「もう少し様子を見る」ことの代償|時間の経過が持つ二つの意味
2026/08/27
在留期限を過ぎたまま、日本で暮らしている。頭では分かっているのに、仕事があり、住まいがあり、支えている家族がいて、「明日、入管に行く」という決断だけがどうしてもできない。「もう少し様子を見よう」「もう少し落ち着いてから」。そう思っているうちに、一週間が一か月になり、一か月が一年になった。そうしたご相談を、私たちは数多くお受けしてきました。決断できないことを責めるつもりはありません。ただ、その「もう少し」の間に、法律上あなたの立場がどう動いているのかは、正確に知っておいていただきたいのです。時間は、あなたに不利にも働き、有利にも働きます。本記事では、その二つの意味を条文に沿って整理します。
「もう少し様子を見よう」と思ってしまうのは、おかしいことですか
おかしいことではありません。在留期限を過ぎた事実を認めて自分から役所に出向くのは、生活のすべてを一度差し出すのに近い行為です。ためらうのは自然なことです。ただ、法律の世界では、待つことは「何もしないこと」ではなく、一つの選択として扱われます。待っている間にも期間は積み上がり、使える制度の要件は静かに変わっていきます。問題は「決断できないあなたが悪い」ということではなく、「待つという選択にも、条文上の効果がある」ということです。
待っている間、法律上は何が起きていますか
刑事の問題と、在留の問題が同時に進みます。
刑事の面では、在留期限を過ぎて日本にとどまることが、入管法70条1項5号の不法残留罪にあたります。同号は「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間(20条6項の規定により本邦に在留することができる期間を含む。)を経過して本邦に残留する者」を処罰の対象とし、70条1項柱書は法定刑を3年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金、又はその併科と定めています。オーバーステイは行政手続の問題にとどまらず、刑事罰の対象となる犯罪です。
在留の面では、入管法24条4号ロが「在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者」を退去強制事由と定めています。大切なのは、この事由が期限を過ぎた最初の日から満たされていることです。摘発されて退去強制事由が生まれるのではありません。摘発は、すでに生じている状態が発覚する出来事にすぎません。誰にも指摘されていないことは、法律上「問題が起きていない」ことを意味しないのです。
時間が経つことで失われるものは何ですか
最も大きいのは、出国命令という選択肢そのものと、その先にある上陸拒否期間の短さです。
出国命令は入管法24条の3が定める制度で、収容を前提とせずに自ら出国できる手続です。対象は24条2号の4、4号ロ、6号から7号までのいずれかに該当する外国人で、同条の5要件をすべて満たす場合に限られます。時間の経過が直接効いてくるのは、そのうち第1号と第4号です。
- 第1号 次のイ又はロのいずれかに該当すること。イ「27条の規定による違反調査の開始前に、速やかに本邦から出国する意思をもって自ら出入国在留管理官署に出頭した者」。ロ「違反調査の開始後、47条3項の通知を受ける前に、入国審査官又は入国警備官に対して速やかに本邦から出国する意思がある旨を表明した者」。
- 第2号 24条3号から3号の5まで、4号ハからヨまで、8号又は9号のいずれにも該当しないこと。
- 第3号 本邦に入った後に、刑法第2編第12章(住居侵入)、第16章から第19章まで(通貨偽造・文書偽造・有価証券偽造・支払用カード電磁的記録)、第23章(賭博)、第26章(殺人)、第27章(傷害)、第31章(逮捕監禁)、第33章(略取誘拐)、第36章(窃盗強盗)、第37章(詐欺恐喝)若しくは第39章(盗品等)の罪、暴力行為等処罰法1条・1条ノ2・1条ノ3の罪、盗犯等防止法の罪、特殊開錠用具所持禁止法15条・16条の罪、自動車運転死傷処罰法2条・6条1項の罪、又は盗難特定金属製物品処分防止法22条の罪により拘禁刑に処せられたものでないこと。
- 第4号 過去に本邦からの退去を強制されたこと、又は55条の85第1項の規定による出国命令により出国したことがないこと。
- 第5号 速やかに本邦から出国することが確実と見込まれること。
出国命令が出されると、主任審査官は速やかに出国を命じ、55条の85第1項により15日を超えない範囲内で出国期限を定めます。住居や行動範囲の制限などの条件を付すこともできます(同条3項)。
ここで時間が効いてきます。5条1項9号ホは、出国命令により出国した者の上陸拒否期間を出国した日から1年と定めます。ところが、違反調査が始まった後に出国意思を表明した24条の3第1号ロの類型に当たる人が出国命令で出国し、その後短期滞在の活動を行おうとする場合には、5条1項9号ヘにより出国した日から5年となります。自ら出頭できたはずの時期を過ぎてからでは、同じ「出国命令で帰る」でも、次に日本を訪ねられる時期が変わり得るのです。
