図利加害目的とは何か データを持ち出しただけでは足りない理由
2026/09/01
会社のデータを私物の記録媒体に保存した、それだけで犯罪になるのでしょうか。営業秘密の事件で相談を受けるとき、この点を最初に確認します。不正競争防止法が罰しているのは、持ち出しという物理的な行為そのものではなく、一定の目的をもって行われた持ち出しです。この記事では、報道された事例を手がかりに、図利加害目的という要件が実務でどう認定されるのか、私的な学習や資料整理のつもりだったという説明がどこまで通るのかを、具体的な判断材料に沿って説明します。
報道されている事案
読売新聞は2023年12月5日、東証プライム上場の電子部品大手の元社員である中国籍の30歳代の男性について、在職中の2021年11月、車載品の設計データを社有のパソコンから私有のハードディスクに保存したとして、不正競争防止法違反の疑いで警視庁公安部が捜査していると報じました。国内の大手自動車メーカーに転職しており、そこで利用しようとしたとみられているとも伝えられています。もっとも、これは捜査段階の報道です。この方は、営業秘密の領得の疑いを持たれていると報じられているにとどまり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
持ち出しだけでは足りない、という骨格
営業秘密を保護する規定は、およそデータの複製をすべて犯罪とするものではありません。処罰されるのは、不正な利益を得る目的、または保有者に損害を加える目的があった場合です。これを実務では図利加害目的と呼びます。逆にいえば、業務のために自宅で作業する目的で持ち帰った、担当していた案件の記録を整理する目的だった、という説明が事実であれば、この要件は満たされません。だからこそ捜査機関は、行為の前後に現れた事情を積み上げて、目的を推認しようとします。
ここで押さえておきたいのは、目的は本人の頭の中にあるため、直接には証明できないという点です。認定は必然的に、外に現れた事実からの推認によって行われます。取調べで語られた一言が、その推認を決定づけてしまうことがあるのは、このためです。
目的を推認させる材料は何か
実務で重視されるのは、第一に保存の時期です。転職や退職の意思を固めた時期と近接していれば、業務のためという説明は弱くなります。第二に量と範囲です。自分が担当していた案件に限られるのか、担当外の領域にまで及んでいるのかで、評価は大きく変わります。第三に保存先と管理の態様です。会社が許可した機器なのか、私物の媒体なのか、外部のクラウドに上げたのか。第四に持ち出し後の行動です。転職先で開いたのか、上司や同僚に見せたのか、削除したのか、そのまま放置していたのか。そして第五に、転職先での職務内容との重なりです。持ち出した情報がそのまま新しい職場で使える内容であれば、利用の計画があったと見られやすくなります。
逆に、弁護側が積み上げるのはこの裏返しです。担当業務との対応関係、社内で同種の運用が黙認されていた実態、持ち出した情報がすでに公知の技術と重なること、転職先の職務内容とかみ合わないこと、退職時に返却や削除を申し出ていた事実などを、資料で示していきます。
会社の側にはログが残っている
この類型の事件は、多くの場合、会社の情報システム部門が保存したアクセスログの解析から始まります。いつ、どのファイルを、どの機器にコピーしたのかは、記録として残っています。したがって、事実を否定するのではなく、その事実に別の説明を与えられるかどうかが弁護の中心になります。ここで注意が必要なのは、会社が刑事告訴と並行して、民事の損害賠償請求や競業避止義務違反の主張、懲戒解雇の手続を進めることが多いという点です。刑事の取調べで述べた内容が、そのまま民事や労働の場面で不利に働くことがあります。
在留資格への影響と、ご家族の初動
営業秘密の事件は、それ自体としては入管法24条4号チが挙げる薬物関係の罪ではないため、罰金や執行猶予にとどまれば直ちに退去強制の対象にはなりません。問題になるのは、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた場合を定める24条4号リですが、これも刑の全部の執行を猶予されれば除かれます。むしろ現実に効いてくるのは、逮捕による解雇です。就労資格は、その資格に対応する活動を行っていることが前提であり、活動を継続して3か月以上行っていないことは在留資格の取消事由になります(22条の4第5号)。
ご家族に最初にお願いしたいのは、在留カードと旅券の所在の確認、在留期限の把握、勤務先からの通知の保存、そして接見への同行ではなく、弁護人を通じた情報の一元化です。逮捕直後は職場や学校への説明のタイミングに迷われますが、事実関係が固まらない段階で詳細を伝えると、後で訂正が難しくなります。まずは弁護人と、誰に何をいつ伝えるかを決めてから動くことをお勧めします。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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