入管庁の公表事例が示す、出頭申告と摘発の違い
2026/08/27
在留期限を過ぎたまま日本で暮らしておられる方から、「出入国在留管理庁が公表している在留特別許可の事例を読んでみたけれど、自分の場合がどれに当たるのか分からない」というご相談をいただくことがあります。公表されている事例は、家族関係や在留の期間といった事情ごとに整理されています。しかし、そこに正面から書かれてはいないものの、事例を読み比べるときに欠かせない軸があります。それは、その事案が「自ら入管に出頭して発覚したのか」、それとも「摘発や逮捕によって発覚したのか」という、端緒の違いです。本記事では、公表事例をこの視点から読み解く方法を、条文に沿って整理します。
入管庁はどのような事例を公表しているのですか
出入国在留管理庁は、在留特別許可の運用の透明性を高めるため、在留特別許可に係るガイドラインとあわせて、実際に在留特別許可がされた事例と、されなかった事例を公表しています。ガイドラインは令和6年3月に改定され、改正入管法の施行に合わせて令和6年6月10日から適用されています。
公表事例には、国籍、在留状況、家族関係、退去強制事由に該当することとなった事情、刑事処分の有無といった要素が、個人が特定されない程度に抽象化された形で記載されています。抽象化されているために読み取りにくい部分もありますが、逆に言えば、そこに書かれている要素は、当局が判断において重視した要素であると考えることができます。
公表事例を読むとき、最初に確認すべき点は何ですか
最初に確認していただきたいのは、その事案がどのようにして入管の知るところとなったか、という点です。自ら地方出入国在留管理官署に出頭して不法滞在を申告した事案なのか、警察による摘発・逮捕を経て入管に引き継がれた事案なのか。この違いが、その後に続く記載のほとんどすべてに影響しています。
なぜこの点が重要かというと、端緒の違いは、単なる「印象の良し悪し」ではなく、適用される条文そのものを変えてしまうからです。出頭申告であれば出国命令(入管法24条の3)という別ルートが開かれ、上陸拒否期間も変わります。摘発を端緒とする事案では、多くの場合、刑事手続と退去強制手続が並行して進み、選択肢が狭まります。
許可された事例に出頭申告の事案が多く含まれているのはなぜですか
公表事例には、自ら出頭して不法滞在を申告した事案が多く含まれています。これは偶然ではなく、ガイドライン上の位置づけに理由があります。
ガイドラインは、在留特別許可を「本邦からの退去を強制されるべき外国人に対して例外的・恩恵的に行われる措置」と位置づけたうえで、入管法50条5項が定める考慮事情ごとに、評価の考え方を示しています。そのなかで、「当該外国人が、不法滞在を申告するため、自ら地方出入国在留管理官署に出頭したこと」は、積極要素として考慮されると明記されています。
入管法50条5項が挙げる考慮事情は、在留を希望する理由、家族関係、素行、本邦に入国することとなった経緯、本邦に在留している期間、その間の法的地位、退去強制の理由となった事実、人道上の配慮の必要性であり、これに加えて、内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響その他の事情も考慮されるとされています。出頭申告は、このうち「素行」や「その他の事情」の評価に直接結びつく事情です。
もっとも、出頭申告があれば許可されるという単純な関係ではありません。ガイドラインは、不法滞在が長期化していることを消極要素として評価するとしています。出頭申告は、他の事情と合わせて総合的に評価される要素の一つにすぎない、という理解が正確です。
摘発や逮捕を端緒とする事案では、何が重く評価されているのですか
摘発・逮捕を端緒とする事案では、刑事処分の内容や、過去の前歴が重く評価されている例が見られます。これも、条文上の根拠があります。
まず、入管法50条1項ただし書は、無期若しくは1年を超える拘禁刑に処せられた者(刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者、及び刑の一部の執行猶予の言渡しを受けた者であってその刑のうち執行が猶予されなかった部分の期間が1年以下のものを除く)などについては、在留特別許可は「本邦への在留を許可しないことが人道上の配慮に欠けると認められる特別の事情があると認めるときに限る」としています。つまり、実刑で1年を超える拘禁刑となった場合には、通常より重い要件が加わります。
次に、薬物関係法令違反による有罪判決は、入管法24条4号チの退去強制事由に当たります。罰金であっても、執行猶予が付いていても該当します。この場合、上陸拒否についても入管法5条1項5号により期間の定めがなく、期間の定めのない上陸拒否となります。
他方で、不法残留それ自体は入管法24条4号ロの退去強制事由であり、50条1項ただし書の加重要件の対象ではありません。不法残留のみの事案は、この点では有利な位置にあります。摘発を端緒とする事案で結論が厳しくなりやすいのは、不法残留に加えて別の事情が重なっている場合が多いためだと考えられます。
公表事例と自分の事案が似ていれば、同じ結果になりますか
同じ結果になるとは限りません。公表事例は、個人が特定されないよう抽象化されているため、そこに書かれていない事情が結論を左右している可能性が常にあります。
また、入管法50条5項は、考慮事情として「内外の諸情勢及び本邦における不法滞在者に与える影響」を挙げています。これは、その外国人個人の事情ではなく、社会全体の状況に関わる考慮です。時期によって評価が変わりうる要素が、法律上明示されているということです。
それでも公表事例を読む価値があるのは、当局がどの事情を書き出しているか、どの事情を並べて記載しているかを通じて、評価の枠組みが見えるからです。結論の予測のためではなく、「自分の事案では何を積み上げ、何を資料として示すべきか」を考えるために読むのが、正しい使い方です。
なお、在留特別許可をしない処分をするときは、速やかに理由を付した書面をもって知らせなければならないとされています(入管法50条10項)。理由が示されるということは、その理由に対して次の手を検討できるということでもあります。
端緒の違いは、在留特別許可以外の場面でも影響しますか
影響します。むしろ、在留特別許可より前の段階で、はっきりとした差が生じます。
