出港予定を理由に、勾留の必要性を争う。船の乗組員が逮捕されたときの初動
2026/09/01
船の乗組員が寄港地で逮捕されると、ご本人よりも先に船会社と代理店が動くことになります。船は出港予定を抱え、乗組員が一人欠けるだけで運航に支障が出るからです。この記事では、乗組員という立場が勾留の判断にどう働くのか、出港予定という時間の制約を弁護人がどちらの方向に使うのか、船会社や代理店が身元引受としてどこまで関与できるのかを、逮捕から72時間という時間軸に沿って説明します。
報道された事案と、乗組員という立場
2025年1月26日、日本海テレビは、停泊中の貨物船の乗組員である中国籍の料理人ら3人が、船上で使う食材を現地調達する目的でナマコなどを密漁した疑いで、外国人漁業の規制に関する法律違反として捜査を受けたと報じています。確認できたのは見出しの範囲であるため細部には触れませんが、この報道は疑いの段階のものであり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
乗組員という立場は、身柄の判断において独特です。日本国内に住居がなく、旅券を持ち、数日後には出国が予定されている。この三つは、裁判官の目には逃亡のおそれを基礎づける事情として映ります。しかし同じ事実は、所属先が明確で、船会社という組織に管理され、居場所が限られた空間に固定されているという意味も持ちます。どちらの意味づけを届けるかが、弁護人の仕事です。
勾留はどのような要件で決まるのか
逮捕されると、司法警察員は48時間以内に検察官へ送致し、検察官は身柄を受け取ってから24時間以内、かつ逮捕から72時間以内に勾留を請求するかを決めます。裁判官が勾留を認めると原則10日、やむを得ない事由があるときはさらに10日まで延長され、最長20日の身柄拘束になります。判断されるのは、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由に加え、住居不定、罪証隠滅のおそれ、逃亡のおそれのいずれかがあるか、そして勾留の必要性があるかです。
統計から現実も見ておきます。検察統計(令和6年、全国籍ベース)では、逮捕後の措置のうち勾留が許可されたのは91,358件、却下は4,154件で、許可率は95.7%です(当事務所の計算値)。なお国籍別の勾留統計は公表されておらず、外国人が勾留されやすいかどうかを公的統計で示すことはできません。この数字が示すのは、勾留請求がされてから争うのでは遅い場面が多いということです。検察官が請求するかを決める前の段階から、資料を整えて働きかける必要があります。
出港予定という時間を、どちらに使うか
出港予定は、放っておけば当方に不利にしか働きません。「間もなく出国してしまうから、身柄を確保しておかなければならない」という論理に直結するからです。したがって弁護人は、これを逆方向に組み替えます。第一に、船が出港した後もご本人が日本で手続に応じられる態勢、すなわち下船して滞在する場所、生活費の負担者、連絡手段を先に確定させます。第二に、逆に、出港までに処分を得る方向を検討します。事案が軽微で、事実関係に大きな争いがなく、被害の回復が済んでいるのであれば、勾留せずに在宅で捜査を続ける、あるいは早期に処分を決めるという選択肢を、検察官に対して具体的に示すことができます。
実務では、出港日という動かせない期限があること自体が交渉の材料になります。捜査機関の側も、外国船の乗組員を長期に拘束すれば、通訳の確保や領事機関への対応に相応の負担が生じるからです。「この日までにここまで整えるので、この形で処理してほしい」という提案を根拠資料とともに早期に出せれば、検討の余地は生まれます。逆に、何も出さずに時間だけが過ぎれば、勾留が認められて延長され、出港には間に合わないという結果になりがちです。
船会社・代理店による身元引受は、どこまで有効か
身元引受とは、「この人がどこにいるかを私たちが把握し、呼べば出頭させます」という約束を、責任の所在とともに書面にしたものです。船会社や代理店は、この点で家族よりも強い立場にあります。雇用関係があり、旅券と乗組員手帳の管理実務を担い、日本国内に事業所や取引先を持ち、法人としての継続性があるからです。書面には、①法人の登記事項、②担当者の氏名と連絡先、③ご本人の身分と契約関係、④出頭を確保する具体的な方法、⑤代替の住居を提供できるか、を書き込みます。履行できる約束だけを書くことが要点です。
加えて、罪証隠滅のおそれを打ち消す材料も同時に用意します。この類型では、共に行動した他の乗組員との口裏合わせが懸念されますから、関係者を別の宿舎に分けること、接触しない旨の誓約、採捕に用いた道具の任意提出といった措置を提案します。勾留に対しては準抗告という不服申立てができますが、そこで新たに出せる資料があるかどうかが結論を分けます。準抗告のために資料を温存せず、初回の勾留請求の段階で出せるものは出す。それが結果的に最短の道です。
出港までの時間で、家族と会社が進めておくこと
まず、弁護人の選任です。逮捕直後は弁護人以外との面会が制限されることが多く、接見禁止が付いても弁護人との接見は制限されません(刑事訴訟法39条1項)。中国語の通訳を確保することも同時に必要です。法務省『令和7年版犯罪白書』によれば、令和6年の被告人に通訳を要する第一審の終局人員は4,649人で、通訳言語は41言語に及び、中国語は726人で第2位でした。通訳が必要な事件そのものは珍しくありませんが、逮捕直後の限られた時間に対応できる通訳の確保は別問題です。
次に、①ご本人の意思を確認したうえでの領事機関への通報(領事関係に関するウィーン条約36条1項)、②弁償や贖罪寄付に充てる資金の準備、③帰国後の連絡先と中国国内の住所を証する資料、④会社が発行する在職証明と出港予定を示す書類、を揃えます。そして供述の方針です。記憶にないことを埋めない、通訳を介して読み聞かされた調書に納得できなければ署名しない、という原則を面会の最初にお伝えしています。短い時間で決まる手続だからこそ、順序を誤らないことが結果を左右します。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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