入管法50条5項の考慮事情を、証拠でどう埋めていくか
2026/08/27
在留期限を過ぎたまま日本での生活が続き、これからどうすればよいのか分からないまま日々が過ぎている。ご家族と離れたくない、ここで築いた生活を手放したくない。そう思いながらも、何をどう主張すればよいのか、そもそも自分の言い分を誰が聞いてくれるのかが見えない。そうしたご相談を数多くお受けしてきました。
在留特別許可は、担当者の心証だけで決まるものではありません。令和5年改正入管法により、考慮すべき事情が入管法50条5項に法律で明記されました。つまり、何を主張し、何を裏づければよいのかという「答案用紙の枠」が、条文に書かれているということです。この記事では、その枠を一つずつ取り上げ、それぞれについて具体的に何を集め、どう組み立てるのかをご説明します。
在留特別許可では、どのような事情が考慮されるのですか
入管法50条5項は、考慮すべき事情として次のものを挙げています。すなわち、在留を希望する理由、家族関係、素行、本邦に入国することとなった経緯、本邦に在留している期間、その間の法的地位、退去強制の理由となった事実、人道上の配慮の必要性です。そのうえで、これらのほかに、内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響その他の事情を考慮するとされています。
在留特別許可そのものは、入管法50条1項により、退去強制対象者に該当する場合であっても、申請により又は職権で在留を特別に許可することができる、という仕組みです。同項5号の「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」が、オーバーステイの事案で多く用いられる受け皿となります。5項の各項目は、この5号該当性を判断するための物差しだとお考えください。
大切なのは、これらが抽象的な人柄評価ではなく、資料によって確かめられる事実の集合だという点です。以下、項目ごとに見ていきます。
「在留を希望する理由」として、何を出せばよいですか
気持ちを書き連ねるのではなく、日本でなければならない理由を、生活の事実で示す必要があります。
集める資料としては、まずご本人の陳述書です。いつ、どこで、誰と、どのような生活を送ってきたのかを時系列で書き、見聞きしたことと自分が体験したことを区別して記載します。これに、居住の実体を示す資料(賃貸借契約書、家賃の支払記録、電気・ガス・水道の領収書)、生計の実体を示す資料(給与明細、雇用主の在職証明や受入れの意向を記した書面)、日本社会とのつながりを示す資料(日本語学習の履歴や修了証、地域の行事への参加、支援してくださる方々の陳述書)を添えます。
あわせて、帰国した場合に何が失われるのかを具体的に書きます。「困る」ではなく、誰の生活がどのように壊れるのかを、人と場面に落として書くことが必要です。
「家族関係」はどこまで証明する必要がありますか
形式の書類と、生活の実体を示す資料の両方が必要です。どちらか一方では足りません。
形式の書類としては、日本人配偶者やお子さまがいる場合の戸籍謄本、婚姻届受理証明書、認知届受理証明書、世帯全員の住民票などです。国籍国側の書類(出生証明書、婚姻要件具備証明書等)が必要になることも多くあります。
生活の実体を示す資料としては、同居していることが分かる資料、家計を共にしていることが分かる資料(給与の入金と家賃・生活費の支出の対応、送金記録)、交際から現在に至る経緯が分かる写真や通信の記録、お子さまがいる場合は母子健康手帳、在園・在学を示す書類、通院の付添いや行事参加の記録などです。配偶者・お子さま・ご親族の方に、生活の様子をご自身の言葉で書いていただく陳述書も重要です。
国籍国の役所が求める書類を発行しない、あるいは制度自体が存在しないという事案も少なくありません。その場合は、書類が出ない事情そのものを説明する資料を作り、代替となる証明を積み上げます。当事務所では、国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない状況で、婚姻と認知の手続を進めたうえで在留特別許可を得た事案を扱っています。
「素行」はどのような資料で評価されますか
素行は、法令の遵守状況と、社会人としての義務の履行状況の両面から見られます。
集めるべきものは、刑事処分に関する資料(不起訴処分告知書、略式命令、判決の謄本)、交通違反の有無、住民税の課税証明書・納税証明書、国民健康保険料や年金の納付状況が分かる資料です。滞納がある場合は、放置せず、分割納付の手続をとったうえでその記録を残すという対応が考えられます。
被害者のいる事件が関係する場合は、示談書、被害弁償の受領書、贖罪寄付の受領証が資料になります。加えて、再び同じことを繰り返さないための環境、すなわち身元引受人の陳述書、住居と就労先の確保、監督の具体的方法を書面で示します。反省を述べるだけでなく、再発を防ぐ仕組みが用意されていることを見せる、という発想です。
「入国することとなった経緯」「在留期間」「その間の法的地位」は何を示すのですか