入管法24条の3の出国命令は、同条1号から5号までの5つの要件をすべて満たす場合に用いることができます。1号は、イ「27条の規定による違反調査の開始前に、速やかに本邦から出国する意思をもって自ら出入国在留管理官署に出頭した者」と、ロ「違反調査の開始後、47条3項の通知を受ける前に、入国審査官又は入国警備官に対して速やかに本邦から出国する意思がある旨を表明した者」とに分かれています。
そのうえで、上陸拒否期間が次のように分かれます。
- 出国命令により出国した者は、出国した日から1年(入管法5条1項9号ホ)。
- 24条の3第1号ロに該当する者が出国命令で出国し、その後に短期滞在の活動を行おうとする場合は、出国した日から5年(5条1項9号ヘ)。
- 退去強制された者で、それ以前に退去強制歴・出国命令歴のないものは、退去の日から5年(5条1項9号ハ)。
- 退去強制された者で、既に退去強制歴・出国命令歴のあるものは、退去の日から10年(5条1項9号ニ)。
- 24条4号オからヨまでに該当して退去強制された者は、期間の定めがありません(5条1項10号)。
また、出国命令の手続は収容を前提としません。主任審査官は速やかに出国を命じ、15日を超えない範囲内で出国期限を定めます(入管法55条の85第1項)。住居や行動範囲の制限等の条件を付すことができます(同条3項)。
摘発される前に、自ら動くことの意味
公表事例を端緒という軸で読み直すと、出頭申告と摘発の差は、二つの層に分かれていることが分かります。
一つ目は、法律上の層です。前の見出しで整理したとおり、違反調査の開始前に自ら出頭すれば1年(入管法5条1項9号ホ)、開始後の意思表明であれば短期滞在での再入国は5年(同号ヘ)、出国命令の要件を欠けば退去強制で5年(同号ハ)または10年(同号ニ)です。この差は当局の裁量ではなく、条文が定めている差です。
二つ目は、運用上の層です。前に述べたとおり、自ら出頭したことはガイドライン上の積極要素とされています。加えて、出頭申告の場合には、資料を整えたうえで手続に臨むことができます。婚姻や子の認知、就労実態の説明、納税の状況、身元保証人の確保といった準備は、時間をかけなければ整いません。摘発されてから慌てて整えた資料は、その順序自体が疑いを招くことがあります。
なお、オーバーステイは行政上の問題にとどまらず犯罪です。入管法70条1項5号は、在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者を処罰の対象とし、法定刑は3年以下の拘禁刑若しくは300万円以下の罰金、又はその併科です(同項柱書)。法定刑は滞在期間の長短にかかわらず一律で、変わるのは検察官の処分の選択と量刑の幅です。期間が短く、自ら出頭し、生活の基盤が明確な事案ほど軽い処分に向かいやすく、長期に及び不法就労や別の違反が重なる事案ほど重い処分に向かいやすい傾向がありますが、事案により幅があります。
そして、刑事処分の軽重と、日本に在留し続けられるかどうかは、別の問題です。刑事で執行猶予や不起訴となっても、入管法24条4号ロにより退去強制手続は進みます。逆に、実刑で1年を超える拘禁刑となれば、50条1項ただし書の加重要件がかかり、在留特別許可の見通しは大きく厳しくなります。だからこそ、刑事処分を軽くする活動と、在留特別許可を得る活動は、初動から一体で設計しなければなりません。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)は、中国籍の依頼者を中心に、外国人の刑事弁護と入管手続を主たる注力分野としています。オーバーステイの事案では、公表事例の読み解きを含め、刑事処分に向けた活動と在留を続けるための活動とを、初動から一体のものとして設計します。
体制について申し上げます。ご相談から、警察署での接見、検察官との交渉、公判の結審、そして入管手続に至るまで、松村大介弁護士が全工程を直接担当します。事務員や若手弁護士が代わりに対応することはありません。また、外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しています。捜査機関が指定する通訳とは別に、依頼者ご本人のために動く立場の通訳を利用できることは、供述の正確さを守るうえで大きな意味を持ちます。刑事手続が終わった後の在留資格の更新・変更等については、提携の行政書士とワンストップで対応します。
解決事例を二件ご紹介します。
難関とされた在留特別許可を一度の手続で獲得した事例。観光目的で来日した相談者が日本人女性との間に子を授かったものの、在留資格を失い、不法滞在で逮捕・起訴された事案です。婚姻と認知の手続が未了で当局から一旦不受理とされましたが、憲法的な観点から当局と交渉して婚姻・認知を実現し、入管法違反の刑事裁判を意識した被告人質問・証人尋問を行いました。国籍国発行の公的書類がほとんど存在しない困難な状況でも有利な証拠を集め、入管当局の過去の許可事例を分析したうえで、1回の手続で在留特別許可を獲得しました。
不法就労助長で退去強制の危機にあった女性を救済した事例。冤罪により不法就労助長罪に問われ、退去強制の危機に瀕した女性の事案です。「退去強制事由には故意・過失が不要」とする従来の実務に対し、責任主義の射程を問う訴訟を提起して上訴審まで争いました。その後、入管から在留特別許可が認められました。
初回のご相談は無料です。費用は事案に応じてお見積りいたします。
おわりに
公表事例は、結論を占うための表ではありません。当局がどの事情を重視しているかを知り、自分の事案で何を積み上げるべきかを考えるための資料です。そして、その積み上げに最も大きく影響するのが、いつ、どのように手続に入るかという初動の選択です。時間が経つほど、選べる道は狭くなります。
本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。また、過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではありません。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
お問い合わせ
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
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