空き室に隠された覚醒剤 事実的支配があったかを争う
2026/08/31
薬物の所持罪は、その薬物を身につけていた場合だけに成立するものではありません。自分の管理する場所に置いてあれば所持と評価され、複数の人が関わっていれば共同所持となります。しかし、置かれていた場所が誰の管理下にあったのかがはっきりしない事案では、この評価そのものが争点になります。この記事では、集合住宅の空き室から覚醒剤が発見された報道事例をもとに、事実的支配の有無をどのような材料で争うのかを、鍵の管理、出入りの頻度、指紋やDNA、通信記録の順に具体的に説明します。
報道された事例 空き室の絵画の裏に約1キログラム
読売新聞の報道(2023年1月31日)によれば、埼玉県内に住む中国籍の20代の専門学校生の男性が、集合住宅の空き室に覚醒剤約1キログラム(末端価格約6000万円相当とされます)を絵画の裏に隠して営利の目的で共同所持したなどとして、覚醒剤取締法違反と邸宅侵入の疑いで逮捕されたと報じられています。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。空き室であること、隠匿場所が室内の設置物の裏であること、複数名の関与が想定されていることが、この事案の構造を決めています。
所持とは何を指すのか
実務でいう所持は、物理的に握っていることではなく、その物を事実上支配し、自分の意思で処分できる状態にあることを指します。したがって、部屋に置かれた薬物について所持が認められるためには、その部屋に対する支配が当事者に及んでいたことが前提になります。空き室の場合、契約者も居住者も存在しないのが通常ですから、誰が現実にその空間を使っていたのかを、外部の痕跡から再構成する作業になります。捜査機関は「出入りしていたのだから支配していた」という方向で組み立て、弁護人は「立ち入ったことと支配していたことは別だ」という方向で分解していきます。
鍵の管理と出入りの頻度
最初に確認すべきは鍵です。誰が鍵を用意したのか、複製されたものか、管理会社の保管する鍵が使われたのか、当事者はそれを所持していたのか、他の人物も持っていたのか。鍵を常時持っていた人物が他にいるのであれば、支配の中心はそちらにあるという主張が立ちます。次に出入りの頻度です。防犯カメラの映像、オートロックの解錠履歴、エレベーターの利用記録から、当事者が何回、どの時間帯に立ち入ったかが分かります。ごく短時間の立ち入りが一度あっただけであれば、部屋そのものを支配していたという評価には距離があります。
指紋とDNAをどう読むか
薬物の包装や隠匿に使われた物から当事者の指紋やDNAが検出されると、決定的な証拠のように扱われがちです。しかし、検出されたという事実だけでは、いつ、どのような機会に付着したのかは分かりません。運搬を頼まれて外装に触れただけの場合と、小分け作業をした場合とでは意味がまったく違います。検出された部位、量、他人の指紋との重なり、内装と外装のどちらから出たのかを確認し、鑑定書の記載を精査することが必要です。逆に、当事者の痕跡が発見されていない箇所がどこかを整理することも、防御の柱になります。
通信記録が示す関与の輪郭
空き室を使う類型では、部屋の場所や解錠方法を伝えるやり取りが必ず存在します。その連絡が当事者を経由していたのか、当事者は指示を受ける側だったのか、それとも他の者に指示を出す側だったのか。ここが共同所持における役割の評価を左右します。報酬の約束、金銭の授受、荷物の受け渡し場所の指定といった記録が、当事者の位置を客観的に示します。中国語のやり取りは訳出の段階で語感が変わることがありますので、原文と訳文を突き合わせて確認することが必要です。
共同所持の認定を崩す視点
共同所持は、複数人が共同して事実的支配を及ぼしている場合に認められます。したがって、当事者が支配の一端を担っていたのか、それとも他人の支配下にある物に一時的に接触しただけなのかを分ける必要があります。実務では、部屋の確保を誰が行ったか、薬物の搬入を誰がしたか、隠匿場所を誰が決めたか、処分の判断権が誰にあったかという四点を分解して検討します。このうち当事者が担っていたのが搬入の一部だけであれば、共同所持ではなく、より限定された関与として構成する余地が生まれます。
邸宅侵入が併せて問われる意味
空き室に立ち入った点について、邸宅侵入が併せて問われることがあります。この罪名は法定刑としては薬物犯罪より軽いものですが、立ち入りの正当な理由がなかったことを示す事実として、薬物側の認定に影響します。他方で、管理者の承諾の有無、部屋が現実に使用されていたか、施錠されていたかによって成否が変わり得ますので、薬物の点とは別に検討すべき争点です。二つの罪名がまとめて処理されると、それぞれの争点が曖昧になりやすいため、意識して切り分けます。
在留資格への影響とご家族の初動
覚醒剤取締法違反の有罪は、刑の重さや在留資格の種類を問わず、出入国管理及び難民認定法(入管法)24条4号チの退去強制事由になります。留学生であれば、身柄拘束が続くだけでも学校の在籍に影響が出ます。ご家族としては、まず弁護人を通じて逮捕の罪名と押収された物の内容を確認し、学校への説明の時期を弁護人と相談してください。あわせて、住まいの契約書、通学の記録、アルバイト先の資料、日本での生活を支えてきた事情を示す資料を保存しておくことが、後の手続で役立ちます。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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