この三つは、時間の流れを一本の線で示す作業です。旅券の上陸許可の証印、在留カード、これまでに受けた在留資格と在留期間の許可の履歴を並べ、いつまでが適法な在留で、いつから在留期間を経過したのかを明確にします。
入国の経緯では、偽りの手段を用いていないこと、仲介者に不当な関与がなかったかどうかが問題になります。留学から学校を離れた、技能実習の受入先から離脱したという事案では、その理由を裏づける資料(除籍や退学の通知、賃金の未払や職場での取扱いに関する記録、相談先とのやり取り)を集めます。理由のある離脱であったかどうかで、評価は変わり得ます。
在留期間については、二つの面があることを正確に理解しておく必要があります。不法滞在が長期に及ぶことは、ガイドライン上、消極要素として評価されます。他方で、その間に築かれた生活の基盤や家族関係は、50条5項の考慮事情として有利に働き得ます。長さそのものを誇るのではなく、その時間の中身を示すという組み立てになります。
法的地位の欄では、適法在留であった期間の資格の種類、資格外活動許可の有無、収容や監理措置の履歴と、その条件を守ってきたかどうかも示します。
「退去強制の理由となった事実」は、なぜ最も重要な項目なのですか
ここが、在留特別許可の見通しを最も大きく左右するからです。
在留期間を経過して残留した場合、入管法24条4号ロにより退去強制事由に該当します。他方、入管法50条1項ただし書は、無期若しくは1年を超える拘禁刑に処せられた者(刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者、及び一部猶予で実刑部分が1年以下の者を除く)、又は24条3号の2・3号の3・4号ハ・4号オからヨまでに該当する者については、在留を許可しないことが人道上の配慮に欠けると認められる特別の事情があると認めるときに限る、として要件を加重しています。
不法残留(24条4号ロ)のみの事案は、このただし書の加重要件の対象ではありません。これは有利な事情です。逆に、実刑で1年を超える拘禁刑となった場合や、薬物関係法令違反による有罪判決(24条4号チ。罰金や執行猶予でも該当します)が加わった場合には、加重要件がかかり、見通しは大きく厳しくなります。
したがってこの項目で集める資料は、退去強制事由として何号に該当しているのかを確定させる資料と、刑事処分の内容を示す資料です。そして、刑事処分を軽くする活動そのものが、この項目を有利にする作業でもあります。刑事弁護と入管手続は、初動から一体で設計しなければなりません。
「人道上の配慮の必要性」はどう組み立てるのですか
帰国した場合に生じる不利益を、抽象的な不安ではなく、資料で確かめられる形にする作業です。
治療を受けている方は、診断書、治療の経過と今後の見通しを示す書面、その治療を国籍国で継続できるかどうかに関する資料を集めます。お子さまについては、在学の状況、使用している言語、学習の到達度、生活の基盤が日本にあることを示す資料です。日本で生まれ育ったお子さまが国籍国の言語で教育を受けられるのかという点は、具体的に示す必要があります。
ご家族が分離される場合には、誰が誰を扶養し監護しているのか、それが失われるとどうなるのかを、現在の分担に即して書きます。国籍国の一般的な状況については、公的機関が公表している資料に基づいて記載し、確認できない事情を推測で書かないことが大切です。
「内外の諸情勢」「不法滞在者に与える影響」は、個人には動かせないのではありませんか
この項目そのものを動かすことはできませんが、ご自身の事案がどう位置づけられるかは、示し方によって変わります。
入管法50条5項は、8つの考慮事情のほかに、内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響その他の事情を考慮するとしています。これは、個別の事情だけでなく、同種の事案全体への波及も見るという趣旨です。だからこそ、ご自身の事案が他とどう違うのかを、事実で説明する必要があります。過去に公表されている許可事例・不許可事例と自分の事案を対照し、共通点と相違点を整理する作業が意味を持ちます。
また、令和6年3月改定・同年6月10日施行の在留特別許可に係るガイドラインは、「その他の事情」の項において、当該外国人が不法滞在を申告するため自ら地方出入国在留管理官署に出頭したことを積極要素として考慮すると明記しています。自ら出頭したという事実は、この項目に直接届く材料です。
証拠は、いつまでに集めなければならないのですか
手続の段階によって、できることが変わります。時期を逃すと、そもそも申請できなくなります。
入管法50条2項は、在留特別許可の申請は、収容令書により収容された外国人又は監理措置決定を受けた外国人が、法務省令で定める手続により法務大臣に対して行うと定めています。つまり申請権は、収容令書による収容又は監理措置決定を受けて初めて生じます。それ以前は、職権の発動を求める活動になります。
