けんかで双方が手を出したとき 日本で正当防衛はどこまで認められるか
2026/09/01
「先に殴ってきたのは相手なのに、なぜ自分まで逮捕されるのか」。日本で双方が手を出したけんかの事件では、この疑問が繰り返し出てきます。結論を先に申し上げると、相手が先に手を出したという事実だけでは正当防衛は成立しません。日本の裁判所は、その場の状況全体を見て、防衛のための行為だったのか、それとも応酬の一環だったのかを判断します。この記事では、正当防衛の要件、相互闘争型の事案で防衛の主張が通りにくい理由、過剰防衛の扱い、そして最初の数日で何を保全すべきかを説明します。
正当防衛の枠組みを正確に押さえる
日本の刑法は、急迫不正の侵害に対して、自己または他人の権利を防衛するためにやむを得ずにした行為は罰しない、と定めています。要件は四つです。第一に、侵害が急迫であること、すなわち現に迫っているか、まさに始まったところであること。第二に、侵害が不正、つまり違法であること。第三に、防衛の意思をもってした行為であること。第四に、やむを得ずにした行為、すなわち防衛手段として必要かつ相当であることです。すでに終わった侵害に対する報復は急迫性を欠き、防衛ではなく攻撃と評価されます。相手が背を向けて逃げ出した後に追いかけて殴れば、その時点で別の暴行になります。
相互闘争型では、なぜ防衛の主張が通りにくいのか
双方が言い争いから応酬に至った事案では、当事者の双方が攻撃と防御を交互に行っています。裁判所は、こうした状況で一方が積極的に加害する意思をもって臨んでいたと認められる場合には、相手の攻撃が予期されたものであるとして、急迫性そのものを否定することがあります。挑発した側、あるいは自ら現場に赴いた側は、この点で不利になります。実務上、次の事情が結論を左右します。誰が最初に有形力を行使したか、その間にどれだけの時間があったか、その場から離れることができたか、用いた手段が素手か物か、攻撃した部位はどこか、そして相手が抵抗をやめた後も攻撃を続けたかどうかです。
過剰防衛はどう扱われるのか
防衛の状況にはあったが、手段が必要な程度を超えていた場合は過剰防衛となります。この場合、犯罪の成立自体は否定されませんが、情状により刑を減軽し、または免除することができるとされています。実務では、無罪ではないが量刑上大きく考慮される、という位置づけになります。素手の相手に対して物を用いた、相手が転倒した後も攻撃を継続したといった事情があると、正当防衛の主張は過剰防衛の主張に切り替わることが多いのが実情です。したがって、初めから無罪だけを目指すのではなく、責任の範囲を正しく画するという発想が要ります。
証拠は数日で消える
この類型で最も多い失敗は、証拠の保全が遅れることです。飲食店や商業施設の防犯カメラは、一定期間が過ぎれば上書きされます。目撃者は連絡先を残さずに立ち去ります。着衣の破れや血痕は洗濯され、あざは数日で消えます。ですから、身柄を拘束されていない段階であれば、次のことを直ちに行ってください。負傷部位を日付が分かる形で撮影する、医療機関を受診して診断書を得る、当日の衣類を洗わずに保管する、その場にいた人の連絡先を確保する、そして映像が存在しうる場所を弁護人に伝える。ご本人が逮捕されている場合は、ご家族から弁護人にこれらを伝えれば、保存の要請を行うことができます。
双方が負傷した場合の示談
双方に傷害がある事案では、双方が被疑者であり被害者でもあるという構図になります。この場合、互いに処罰を求めない旨を含めた示談を行うことがあり、一方だけが弁償するとは限りません。もっとも、示談交渉を当事者間で直接行うことは避けるべきです。事件直後の接触は、証拠隠滅や被害者への働きかけと受け取られ、勾留や接見禁止の理由とされることがあります。傷害・暴行等の起訴率は、法務省『令和7年版犯罪白書』(対象年次は令和6年)によれば全体で28.86%、来日外国人で25.69%、来日外国人の終局処理人員は1,519人でした。起訴に至らない割合が比較的高い類型であり、起訴前の活動が結果に反映されやすい領域です。
在留資格への影響と、ご家族の初動
入管法24条4号リは無期又は1年を超える拘禁刑を退去強制事由としますが、但書により全部執行猶予は除かれます。けんかによる傷害で罰金や執行猶予にとどまれば、この号によって直ちに退去強制手続には進みません。ただし在留期間の更新では素行が独立に評価されます。ご家族には、当日の状況を知る人の連絡先の確保、負傷の記録、示談の原資、身元引受人の確定をお願いしています。そして、ご本人が何を話したのかを把握するために、弁護人による接見を早い段階で入れてください。取調べでは黙秘権があり、日本語の説明を十分に理解しないまま調書に署名しないという原則を、ご本人に伝えることが大切です。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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