取引上の立場を背景にした事案。刑法176条1項6号の影響力とは何か
2026/09/01
令和5年の刑法改正で新たに書き込まれた事由の中に、経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力があります。刑法176条1項6号です。仕事の発注者と受注者、雇う側と雇われる側、在留資格の後ろ盾となっている側とそうでない側。こうした関係の中で起きた事案は、この号によって正面から評価されるようになりました。長崎で報じられた事件を手掛かりに、この規定が実務で何を意味するのか、日時や場所を争う否認にはどのような意味があるのかを整理します。
報じられた事案
FNNプライムオンライン(テレビ長崎)の2026年3月24日報道によれば、長崎県内で、不同意わいせつおよび不同意性交等の疑いにより、自身の会社を経営する中国籍の60代の男性が再逮捕されました。2025年の複数の日にわたる事案とされ、報道では、行為自体は認めているものの、日時や場所について一部を否認していると伝えられています。行為の態様や、被害を受けた方に関する事情には触れません。逮捕の段階の報道であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
176条1項6号は、何を捉えようとしているのか
この号は、経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させ、またはそれを憂慮していることに乗じる場合を挙げています。ここでの影響力は、直接の指揮命令に限られません。仕事を発注するかどうかを決められる立場、シフトや給与を決められる立場、住まいを提供している立場、在留資格に関する会社の書類を作成する立場。いずれも、断れば生活が立ち行かなくなるという現実的な不利益を相手方に生じさせ得ます。外国人が関係する事案では、雇用と在留が結びついているために、この影響力が日本人同士の場合よりも強く働きやすいという事情があります。経営者の側からすれば、自分は強制していないという認識であっても、法的な評価は別だということです。
職場や取引関係の中で、何が事実として拾われるのか
この号の該当性は、当事者の主観的な力関係の感じ方ではなく、客観的な関係の内容から判断されます。雇用契約の有無と形式、報酬の決定権が誰にあったか、住居を誰が用意していたか、在留資格の更新に必要な書類を誰が準備していたか、断ったことで実際に不利益が生じたことがあったか。これらは、雇用契約書、給与明細、寮の賃貸借契約、入管への提出書類、そしてメッセージアプリのやり取りに残ります。捜査機関は必ずこれらを押さえます。弁護人としては、同じ資料を早期に確認し、関係の実態がどうであったかを、こちらからも具体的に示していく必要があります。
日時や場所を争う否認には、どのような意味があるのか
行為は認めるが日時や場所は違う、という否認は、単なる細部の争いではありません。刑事裁判では、起訴状に記載された訴因によって審判の対象が特定されます。日時・場所・行為の特定が甘ければ、防御の対象がぼやけ、被告人はどの事実に対して反論すればよいのか分からなくなります。したがって、日時と場所を争うことは、訴因の特定を求めることと表裏の関係にあります。捜査段階でこの点を明確に述べておくと、起訴後に訴因変更が必要となる場面が生じ、審理の見通しが変わることもあります。他方で、複数回にわたる事案では、記憶が混同していることも現実に起こります。争うのであれば、当日の移動記録、店舗や事務所の入退室記録、決済の履歴といった裏づけを、弁護人を通じて確保しておくことが不可欠です。
再逮捕が繰り返されると、身柄はどうなるのか
複数の事案があるとされる場合、捜査機関は事案ごとに逮捕と勾留を重ねることがあります。逮捕後、司法警察員は48時間以内に検察官へ送致し、検察官は逮捕から72時間以内に勾留を請求します。勾留は原則10日、やむを得ない事由があればさらに10日まで延長されます。これが事案ごとに繰り返されると、身柄拘束は数か月に及びます。この間、会社の経営は止まり、取引先との関係も切れていきます。勾留の必要性を争う準抗告、接見禁止の一部解除の申立て、そして会社の業務を誰に引き継ぐかの手配を、並行して進める必要があります。
経営者本人の在留と、会社への影響
経営・管理の在留資格で会社を運営している場合、刑事処分は二重の意味を持ちます。第1に、無期または1年を超える拘禁刑の実刑であれば、入管法(出入国管理及び難民認定法)24条4号リの退去強制事由に該当します。全部執行猶予であればこの号には当たりません。第2に、在留期間の更新に際しては、素行に加えて、事業が継続して行われているかどうかが審査されます。身柄拘束が長引いて事業が停止すれば、刑事処分の内容にかかわらず更新が困難になります。ご家族や役員の方は、事業を止めないための体制を早期に整えてください。従業員の在留資格が会社の存続に依存している場合には、その方々への影響も考える必要があります。
中文版:以交易与雇佣关系为背景的案件:刑法176条1项6号所说的“影响力”
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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