また、同条4項により、在留特別許可は、47条3項の認定・48条8項の判定に服し、又は法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した後でなければすることができないとされています。そして、同条3項により、退去強制令書が発付された後は申請することができません。令書が出た後は、取消訴訟や執行停止の申立てという司法救済の領域に移ります。
ですから、資料の収集は、違反調査(27条以下)が始まる段階から並行して進める必要があります。国籍国から取り寄せる書類は、届くまでに時間がかかります。手続が動き出してから着手したのでは間に合わないことが少なくありません。
摘発される前に、自ら動くことの意味
証拠の準備という観点からも、自ら出頭するかどうかは大きな分かれ目になります。
入管法24条の3の出国命令の対象となるには、5つの要件をすべて満たす必要があります。その第1号イは、27条の規定による違反調査の開始前に、速やかに本邦から出国する意思をもって自ら出入国在留管理官署に出頭した者と定めています。同号ロは、違反調査の開始後、47条3項の通知を受ける前に、入国審査官又は入国警備官に対して速やかに出国する意思がある旨を表明した者です。
この違いは、上陸拒否期間に現れます。出国命令により出国した者は、入管法5条1項9号ホにより出国した日から1年です。これに対し、24条の3第1号ロに該当する者が出国命令で出国し、その後に短期滞在の活動を行おうとする場合は、同項9号ヘにより出国した日から5年となります。摘発されて出国命令の要件を欠けば、退去強制となり、退去強制歴・出国命令歴がなければ同項9号ハで5年、既にそれらの歴があれば同項9号ニで10年です。
加えて、自ら出頭した場合には、前記のとおりガイドライン上、積極要素として考慮されます。摘発されてから資料を集め始めるのと、こちらの準備が整った状態で出頭するのとでは、提出できる資料の質も、手続の進み方も変わります。日本での在留継続を目指すのか、いったん出国して再来日の道を選ぶのかという方針は、資料を見たうえで、早い段階で決める必要があります。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)は、中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野としています。
当事務所が扱った事案として、観光目的で来日した方が日本人女性との間にお子さまを授かったものの、在留資格を失い不法滞在で逮捕・起訴されたというものがあります。婚姻と認知の手続が未了で当局から一旦不受理とされたところ、松村弁護士が憲法的観点から当局と交渉して婚姻・認知を実現し、入管法違反の刑事裁判を意識した被告人質問・証人尋問を行いました。国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない困難な状況でも有利な資料を集め、入管当局の過去の許可事例を分析することで、1回の手続で在留特別許可を得ています。
もう一件は、冤罪により不法就労助長罪に問われ、強制退去の危機に瀕した女性の事案です。退去強制事由には故意・過失が不要とする従来の実務に対し、責任主義の射程を問う訴訟を提起して上訴審まで争いました。その後、入管から在留特別許可が認められています。
体制については、接見の初動から公判の結審まで、松村弁護士が全工程を直接担当します。事務員や若手弁護士による代行は行いません。外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、捜査機関が指定する通訳とは別に、ご本人のために動く立場の通訳をご利用いただけます。刑事手続が終わった後の在留資格の更新・変更等については、提携の行政書士とワンストップで対応します。初回のご相談は無料です。費用は事案に応じてお見積りいたします。
おわりに
入管法50条5項の考慮事情は、裏を返せば、こちらが何を示せばよいのかを国が明らかにしたものです。項目ごとに必要な資料は異なり、国籍国から取り寄せるものには時間もかかります。早く着手するほど、示せる事実は増えます。
本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。また、過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではありません。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
お問い合わせ
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
この記事の他の言語版
简体中文 / 繁體中文 / English / Tiếng Việt / 한국어
----------------------------------------------------------------------
舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京を中心に刑事事件の弁護
東京にて中国人の方をサポート
----------------------------------------------------------------------