「借金があった」という供述は、被害者としての立場を示すことがある
2026/09/01
摘発された側の供述の中に、借金があった、返さなければならなかった、という言葉が出てくることがあります。この言葉は、動機の説明として片づけられがちですが、実際には、その人が人身取引の被害者である可能性を示す徴表であることがあります。日本の制度は、人身取引の被害者について、退去強制手続の中で保護を図る仕組みを置いています。この記事では、東京と千葉で報じられた事件を手掛かりに、被害者性をどう主張するのか、資格外活動で立件された側にどのような選択肢があるのかを整理します。
報じられた事案
時事通信の2026年1月22日報道によれば、東京都と千葉県で、売春防止法違反(あっせん)の疑いにより中国籍の男女6人が、また入管法違反(資格外活動)の疑いによりタイ国籍の女性2人が摘発されました。短期滞在の在留資格で入国したタイ国籍の女性をホテルに派遣していたとされます。報道では、タイ国籍の女性2人が「借金があった」などと話していると伝えられています。逮捕の段階の報道であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
「借金があった」が示唆するもの
渡航費や紹介料の名目で高額の債務を負わされ、その返済のために働かざるを得ない状態に置かれる。この構造は、債務による拘束と呼ばれ、人身取引の典型的な手口の一つです。入管法(出入国管理及び難民認定法)2条7号は人身取引等を定義しており、これに該当する行為を行った側は、退去強制事由の対象となります。逆に、その被害を受けた側については、単に不法就労をした外国人として扱うのではなく、被害者としての立場から検討する必要があります。捜査の場面では、誰にいくら支払ったのか、旅券を誰が管理していたのか、居住先と移動を誰が指定していたのか、報酬のうち手元に残った額はいくらか、といった事実が重要になります。これらは、被疑者としての弁解であると同時に、被害者性を基礎づける事実でもあります。
被害者として保護される道はあるのか
在留特別許可については、入管法50条5項が考慮すべき事情を法定しており、在留を希望する理由、家族関係、素行、入国の経緯、在留の期間、法的地位、退去強制の理由、人道的な配慮の必要性などが挙げられています。人身取引の被害者であることは、この人道的配慮の中核に位置づけられる事情です。また、令和6年3月に改定され同年6月10日に施行された在留特別許可のガイドラインでは、自ら地方出入国在留管理官署に出頭したことが積極要素として明記されています。在留を続けるか、帰国して生活を立て直すかは、ご本人の意思によります。帰国を選ぶ場合でも、被害者として認定されるかどうかは、その後の支援の内容や、上陸拒否の扱いに影響します。
資格外活動で立件された側の弁護
短期滞在の在留資格には就労が認められていません。就労した場合、入管法上は資格外活動の問題となり、その専従が認められれば同法24条4号イの退去強制事由に、資格外活動の罪により拘禁刑に処せられれば同条4号ヘの退去強制事由に該当し得ます。他方で、自ら出頭して手続を進めた場合には、同法24条の3の出国命令の対象となる余地があります。出国命令によって出国した場合の上陸拒否期間は1年であり、退去強制を受けた場合の5年(前歴があれば10年)と比べて大きな差があります。ただし、出国命令には要件があり、違反調査が開始される前に自ら出頭したかどうかによっても扱いが分かれます。摘発された後では選べる道が狭まりますので、判断は早いほど選択肢が広くなります。
あっせんをした側の刑責と、示談ができない構造
売春防止法違反のあっせんは、特定の被害者に対する加害というよりも、社会的な法益を守るための規定と理解されています。そのため、被害弁償や示談によって違法性の評価を和らげるという手法が構造的に使いにくい類型です。情状として主張できるのは、関与の程度、期間、利益の帰属、組織内での立場、そして中止の経緯です。加えて、営業によって得られた収益については、没収や追徴の問題が並行して生じます。中国籍の経営者や従業員として立件された場合、この収益の扱いが、量刑と生活再建の両面に影響します。
ご家族と、支援する立場の方ができること
まず、旅券と在留カードの所在を確認してください。第三者に預けている状態そのものが、拘束の徴表になり得ます。次に、支払った金額と支払先の記録、送金の履歴、居住先の契約関係を整理してください。人身取引の被害者性を主張する場合、これらの資料が中心的な証拠になります。そして、通訳の確保です。母語が中国語でもタイ語でも、取調べの内容が正確に伝わらなければ、被害者としての事情も、弁解も、記録に残りません。取調べでは、記憶にないことを認めない、分からないことは分からないと述べる。この二つを守ってください。入管手続と刑事手続は連続していますので、両方を見通せる弁護士に、早い段階でご相談ください。
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舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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