発券役だけが摘発されたとき、背後にいる者の存在をどう示すのか
2026/09/01
組織的な財産犯では、逮捕されるのは現場に姿を現した人です。指示を出した人は現れず、口座の名義も第三者のものです。ご本人は「自分は言われたとおりにしただけだ」と説明しますが、証拠として残っているのは、防犯カメラに写った自分の姿と、自分の手元にあった券や現金だけ。この記事では、そうした状況で、背後にいる者の存在と自分の従属的な立場をどのような客観資料で示していくのかを説明します。
報道されている事案
読売新聞は2025年8月28日、名古屋市に住む中国籍の37歳の女性が、JR名古屋駅の券売機で不正に取得されたQRコードを読み取らせて乗車券12枚(合計約12万円相当)を発券したとして、電子計算機使用詐欺の疑いで摘発されたと報じました。報道によれば、これらの券は埼玉県に住む男性名義の口座で購入されており、女性は発券する役割であったとされています。これは有罪が確定した事案ではなく、被疑者には無罪推定が及びます。以下は、この報道を素材とした一般的な解説です。
末端だけが捕まる構造
この種の事件では、指示を出す側は自分の名前を一切出しません。連絡はメッセージアプリで行われ、アカウントは使い捨てにされます。決済に使われる口座やカードは、また別の人物の名義です。つまり、書類の上に残るのは、券売機の前に立った人の映像と、その人の手元に渡った物だけです。
捜査機関の側から見れば、末端を摘発することは容易でも、その上を立証することは難しい。そのため、末端の関与者に対して、上位者の存在を含む全体像を供述するよう求める圧力が生まれます。ここで、本人が自分の理解を超えた範囲まで語ってしまうと、その供述が自分の量刑を重くする材料になります。
従属性を示す客観資料は、実は本人の手元にある
背後の存在を示す資料は、遠くにあるわけではありません。多くは本人の携帯電話の中にあります。実務で重視されるのは次のようなものです。
- 決済に使われた口座の名義。自分と無関係の第三者の名義であれば、資金の流れを自分が支配していなかったことを示します。
- 指示が届いた経路。どのアプリで、いつ、誰から誘われたか。面識のない相手からの募集に応じたのであれば、組織の全体像を知る立場になかったことをうかがわせます。
- 報酬の額と決め方。被害額の何割という歩合ではなく、一件いくらの少額固定であれば、利益の分配構造の外側にいたことになります。
- 指示の具体性と一方向性。相談ではなく命令の形式であるか、質問に答えが返ってこないか。従属関係を最も直接的に示すのは、この文面です。
これらは、本人にとって不利にも見えます。実際、報酬を受け取っていた事実は故意の推認に使われます。しかし、その報酬が被害額に比してあまりに少ないことは、利益の帰属先が別にあることの証拠でもあります。だからこそ、やり取りを削除してはいけません。
従属的地位を量刑にどう結びつけるか
量刑では、犯行への関与の程度、利得の額、常習性、被害回復の状況が総合的に考慮されます。同じ被害額でも、計画を立てて他人を使った者と、指示に従って一日だけ現場に立った者とでは、評価が異なります。
従属的地位の主張は、単に「自分は下っ端だ」と述べても通りません。指示の文面、報酬の入金記録、関与した日数と回数、断ろうとした経緯といった資料を示し、そこから評価を導く形で構成します。あわせて、被害弁償を尽くしていること、再び同じ誘いに乗らないための生活の立て直し(勤務先の確保、家族の監督、通信手段の整理)を具体的に示すことが効果を持ちます。
捜査に協力するかどうかの判断
ご本人は「全部話せば軽くなるのか」と尋ねられます。答えは単純ではありません。日本には、供述の見返りを制度として保障する仕組みが一般的にあるわけではなく、話した内容がそのまま自分の関与の広さを示す証拠になることもあります。他方で、黙秘を貫くことが常に有利とも限らず、従属性や被害弁償の意思を伝える機会を失うこともあります。
大切なのは、話すか話さないかを本人が一人で決めないことです。取調べに臨む前に、どの範囲を話し、どの範囲は記憶がないと述べるのかを、弁護人と整理してから臨む。これが最も現実的な備えです。
在留資格への影響と、ご家族ができること
入管法24条4号リによる退去強制事由は、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた場合であり、全部執行猶予は但書で除かれます。従属的地位が認められ、被害弁償が済み、執行猶予となれば、この号には該当しません。もっとも、在留期間の更新は別の審査であり、素行が問われます。
ご家族には、まず携帯電話や記録を保全していただきたいと思います。次に、被害弁償の原資と身元引受人を用意し、在留カードと旅券の所在、在留期限を確認してください。そして、面会や差し入れを絶やさないこと。孤立した被疑者は、取調べで場当たりの供述をしがちです。外とのつながりが保たれていること自体が、供述を安定させる支えになります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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