未遂でも重い実刑になる 薬物の輸入罪はいつ既遂になるのか
2026/08/31
「税関で見つかったのだから未遂だ。未遂なら軽くなるはずだ」。薬物の輸入事件で、ご家族から最も多く寄せられるお尋ねの一つです。しかし現実の量刑は、その期待とかなり隔たったところにあります。この記事では、中国籍の方が当事者となった覚醒剤の大量輸入未遂の裁判を素材に、輸入罪がどの段階で既遂に達すると考えられているのか、未遂であることが量刑にどこまで反映されるのか、そして未遂であることを前提にどのような防御が組めるのかを説明します。
報道された事例 覚醒剤約6.5キログラムの輸入未遂
新潟日報の報道(2024年9月13日判決)によれば、横浜市に住む中国籍の30代の男性が、覚醒剤約6.5キログラムを営利の目的で輸入しようとしたとして覚醒剤取締法違反に問われ、新潟地方裁判所の裁判員裁判で懲役12年の実刑が言い渡されました(求刑は懲役15年。判決当時の表記。令和4年改正刑法により現在は拘禁刑に一本化されています)。ここで注目していただきたいのは、薬物が現実に社会へ流通する前に押さえられ、未遂にとどまった事案でありながら、宣告された刑が10年を超えているという点です。未遂であることは、この類型では刑を大きく引き下げる事情としては働きませんでした。
なぜ未遂でも刑が重いのか
薬物の輸入罪は、被害者の存在する犯罪とは構造が違います。誰かの財産や身体が現実に侵害されたかではなく、規制薬物が国内に入り込む危険そのものが処罰の対象です。したがって、税関で発見されて末端に渡らなかったという事情は、たしかに結果が発生しなかったことを意味しますが、危険の大きさ自体は押収された量によって測られます。量刑では、量、営利性、組織内での役割、報酬の額、反復性が重く見られ、未遂か既遂かはその後に位置づけられます。「未遂だから執行猶予がつく」という見通しを前提に方針を立てることは、この分野では現実的ではありません。
既遂の時期はどこに置かれるのか
もっとも、既遂か未遂かの線引きは、実際の弁護では重要な争点になります。荷物が国内に持ち込まれた時点なのか、通関の手続を終えた時点なのか、名宛人が現実に受け取った時点なのか。どこに線を引くかによって、当事者がどの段階から関与していたかの評価も、共謀がいつ成立したかの評価も変わってきます。とりわけ、税関検査で発見された後に中身をすり替えて配送する捜査手法が用いられた場合、その後に初めて登場した受領者について、どの時点の何に加担したのかを厳密に詰める必要があります。捜査機関の主張する既遂時期を鵜呑みにせず、訴因の記載を精査することが出発点になります。
未遂であることを量刑にどう活かすか
未遂であるという一点だけを強調しても、量刑上の効果は限られます。実務では、未遂という事実を、他の事情と結びつけて意味を持たせる作業をします。たとえば、押収によって薬物が一切流通していないこと、当事者が受け取った報酬が薬物の価値に比して極端に小さいこと、関与が輸入の全過程のうち末端の一部にとどまること、指示系統の上位にいた者との交渉力の差が著しいこと。これらを積み重ねて、当事者を「利益を得る側」ではなく「使われた側」として描けるかどうかが、量刑の幅を動かす現実的な作業になります。
裁判員裁判であることの意味
覚醒剤の営利目的輸入は裁判員裁判の対象です。市民が判断者に加わるため、専門用語を並べた主張は届きません。争点は絞り込む必要があり、公判前整理手続の段階で、どの間接事実を争い、どこは争わないのかを決め切ることが求められます。また、法廷でのやり取りはすべて通訳を介します。通訳の質は判断に直結しますので、通訳人の選任や訳出の正確性について、必要があれば異議を述べることも弁護活動の一部です。ご本人が中国語で語る生活歴や家族の話が、どれだけ正確に伝わるかは、量刑の場面で無視できない意味を持ちます。
有罪となった場合の在留の帰趨
覚醒剤取締法違反の有罪は、入管法24条4号チの退去強制事由に当たり、刑の重さを問いません。加えて、実刑が1年を超える場合には同条4号リの問題も生じます。もっとも、4号チに該当する時点で出国命令の制度は使えず、上陸拒否についても期間の定めのない扱いになります。長期の実刑となった場合、刑の執行を終えた後に入管の手続が始まりますので、ご家族としては、服役期間中も日本での生活基盤(家族関係、住居、就労先、納税や社会保険の記録)に関する資料を保存し続けることが、後の在留特別許可を求める場面で意味を持ちます。
ご家族が今日できること
まず、逮捕の連絡を受けた段階で、押収された物の量と、逮捕の罪名が輸入なのか所持なのかを確認してください。次に、ご本人が日本に持っている在留カードと旅券の所在、勤務先や事業の状況、家賃や公共料金の支払状況を整理します。中国のご家族には、判決が確定するまで長い時間がかかること、面会の回数と時間には制限があること、送金や差し入れには手続が必要であることを、あらかじめお伝えしておくと混乱が減ります。そして、本人が取調べで何を述べたかを、面会のたびに弁護人と共有できる形にしておくことが、後の防御の土台になります。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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