派遣社員の秘密保持義務は、派遣元と派遣先のどちらに負うのか
2026/09/01
派遣という働き方では、給与を払う会社と、仕事を指示する会社が別々です。この構造は、営業秘密が問題になったときに独特の争点を生みます。誰との間で秘密を守る約束をしていたのか、その情報は誰によって秘密として管理されていたのか。契約関係の整理が、営業秘密に当たるかどうかの判断そのものに直結します。この記事では、報道された事案を手がかりに、派遣社員の立場で捜査を受けたときに何を確認すべきか、そして認否を留保するという対応が実務上どう評価されるのかを説明します。
まず、この事案について分かっていることの限界
2024年11月7日に掲載された記事が、岩手県内のテレビ局の報道を紹介する形で、中国籍の元派遣社員の男性について、2023年8月、岩手県奥州市で精密機器に関する資料2点をUSBメモリに保存したとして不正競争防止法違反の疑いが持たれていると伝えています。本人は弁護士と相談して決めると述べ、認否は明らかにされていないとされています。ただし、これは他社の報道を紹介した二次的な記事であり、当事務所として一次報道の内容を確認できていません。したがって細部については断定を避けます。いずれにせよ捜査段階の情報であり、この方は疑いを持たれていると報じられているにとどまります。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
派遣という契約構造を、まず紙に書き出す
派遣では、労働者は派遣元の会社と雇用契約を結び、派遣先の会社から指揮命令を受けて働きます。秘密保持について定めた書面は、派遣元との雇用契約書や誓約書に入っていることもあれば、派遣先が入場時に個別に署名を求める形で存在することもあります。両方あることも、実際にはどちらも見当たらないこともあります。捜査を受けたとき、最初にすべきなのは、この関係を紙に書き出し、自分が誰に対して何を約束したのかを確定させる作業です。
もっとも、注意が必要なのは、不正競争防止法の保護が契約書の有無だけで決まるわけではないという点です。契約がなければ何をしてもよい、ということにはなりません。逆に、契約書に包括的な文言があるからといって、そこに書かれたすべての情報が営業秘密になるわけでもありません。契約関係は判断の一要素であり、しかも重要な一要素です。
秘密として管理されていたか、が最大の争点になる
不正競争防止法が守るのは、秘密として管理されている事業上の情報で、有用であり、かつ公然と知られていないものです。この三つのうち、派遣社員が関わる事案でとりわけ問題になるのが、秘密として管理されていたかという点です。派遣社員に対して、その情報が秘密であることがどのように示されていたのか。アクセス権限は社員と分けられていたのか。USBメモリの接続は技術的に制限されていたのか。持ち出し禁止の掲示や教育はあったのか。誰でも入れる共有フォルダに置かれていたのであれば、管理されていたという評価は揺らぎます。
派遣先が自社の正社員には厳格な誓約書を求めながら、派遣社員には何も示していなかったという事例は、現実にあります。その場合、本人にとって秘密であることが分かる状態だったのかが、正面から問われます。弁護活動では、入場時の手続書類、社内規程、権限設定の画面、教育記録の開示を求め、実際の管理状況を具体的に明らかにしていきます。
認否を留保することは、逃げではない
弁護士と相談して決めると述べて認否を明らかにしないという対応は、しばしば往生際が悪いかのように受け取られます。しかし刑事手続の観点からは、合理的な対応です。営業秘密の事件では、そもそも当該情報が営業秘密に当たるのかという法的評価が、事実の認否と切り離せません。持ち出したこと自体は事実でも、それが営業秘密だったかどうかは別の問題です。評価が定まらないうちに認めますと述べれば、法的評価まで含めて認めたものとして調書に残ります。
もっとも、留保には代償もあります。反省の態度が見えないと評価されれば、勾留や保釈の判断で不利に働きます。だからこそ、単に黙るのではなく、争う部分と争わない部分を早期に切り分け、争わない部分については事実関係の整理に協力する姿勢を示すことが実務上は有効です。この切り分けは、資料を見ないままではできません。だから、まず弁護人に相談するという判断には理由があります。
在留資格と、ご家族が確認すべきこと
派遣社員として働く方の在留資格は、多くの場合、技術・人文知識・国際業務などの就労資格です。就労資格は、その資格に対応する活動を行っていることを前提としますから、事件を契機に派遣契約が終了すると、在留の基盤が失われます。入管法は、在留資格に応じた活動を継続して3か月以上行っていないことを在留資格の取消事由としています(22条の4第5号)。また、所属していた機関との契約が終了したときの届出も必要で、届出義務の違反等を理由とする取消しは、令和7年の取消し1,446件のうち999件(69.1%)と最も多くなっています。
ご家族にお願いしたいのは、在留カードと旅券の所在の確認、在留期限の把握、派遣元・派遣先の双方から届いた通知の保存、そして本人が署名した書類の控えを探すことです。入場時の誓約書の控えが手元にあるかどうかで、その後の見通しが変わることがあります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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