さらに、摘発の内容によっては第2号・第3号・第4号の要件を欠き、出国命令そのものが使えなくなります。その場合は退去強制手続に進み、上陸拒否期間は、退去強制歴・出国命令歴のない人で5条1項9号ハの退去の日から5年、既にそれらの歴がある人で同号ニの10年です。24条4号オからヨまでに該当して退去強制された場合は5条1項10号により期間の定めがありません。薬物関係法令違反による処罰歴がある場合の5条1項5号にも年限がなく、期間の定めのない上陸拒否となります。
刑事の面でも時間は不利に働きます。法定刑は滞在期間の長短で変わりませんが、変わるのは検察官の処分の選択と量刑の幅です。実務上、不法残留の期間の長さは、違法な状態を継続させた期間として、処分の重さに直結する中心的な要素です。期間が短く、自ら出頭し、生活の基盤や家族関係が明確な事案ほど軽い方向に向かいやすく、期間が数年に及び、不法就労を伴い、偽造文書などの別の違反が重なる事案ほど重い方向に向かいやすい傾向があります。もっとも、実際の結論は事案により幅があり、期間だけで決まるものではありません。
逆に、時間が経つことで得られるものはありますか
あります。生活の実績です。日本での暮らしが続けば、家族関係が育ち、子が生まれ、地域とのつながりができ、納税や社会保険の記録が積み重なります。これらは在留特別許可の判断で無視される事情ではありません。
入管法50条5項は、考慮すべき事情として、在留を希望する理由、家族関係、素行、本邦に入国することとなった経緯、本邦に在留している期間、その間の法的地位、退去強制の理由となった事実、人道上の配慮の必要性を挙げ、そのほか内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響その他の事情を考慮すると定めています。
ただし、同じ50条5項が「本邦に在留している期間」と並べて「その間の法的地位」を挙げている点に注意が必要です。在留資格のない状態で積み上がった期間が、そのまま有利な事情として評価されるわけではありません。令和6年3月に改定され同年6月10日に施行された在留特別許可に係るガイドラインは、在留特別許可を「本邦からの退去を強制されるべき外国人に対して例外的・恩恵的に行われる措置」と位置づけ、不法滞在の長期化を消極要素として評価すると示しています。時間の経過は、ここでも有利と不利の両方向に同時に働くのです。
失われるものと得られるものは、釣り合いますか
釣り合いません。性質が違うからです。
失われるのは選択肢そのもので、不可逆です。24条の3第1号イの「違反調査の開始前に自ら出頭した」という要件は、その時期を過ぎたら取り戻せません。上陸拒否期間も、9号ホの1年か、9号ヘの5年か、9号ハの5年か、9号ニの10年かは、条文の要件に当てはまるかどうかでかなりはっきり決まります。
これに対し、得られるものは評価要素の一つにすぎません。家族関係も生活の基盤も、50条5項の総合判断の中で他の事情と一緒に量られるもので、これがあれば許可されるという性質のものではありません。しかも、その積み上げの期間自体が「不法滞在の長期化」として消極方向にも評価され得ます。確実に減っていくものと、増えるかもしれないが保証のないもの。この二つを交換しているのが「もう少し様子を見る」という選択です。
実刑になると、在留特別許可の見通しは変わりますか
条文の構造として厳しくなります。入管法50条1項ただし書は、無期若しくは1年を超える拘禁刑に処せられた者(刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者、及び一部猶予で執行が猶予されなかった部分が1年以下の者を除く)、又は24条3号の2・3号の3・4号ハ・4号オからヨまでに該当する者については、「本邦への在留を許可しないことが人道上の配慮に欠けると認められる特別の事情があると認めるときに限る」としています。不法残留(24条4号ロ)だけの事案は、このただし書の加重要件の対象ではありません。これは有利な事情です。しかし、期間が長期化し、不法就労や文書偽造などが重なって量刑が重くなれば、加重要件の側に踏み込む可能性が出てきます。
逆に、刑事の結論が軽ければ在留が続くかというと、そうではありません。執行猶予が付いても、不起訴となっても、24条4号ロにより退去強制手続は進みます。24条4号リは「昭和26年11月1日以後に無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者」を退去強制事由としつつ、刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者などを除いていますが、除かれるのは4号リへの該当だけで、4号ロにはもともと該当しているのです。「執行猶予が付いたから大丈夫」という理解は誤りです。だからこそ、刑事処分を軽くする活動と、在留を得る活動は、初動から一体で設計しなければなりません。
摘発される前に、自ら動くことに、どんな意味がありますか
条文とガイドラインの両方に意味があります。条文の面では、違反調査の開始前に自ら出入国在留管理官署に出頭すれば24条の3第1号イに当たり、出国命令で出国した場合の上陸拒否期間は5条1項9号ホの1年です。調査が始まってから出国意思を表明した同号ロの類型で、その後に短期滞在で来日しようとすると、5条1項9号ヘにより5年になります。
