医師が向精神薬を売ると、免許と在留資格を同時に失う
2026/08/31
医療の在留資格で日本に滞在している方にとって、薬物関係の刑事事件は、他の職業の方とは異なる意味を持ちます。刑事処分に加えて、医師免許に対する行政処分が行われ、その結果として在留資格の前提そのものが崩れるからです。つまり、刑事、行政、入管の三つの手続が連鎖します。この記事では、中国籍の医師が向精神薬を販売したとして逮捕されたと報じられた事例を手がかりに、この連鎖の構造と、正当な医療行為との限界をどう争うのかを説明します。
報道された事例 クリニック院長による向精神薬の販売
産経ニュースの報道(2017年5月30日)によれば、神戸市内で内科クリニックの院長を務めていた中国籍の50代の男性医師らが、向精神薬など約800錠を不正に販売したとして、麻薬及び向精神薬取締法違反(営利目的譲渡)の疑いで逮捕されたと報じられています。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。医師が処方権を持つ立場にあること、販売とされた数量が具体的に示されていること、営利目的が構成に含まれていることが、この事案の特徴です。
三つの手続がどう連鎖するのか
第一に刑事手続です。営利目的の譲渡は、単純な譲渡よりも重く扱われ、薬物の種類と数量、反復性、利得額が量刑の中心になります。第二に医師免許に対する行政処分です。医道審議会の審議を経て、業務停止や免許取消しといった処分が検討されます。第三に在留資格です。医療の在留資格は、医師等としての業務に従事する活動を前提としますので、免許を失えば、その活動を行うことができなくなります。加えて、麻薬及び向精神薬取締法違反の有罪は、出入国管理及び難民認定法(入管法)24条4号チの退去強制事由に当たります。
正当な医療行為との限界をどう争うか
医師には処方の権限がありますので、譲渡とされた行為が診療の一環であったのか、それとも診療の実体を欠く受け渡しであったのかが、実質的な争点になります。検討すべきは、診療録に受診の記録があるか、症状の訴えと処方の内容が対応しているか、初診と再診の間隔、処方量が用法用量の範囲にあるか、患者が実在し本人が来院していたか、代金の受け渡しが保険診療の枠内で処理されているかという点です。診療録が薄い、あるいは記載が定型的であるほど、診療の実体を欠くという評価に傾きます。逆に、記録が整っていれば、医学的判断の当否の問題として構成できる余地が生まれます。
数量と反復性が持つ意味
報道された数量が大きいほど、個々の処方が医学的に説明できるかという議論は成り立ちにくくなります。実務では、全体の数量を一括して評価するのではなく、患者ごと、処方日ごとに分解して、説明可能な部分と説明が困難な部分を仕分けます。この作業により、起訴事実の範囲が限定されることがあります。また、譲渡先が転売を目的としていたことを医師が認識していたかどうかは、営利目的や共犯関係の評価に直結しますので、やり取りの記録、代金の額、受け渡しの態様を丁寧に確認する必要があります。
医師免許に対する処分の手続
行政処分は刑事事件の結果を踏まえて検討されるのが通常ですので、刑事の段階でどのような処分を得るかが、免許の帰趨にも影響します。不起訴となれば、行政処分の前提となる事実認定の土台が変わります。有罪となった場合でも、事案の性質、反省と再発防止の措置、患者への影響の有無が考慮されます。医療機関の管理体制、処方の記録方法、在庫管理の改善といった具体的な措置を、刑事の段階から整えておくことは、その後の行政手続でも意味を持ちます。
在留資格が失われる二つの経路
医療の在留資格を持つ方には、二つの経路が同時に働きます。一つは、免許を失うことで在留資格に対応する活動を行えなくなる経路です。入管法22条の4第5号は、在留資格に応じた活動を継続して3か月以上行っていない場合を取消事由としています。もう一つは、薬物事犯の有罪による退去強制の経路です。24条4号チは、刑の重さも在留資格の種類も問いません。この二つは別々に進みますので、刑事の結果が出た後で慌てて対応するのではなく、早い段階から両方を見据えた準備が要ります。
クリニックの従業員と患者への影響
院長が身柄を拘束されると、診療の継続、従業員の給与、患者の紹介先、カルテの保管といった実務上の問題が直ちに生じます。カルテは捜査で押収されることがあり、患者の継続的な治療に支障が出ます。ご家族や事務長が最初にすべきことは、診療の停止と患者への案内の方法を弁護人と相談すること、従業員への説明の範囲を決めること、賃貸契約やリース契約の支払を確認することです。これらの対応が丁寧であるほど、後の量刑や行政処分の場面で、社会的な責任を果たそうとした事情として示すことができます。
ご家族が準備しておく資料
日本での在留の長さ、家族の状況、医療機関としての実績、地域での役割を示す資料を保存してください。日本人配偶者や日本で就学している子がいる場合、その事情は在留特別許可を求める場面で考慮されます。令和7年の統計では、在留特別許可は年間で1030人に出ています(出入国在留管理庁の統計による。国籍別の内訳は公表されていません)。薬物事犯は消極的に評価される事情ですので、日本社会との結びつきを具体的な資料で示す準備が必要です。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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