けを求めてください。
また、一定の事件では取調べの録音録画が義務づけられています(同法301条の2)。録音録画がある事件では、通訳の状況もそのまま記録に残ります。通訳人が来る前にどのようなやり取りがあったのかを後から検証できるかどうかは、この記録の有無に左右されます。
通訳が不正確だった場合の記録の扱い
通訳が不正確であったことは、供述調書の任意性と信用性を争う具体的な材料になります。調書は捜査官が日本語でまとめる書面であり、通訳を介した一往復の発言がそのまま文字になるわけではありません。ニュアンスの脱落や、聞かれていないことが書かれるといった食い違いは、後から訳し戻して初めて明らかになります。
制度上も、通訳の正確性は軽い問題として扱われていません。法律により宣誓した通訳人が虚偽の通訳をした場合には、刑法171条の虚偽通訳罪が成立します。通訳の内容に疑問を感じたときは、その場で違和感を口にし、弁護人にも伝えてください。記録に残らなかった違和感は、後で立証することが難しくなります。
刑事処分が在留資格にどう跳ね返るか
不正確な通訳のもとで作られた調書は、刑事事件だけでなく、その後の入管手続にも影響します。刑事手続で作成された供述調書は、違反審査や口頭審理において事実関係の資料として用いられ得るため、日本語がよく分からないまま認めてしまった内容が、退去強制事由の判断の土台になってしまうことがあります。
入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としますが、但書により全部執行猶予が付された場合は除かれます。他方、同条4号チの薬物犯罪は、罰金でも執行猶予でも有罪の判決を受けた時点で該当します。同法5条1項5号の上陸拒否には年限の定めがなく、再入国は12条1項の上陸特別許可による道しかありません。事実関係のどこを認めるかは、この分岐に直結します。
ご本人とご家族が取れる行動
できることは限られていますが、順番があります。第一に、通訳人が来るまで実質的な取調べに応じない意思を明確に伝えること。第二に、当番弁護士を呼びたいと留置施設の担当者に申し出ること。弁護人は逮捕当日から立会人なしで面会でき(刑事訴訟法39条1項)、家族の面会が制限されている段階でも接見は別枠で認められます。
第三に、ご家族の側では、本人の母語と方言、識字の程度、日本語の理解度を弁護人に具体的に伝えてください。日常会話ができることと、法律用語の含まれた取調べを理解できることは別の問題です。なお、法テラスの基準では接見の通訳料は30分以内8,380円、以降10分ごと1,047円とされており、通訳を伴う弁護活動の費用は制度上も想定されています。
よくある誤解
第一に、通訳を求めると捜査に非協力的とみなされて不利になる、という誤解です。理解できる言語で手続を受けることは権利であり、その行使が量刑や処分の判断で不利益に扱われるべきものではありません。第二に、日常会話ができるのだから通訳は不要だという判断です。これは捜査機関が決めることではなく、本人の理解度に即して判断されるべきものです。第三に、いったん署名した調書はもう覆せないという誤解です。任意性や信用性は後の手続で争えますし、増減変更の申立ての記録が残っていれば、その争いは格段にやりやすくなります。
当事務所の対応
当事務所では、松村大介弁護士が接見に直接出向き、取調べで何が起きたかを一問一答の水準で確認します。中国語については外国人事件専属の通訳が常駐しており、タガログ語をはじめとするその他の言語については、事案に応じて通訳人を手配します。
方針としては、執行猶予判決では不十分であるとの前提に立ち、不起訴処分の獲得を最優先の目標とします。刑事の供述調書が入管手続の資料となる以上、両者を一体として設計し、退去強制事由の該当性についても故意・過失の有無を含めて検討します。初回のご相談は無料です。微信(WeChat)ID matsumura1119 でもご連絡いただけます。
おわりに
通訳を待つ時間は、失われる時間ではなく、守られるべき手続の一部です。本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
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この記事のタガログ語版はこちらです:https://matsumura-lawoffice.jp/blog/detail/2026099023/
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