ガイドラインの面では、令和6年3月改定・同年6月10日施行の在留特別許可に係るガイドラインが、「その他の事情」の項で、当該外国人が、不法滞在を申告するため、自ら地方出入国在留管理官署に出頭したことを積極要素として考慮すると明記しています。自ら出頭したという一点が、条文上の期間と、裁量判断の評価の両方に効いてくるのです。
そして、待つことには見落としやすい性質があります。摘発の日付は自分では選べないということです。職務質問、勤務先への調査、家族の手続に伴う照会など、きっかけは自分の外側にあります。待つという選択は、いつ発覚するか分からない状態を毎日引き受け続けるという選択でもあります。
家族ができてから相談したほうが有利ではありませんか
お気持ちは分かりますが、待つことで得られる生活実績と、待つことで失われる選択肢は、交換関係にありません。両方を同時に進められます。生活の実績を丁寧に記録し、資料として整える作業は、いま相談していただいても同じようにできます。
手続の時期にも注意が必要です。入管法50条2項は、在留特別許可の申請は収容令書により収容された外国人又は監理措置決定を受けた外国人が法務省令で定める手続により法務大臣に対して行うと定めています。それ以前の段階は、申請権に基づくものではなく、職権の発動を求める活動になります。50条3項は、退去強制令書が発付された後は申請することができないと定めています。また50条4項により、在留特別許可は、47条3項の認定・48条8項の判定に服し、又は法務大臣が異議の申出に理由がないと裁決した後でなければすることができません。判断の場面は手続の流れ(違反調査27条以下、収容令書39条又は監理措置決定44条の2第7項、違反審査45条以下、認定47条3項、口頭審理の請求48条、判定48条8項、異議の申出49条、裁決、そして50条の在留特別許可又は51条の退去強制令書発付)の中で決まっており、そこに間に合うよう準備を整える必要があります。なお、在留特別許可をしない処分をするときは、50条10項により、速やかに理由を付した書面をもって知らされます。
また、摘発されてから婚姻や認知の手続を始めた場合、その経緯自体が評価の対象になり、事情の説明に一段の工夫が必要になる傾向があります。順序が結論を左右し得るという点でも、「後から」は必ずしも有利ではありません。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)は、中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護と入管手続を主たる注力分野としています。担当する松村大介弁護士は、第一東京弁護士会に所属しています(登録番号59077・2019年登録)。
体制の特徴は三つです。第一に、最初の接見から公判の結審まで、松村弁護士が全工程を直接担当します。事務員や若手弁護士による代行は行いません。第二に、外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しています。捜査機関が指定する通訳とは別に、依頼者本人のために動く立場の通訳を利用していただけます。第三に、刑事手続が終わった後の在留資格の更新・変更などは、提携の行政書士とワンストップで対応します。
関連する解決事例を二件ご紹介します。一件目は、観光目的で来日した相談者が日本人女性との間に子を授かったものの、在留資格を失い不法滞在で逮捕・起訴された事案です。婚姻と認知の手続が未了で当局から一旦不受理とされたところ、憲法的な観点から当局と交渉して婚姻・認知を成立させ、入管法違反の刑事裁判を意識した被告人質問・証人尋問を実施しました。国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない困難な状況でしたが、有利な証拠を集め、入管当局の過去の許可事例を分析することで、1回の手続で在留特別許可を得ることができました。
二件目は、冤罪により不法就労助長罪に問われ、強制退去の危機に瀕した女性の事案です。「退去強制事由には故意・過失が不要」とする従来の実務に対し、責任主義の射程を問う訴訟を提起して上訴審まで争いました。その後、入管から在留特別許可が認められています。
初回のご相談は無料です。費用は事案に応じてお見積りします。まだ出頭するかどうか決めていない、という段階でも構いません。決断の前に、選択肢がいくつ残っているかを知っておくことには、それ自体に価値があります。
最後に
「もう少し様子を見る」という選択は、静かに進みます。何も起きていないように見える日々の中で、使える制度の要件と、次に日本へ来られる時期が動いていきます。反対に、自ら動くという選択は、条文の上でも、ガイドラインの評価の上でも、はっきりとした足がかりになります。どちらを選ぶにしても、いま自分に何が残っているかを知ったうえで選んでいただきたいのです。
本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではありません。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
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中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
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