法廷通訳の訳が違うと感じたとき、その場でどう異議を出すか
2026/09/01
法廷で通訳人の訳を聞いていて、自分が言ったことと違う、あるいは検察官が言ったことがきちんと伝わっていないと感じる。中国語を母語とする被告人やそのご家族から、実際にしばしば伺うご相談です。この記事では、通訳を受けることが権利であること、訳に違和感を持ったときにその場で何ができるか、どう記録に残すか、通訳人の交替を求められるのはどんな場合か、そして後の上訴でどこまで争えるのかを説明します。黙って我慢すると、後から取り返すのが難しくなります。
通訳を受けることは、恩恵ではなく権利である
日本語に通じない人が刑事裁判を受けるとき、通訳人を付けることは法律上の要請です(刑訴法175条)。その背景には、憲法31条の適正手続の保障があり、国際人権規約B規約14条3項(a)は罪の性質と理由を理解する言語で速やかに告げられること、同項(f)は無料で通訳の援助を受けることを定めています。つまり通訳は、裁判所が親切心で用意してくれるものではなく、被告人が理解できないまま手続が進むことを防ぐための、手続の根幹に関わる仕組みです。法務省『令和7年版 犯罪白書』によると、令和6年の被告人通訳事件の通常第一審終局人員は4,649人(前年比20.7%増)で、通訳言語は41言語に及びます。最も多いのはベトナム語1,794人(38.6%)で、中国語は726人(15.6%)の第2位です。中国語が最多だと誤解されることがありますが、実際にはベトナム語が中国語の約2.5倍です。
訳が違うと感じたら、その場で言ってよい
結論から言えば、その場で言ってよいですし、言うべきです。理由は単純で、法廷でのやり取りは記録になり、記録に残ったものが後の判断の材料になるからです。訳の食い違いを黙って通してしまうと、記録の上では被告人がそう述べたことになってしまいます。とはいえ、被告人が突然発言すると混乱しますので、実務では弁護人を通じて申し出るのが基本です。あらかじめ弁護人と「訳がおかしいと感じたら手を挙げる」「メモに書いて渡す」といった合図を決めておくと動きやすくなります。中国語の場合、方言や言い回しの差、法律用語の対応関係、金額や日時の数え方、そして「知っていた」と「知らなかった」のような、故意の有無を分ける一語の差が問題になりやすい部分です。
どう伝えるか。休廷と確認の求め方
具体的には、弁護人が裁判長に対し、今の訳について確認を求めたいと述べ、問題となった箇所を特定します。単に「訳が違う」と言うのでは足りず、どの発言のどの部分が、どのように違うのかを示す必要があります。必要であれば休廷を求め、弁護人が別の通訳人を介して被告人の真意を確認し、その上で法廷で言い直すという手順を取ることもあります。裁判所が通訳人に訳し直しを命じることもありますし、被告人自身に確認の質問がなされることもあります。手間がかかるように見えますが、供述の核心部分に関わる訳であれば、この手間を惜しむべきではありません。なお、取調べの段階で作成された供述調書の通訳と、法廷の通訳は別の問題です。調書の訳に問題があると考える場合は、公判で調書の任意性・信用性を争う枠組みの中で扱うことになります。
記録に残す方法と、通訳人の交替
異議を述べた事実、どの箇所が問題になったか、どう訂正されたかは、公判調書に残るように意識してください。弁護人は、必要に応じて調書への記載を求めますし、後から調書の記載が実際のやり取りと食い違っていると考える場合には、異議を申し立てる手続があります。通訳人の交替を求めるのは、単発の言い間違いではなく、訳の精度に構造的な問題があると考えられる場合です。たとえば、被告人の話す方言が理解されていない、法律用語の訳が一貫していない、要約されて訳されている、被告人の発言が省略されているといった事情が積み重なる場合です。交替を求める際も、具体的な箇所を挙げて説明する必要があります。感情的な不信感だけでは動きません。
後の上訴でどこまで争えるのか
通訳の不備は、手続の適正に関わる問題として、上訴の場で主張することが考えられます。ただし現実的な壁があります。争うためには、どの発言がどう誤って訳されたのかを具体的に示す必要があり、その材料は記録の中にしかありません。第一審で何も言わなかった場合、記録には正しく訳されたかのような外観だけが残ります。後から「実は違っていた」と主張しても、それを裏付ける手がかりが乏しいのです。ですから、上訴で争える範囲を広く保つためにも、その場で指摘し、記録に残すことが決定的に重要になります。訳の問題は、判決に影響を及ぼしたと言えるかどうかも問われますので、核心的な争点、たとえば故意の有無、共犯者との合意の内容、被害額といった部分については特に注意を払ってください。
期日の前に準備できること
公判の前に、弁護人と一緒に、事件で使われる中心的な用語の訳語をそろえておくことをおすすめします。罪名、行為の呼び方、金額の単位、地名や職場の呼称などを事前に統一しておくと、法廷での食い違いは大きく減ります。被告人質問で述べる内容の骨子を、母語と日本語の両方で整理しておくことも有効です。ご家族としては、傍聴に来られる場合、聞いていて違和感のあった箇所をメモして弁護人に伝えるという協力ができます。ただし、傍聴席から声を出すことはできません。そして、通訳の問題は在留にも波及します。事実と異なる内容で有罪の判断がされれば、その判決は退去強制手続で在留の可否を判断する際の前提になります。法廷で正確に伝わることは、刑の重さだけの問題ではないのです。
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舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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