「大丈夫と言われたから離れた」。救護義務は相手の承諾では免除されません
2026/09/01
交通事故の後に現場を離れてしまう理由は、逃げようという意図だけではありません。相手から「大丈夫です」と言われた、自分も痛みがあって病院に行こうとした、言葉が通じず何をすべきか分からなかった。いずれも実際に聞かれる説明です。しかし、日本の道路交通法は、これらの事情によって義務が消えるという作りになっていません。この記事では、報じられた二つの事案を手がかりに、救護義務と報告義務の違い、承諾があっても免除されない理由、そして事故直後に何をすべきかを説明します。取り上げる事案のうち後者は捜査段階のものであり、有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
報じられた二つの弁解
一つ目は、産経ニュースが報じた埼玉県三郷市の事案です。2025年5月18日、中国籍の解体工の男性(当時42)が、下校中の小学6年の男子児童4人の列に車で衝突し、救護せずに立ち去ったとして逮捕され、4日後に出頭したと報じられています。報道によれば、本人は「ぶつかったのは間違いないが、相手が大丈夫と言ったので離れただけだ」と述べて一部を否認していました。二つ目は、2026年2月10日のFNNプライムオンラインが報じた東京都中央区の事案です。積雪した橋の上で事故処理中のパトカーに車で衝突し、警察官2人に重傷を負わせたとして、中国籍の男性(41)が救護義務違反と過失運転致傷の疑いで捜査を受けており、本人は「けがをして病院に向かうために立ち去った」と説明していると報じられました。この二つは、日本の交通事故における弁解の典型例です。
救護義務と報告義務は、別々の義務です
道路交通法72条1項は、前段と後段で別の義務を定めています。前段は、事故があったときに直ちに運転を止め、負傷者を救護し、道路上の危険を防止する措置を講じる義務です。後段は、事故の発生日時と場所、負傷者の数と負傷の程度、損壊した物と程度などを、直ちに警察官に報告する義務です。この二つは、要件も趣旨も異なります。救護義務は目の前の人の生命身体を守るための義務であり、報告義務は交通の安全と円滑を回復し、事故の実態を公的に把握するための義務です。したがって、救護義務違反が成立しない場面でも、報告義務違反は別に残ります。実務上、これは大きな意味を持ちます。「自分も負傷していたので病院に向かった」という説明は、救護義務違反の故意を否定する方向に働く余地がありますが、その場合でも、警察へ通報しなかった事実は消えないからです。病院に向かうこと自体は否定されませんが、その途中でも、あるいは到着後直ちにでも、警察への報告は可能だったのではないかと問われます。
「大丈夫と言われた」がなぜ免除にならないのか
救護義務は、被害者の承諾によって免除されません。理由は二つあります。第一に、この義務は、被害者個人の利益だけでなく、交通事故による被害の拡大を防ぐという公益的な目的のために課されているからです。第二に、事故直後の被害者は、興奮や痛みの自覚の遅れによって、自分の状態を正確に判断できないことが多いからです。頭部や頸部の受傷は、直後に自覚症状がなく、数時間から数日後に症状が現れることが知られています。相手が「大丈夫」と言ったという事情は、その場の状況を説明する材料にはなりますが、義務を免れる理由にはなりません。相手が子どもである場合には、なおさらです。実務では、この弁解を前提にしたうえで、負傷の程度をどこまで認識できたか、現場に留まっていた時間、救護らしい行為があったかを個別に検討します。したがって、争うとしても、義務がなかったという方向ではなく、認識の程度と行為の内容を具体的に主張する方向になります。
在留資格には、どう跳ね返るのか
交通事故に関する罪のうち、危険運転致死傷については、別表第一の在留資格で在留する方に限って、退去強制事由(入管法24条4号の2)として掲げられています。これに対し、過失運転致傷や救護義務違反は、この類型には含まれていません。したがって、これらの罪については、無期または1年を超える拘禁刑の実刑(全部執行猶予は除かれます)を受けた場合の退去強制事由(入管法24条4号リ)が問題になります。令和7年の出入国管理統計では、4号の2による退去強制令書の発付は全国で49人、うち中国籍は15人、4号リ単独では全国41人、中国籍11人でした。実刑を避けられるかどうかが分岐点になりますので、被害者への謝罪と賠償、任意保険の適用範囲の確認、示談の成否が、そのまま在留の問題に直結します。被害者が児童である場合、保護者との関係で交渉に時間がかかることが多く、通訳を介した誠意の伝え方が結果を左右します。
事故の直後に、実際にすべきこと
順序は決まっています。第一に、車を安全な場所に止めて運転を中止します。第二に、負傷者の有無を確認し、必要であれば救急車を呼びます。相手が大丈夫だと述べても、救急要請を控える理由にはなりません。第三に、警察に通報します。物損だけだと思った場合でも、通報は必要です。第四に、相手方の連絡先と、目撃者がいれば連絡先を控えます。第五に、自分にけががある場合は、その旨を警察に伝えたうえで病院へ向かいます。この順序を守るだけで、後の刑事責任の大部分は避けられます。日本語での説明に不安がある場合は、通報の際に外国語対応を求めることができますし、勤務先や家族に電話をつないでもらうことも可能です。事故後に相手方と連絡先だけを交換して別れる、いわゆる当事者間での解決は、後から報告義務違反として立件される原因になりますので、避けてください。ご家族としては、任意保険の証券、車検証、免許証の写しを、ふだんから車内ではなく自宅にも保管しておくことをお勧めします。
中文版:“对方说没事所以就离开了”,救护义务不会因对方同意而免除
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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