供述調書に署名する前に確認すべきこと|外国人の取調べと通訳
2026/09/03
取調べの終わりごろ、机の向こうから数枚の書面が差し出され、ここに名前を書いてくださいと言われる。日本語を母語としない方が、その紙の中身を確かめきれないまま署名してしまう場面は、めずらしいものではありません。
けれども供述調書は、その場で消える書面ではありません。検察官が起訴か不起訴かを判断するときに読まれ、法廷で証拠として扱われ、さらに入管の退去強制手続にも資料として持ち込まれます。この記事では、その性質と、刑事訴訟法198条が定める読み聞け・増減変更の申立て、署名押印を拒んだ場合の帰結、在留資格への跳ね返りを条文に即して説明します。
供述調書はあなたが書いた文章ではない
供述調書は、あなたの発言をそのまま文字にしたものではなく、取調官が聞き取った内容を要約し、日本語の文章として整えて作成する書面です。
調書は多くの場合、私は、という一人称で書かれるため、読み手には本人の手記のように見えます。しかし文章を組み立てているのは取調官であり、どの事実を書き、どの表現を選ぶかという判断も取調官の側にあります。十回説明したことのうち調書に残るのは三行かもしれず、逆に軽い気持ちで口にした一言が、故意を認めた供述として中心に据えられることもあります。
とくに問題になりやすいのは認識や意図の記載です。はっきり知らなかったが何となく変だとは思った、という程度の記憶が、調書では、違法であることを認識していた、という一文に固まってしまうことがあります。
刑事訴訟法198条4項 読み聞けと増減変更の申立て
調書ができあがったとき、取調官はその内容をあなたに読み聞かせるか閲覧させなければならず、あなたは内容の追加、削除、変更を申し立てることができます。これは刑事訴訟法198条4項が定める手続です。
違うと感じた箇所があれば、この部分は違います、私はこう言いました、とその場で述べてよく、取調官は申立ての内容を調書に記載することになります。訂正が反映されないまま署名を求められたのであれば、それは署名しない理由になります。
また同法198条2項は、取調べにあたって自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならないと定めています。黙秘は法律が正面から用意している選択肢です。なお同法301条の2は一定の事件について取調べの録音録画を定めており、対象となる場合には調書の記載と実際のやりとりを後から突き合わせることができます。
署名押印は義務ではない
供述調書への署名押印は義務ではありません。刑事訴訟法198条は、調書に誤りがないことを被疑者が申し立てたときに署名押印を求めることができると定めており、これを拒めば署名押印のない調書が残るだけです。
署名を拒むこと自体は罪にならず、量刑で不利に扱われる根拠にもなりません。そして一度署名した調書を後から取り消すことはできず、できるのは次の調書で違う説明をすることか、法廷で信用性を争うことだけです。
通訳を介した取調べでは三段階のずれが起きる
通訳を介した取調べでは、あなたの言葉、通訳人の訳、取調官の要約という複数の変換を経るため、そのどこでも意味のずれが生じ得ます。
刑事訴訟法175条は国語に通じない者に通訳をさせることを、178条は外国語の書面の翻訳を定めています。裁判所法74条は裁判所では日本語を用いると定め、自由権規約14条3項(a)および(f)も、罪の性質と理由を理解する言語で告げられる権利と無償で通訳の援助を受ける権利を保障しています。通訳人が故意に虚偽の通訳をした場合には刑法171条の虚偽通訳罪が問題となります。
最高裁判所の広報資料『あなたも法廷通訳を ごぞんじですか』令和7年1月版によれば、令和5年に通訳を必要とした事件の終局被告人は3,851人で、そのうちベトナム語が40.4パーセントを占め、言語別で最多です。それでも、通訳が付いているという事実だけで内容が正確だと考えるのは危険です。所持と保管、譲り受けと預かりは、日常語としては近くても法的な意味が違います。
供述調書は在留資格の審査にそのまま持ち込まれる
刑事手続で作成された供述調書は、退去強制手続における違反審査や口頭審理でも事実認定の資料として扱われます。ここが外国人事件に固有の重さです。
出入国管理及び難民認定法24条4号リは、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としています。ただし同号には但書があり、刑の全部の執行猶予が付された場合は除かれます。一部猶予の場合も、実際に服する部分が1年以下であれば除かれます。執行猶予が付けば直ちに退去強制になる、という理解は正確ではありません。
他方で同条4号チは、麻薬、大麻、あへん、覚醒剤などに関する法令に違反して有罪の判決を受けた者を退去強制事由とします。こちらは刑の重さを問わず、罰金でも執行猶予付きでも刑の免除であっても該当し、在留資格の種類も問いません。
在留特別許可については同法50条5項が考慮要素を法定しており、在留を希望する理由、家族関係、素行、本邦に在留することとなった経緯、在留期間などが挙げられます。その素行や経緯は、刑事の供述調書に書かれた事実によって語られます。
署名を求められた場面で実際に取れる行動
その場でできる最も現実的な行動は、弁護人と話すまで署名しませんと述べることです。
- 弁護人を呼びたいと明確に伝える。刑事訴訟法39条1項は、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人と立会人なく接見し、書類や物の授受をする権利を定めています。
- 読み聞けの際、違う部分を具体的に指摘して増減変更の申立てをする。全部違うと言うより、どの行のどの語かを示す方が調書に残ります。
- 記憶がない部分は、覚えていないと述べる。あいまいな記憶を推測で埋めない。
- 本国の領事館への連絡を希望する場合はその旨を伝える。領事関係に関するウィーン条約36条は領事通報と領事接見を定めています。
よくある誤解を整理する
誤解の多くは、署名を拒むと不利になるという思い込みから始まりますが、署名の有無は犯罪の成否とは別の問題です。
次に、通訳が付いていたのだから調書は正確なはずだという前提も成り立ちません。さらに、執行猶予なら在留資格は守られるという理解は薬物事件では当てはまりません。供述調書は刑事事件だけの書面ではないのです。
当事務所の対応
当事務所では、弁護士松村大介が接見と打合せに直接対応し、どのような調書が作られようとしているのかを接見のたびに確認します。言語については、中国語は外国人事件専属の通訳が常駐しています。その他の言語については、事案に応じて通訳人を手配します。
弁護方針としては、執行猶予判決を得ることをもって十分とは考えず、不起訴処分の獲得を最優先の目標とします。刑事処分の結論が在留資格の帰趨を左右する以上、刑事事件と入管手続は最初から一体のものとして設計し、退去強制事由への該当性についても故意や過失の有無を含めて争う視点を持ちます。初回のご相談は無料です。微信(WeChat)ID matsumura1119 からもご連絡いただけます。
おわりに
署名を求められる瞬間は、多くの場合、疲れて早く終わらせたいと感じている場面です。しかしその一枚は、刑事の結論にも在留の結論にも残り続けます。読み聞けを受け、違う部分を指摘し、納得できなければ署名しない。この三つだけで見通しは変わります。
本記事は一般的な解説であり、個別の事案については弁護士に直接ご相談ください。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
この記事のベトナム語版はこちらです:https://matsumura-lawoffice.jp/blog/detail/2026099235/
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