他人の証券口座で株を買い、値を上げて売り抜けた。全国初とされた事件の骨格
2026/09/01
証券口座を乗っ取る事件は、これまで不正アクセスの問題として語られてきました。しかし、乗っ取った口座を使って株価そのものを動かし、自分の持ち株を売り抜けたとなると、話は市場の公正という別の法益に移ります。この記事では、報道された事案を素材に、不正アクセス禁止法と金融商品取引法の相場操縦が重なる構造、被害額をどう算定するのかという論点、そして在留資格への影響を整理します。
報道されている事案
日本経済新聞、読売新聞、FNNなどは、2025年11月28日に中国籍の男2人(38歳の貴金属輸出入会社経営者と42歳の無職)が逮捕され、同年12月18日に証券取引等監視委員会が告発し、その後起訴されたと報じました。報道によれば、10都府県の10人の口座を乗っ取り、一斉の買い注文で株価を84円から110円につり上げ、約70万株を売り抜けて約860万円の利益を得たとされ、証券口座の乗っ取りが刑事事件として立件されたのは全国で初めてとされています。起訴は東京地方検察庁の特別捜査部が行ったと報じられました。起訴は有罪の確定を意味せず、被告人には無罪推定が及びます。
二つの法律が重なる構造
この類型では、二つの異なる違法性が重なります。第一は、他人の識別符号を無断で入力して証券会社のシステムを利用できる状態にした点で、不正アクセス禁止法違反として評価されます。守られているのは、個々の利用者のアカウントの安全です。
第二は、実勢を反映しない売買によって相場を人為的に動かした点で、金融商品取引法が禁じる相場操縦にあたるとされます。ここで守られているのは、個人ではなく、市場に参加するすべての者の信頼です。同じ一連の行為でありながら、侵害された利益の性質がまったく異なるため、二つの罪が並びます。
この構造は、弁護の方針にも影響します。被害者個人との示談は、不正アクセスの部分については意味を持ちますが、市場の公正という法益は示談によって回復できるものではありません。社会的な法益を侵害する類型では、被害弁償だけで情状が大きく改善するとは限らない、ということを最初に理解しておく必要があります。
「全国初」という位置づけが意味すること
ある行為類型が初めて刑事事件として立件されるとき、捜査機関は先例を持ちません。適用される条文の解釈、立証の方法、量刑の相場のいずれも、この事件で形づくられていきます。被疑者・被告人の側から見れば、これは不利にも有利にも働きます。
不利な面は、社会的な注目が集まり、抑止を意識した重い処分が求められやすいことです。有利な面は、確立した量刑相場が存在しないため、行為の実態に即した個別の主張が通る余地が残ることです。関与の程度、利得の額、口座の乗っ取り方法、株価への影響の大きさを、証拠に即して丁寧に切り分けることの意味が、通常の事件よりも大きくなります。
被害額をどう算定するのか
報道では、被疑者側の利益が約860万円とされる一方、口座を乗っ取られた人々の損失は別に生じています。量刑の基礎となる被害額を、被害者側の損失で見るのか、被疑者側の利得で見るのかは、この類型の中心的な論点です。
相場操縦の場面では、株価の変動には他の要因も影響しますから、乗っ取り行為と損失との因果関係を厳密に切り分ける作業が必要になります。弁護人としては、認定される損害の範囲を証拠に基づいて限定したうえで、返還や弁償の可能性を検討することになります。ここでも、争う部分と認める部分を先に整理しないまま弁償を申し出ると、争点そのものを失いかねません。
在留資格への影響
被害が大きく、社会的法益が絡む類型では、実刑の可能性が現実的です。入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由とし、全部執行猶予は但書で除かれます。実刑となり刑期が1年を超えれば、この号に該当します。
ここで在留資格の種類が効いてきます。会社を経営していれば「経営・管理」であることが多く、これは別表第一の資格です。身柄拘束が続けば事業の実体が失われ、更新の前提が崩れます。他方、令和7年末の在留外国人統計では、中国籍の在留者930,428人のうち永住者は357,565人で、別表第二と特別永住者を合わせると約47.1%を占めます。身分に基づく資格であれば活動の中断による取消しの問題は生じにくく、同じ刑事処分でも帰結が異なります。ご自身の在留資格がどちらであるかを、最初に確認してください。
ご家族が最初にすべきこと
まず、取引の記録と通信の記録を保全してください。証券取引は記録が精密に残る分野であり、関与の範囲を限定する主張は、その記録の読み方によって支えられます。
次に、会社を経営している場合は、事業の継続と従業員の処遇について早めに方針を決めてください。事業の消滅は、量刑上の事情としてだけでなく、在留資格の基礎としても重い意味を持ちます。あわせて、在留カードと旅券の所在、在留期限、家族の在留状況を整理し、通訳を介した取調べで専門用語が正確に訳されているかを弁護人と確認できる体制を作ってください。
中文版:用他人证券账户买入拉高后出货:被称为全国首例的案件骨架
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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