60万円から110万円を払って来日した人は、加害者であると同時に被害者でもある
2026/08/31
日本で働くために、来日前に60万円から110万円に相当する額をあっせん会社に支払っていた。特定技能をめぐる虚偽申請の事案で、こうした事情が報じられることがあります。この記事は、高い費用を払って来日し、その後になって申請書類に虚偽があったと知らされた方と、そのご家族に向けて書いています。支払をしていたという事実は、単なる背景事情ではありません。刑事の量刑でも、その後の在留特別許可の判断でも、正面から意味を持ちます。どう意味を持つのかを、順に説明します。
報じられている支払の規模
2026年1月23日ごろ、雇用先を偽って特定技能1号の在留資格を取得したとして、中国籍の人材派遣会社の関係者と、清掃員として働いていた40代の男性2人が逮捕されたと報じられました。報道によれば、清掃員の2人は、中国のあっせん会社に3万元から4万7千元(60万円から110万円)を支払ったと説明したとされます。なお、この報道の配信元の媒体名は当事務所では確認できていません。また、これは逮捕の段階の報道であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。ここでは個人の当否ではなく、この支払という事実が制度上どう扱われるのかを扱います。
「知らなかった」と「払わされた」は、別の主張である
この二つは混同されがちですが、法的にはまったく別の主張です。「知らなかった」は、虚偽の内容についての認識、つまり故意の有無に関する主張です。これに対し「払わされた」は、故意があったとしても、その人が置かれていた立場、すなわち従属性と搾取の構造に関する主張です。実務では、後者だけを述べても犯罪の成立は否定できません。しかし、前者を述べるだけでは、なぜ本人が書類の内容を確認できなかったのかという疑問に答えられません。両者を分けたうえで、それぞれに対応する資料を示すことが必要です。混ぜて説明すると、どちらの主張も弱くなります。
支払記録が、量刑の場面で持つ意味
量刑では、誰が利益を得たかが常に問われます。あっせん会社に多額を支払った側は、この構図では利益を得た者ではなく、費用を負担した者です。支払の記録は、この位置関係を客観的に示します。また、借入れをして支払っていた場合、帰国できない事情、断れなかった事情の裏づけにもなります。実務上有効なのは、送金明細、借用書、契約書、あっせん会社とのやり取りの記録を、時系列に並べて提出することです。刑事処分の見通しについていえば、令和6年の来日外国人被疑事件の起訴猶予率は48・35%でした(法務省『令和7年版 犯罪白書』)。約半数が起訴猶予で終わっており、事情を示す資料を早期に出すことには実益があります。
支払記録が、在留特別許可の場面で持つ意味
令和5年改正入管法により、在留特別許可の判断で考慮すべき事情が法律上明示されました(入管法50条5項)。在留を希望する理由、家族関係、素行、入国の経緯、在留期間、法的地位、退去強制の理由、人道的配慮といった要素です。あっせん会社への支払は、このうち入国の経緯と人道的配慮に直接関わります。さらに、渡航費用を負担させ、その返済のために不利な条件で働かせるという構造は、場合によっては人身取引等の被害者としての保護を検討すべき局面につながります。入管法は人身取引等を退去強制事由の一つとして定めていますが、その被害者側については保護の観点からの対応が求められる領域です。まずは事実を正確に記録することが出発点になります。
それでも、責任が消えるわけではない
ここは率直に申し上げます。支払をしていたことは、責任を軽くする方向の事情ではありますが、申請書類の内容を認識していた場合には、虚偽の申請等に関与したという評価自体は残ります。また、在留資格の取消し(入管法22条の4第2号・第3号)は、刑事責任とは別に検討されます。ですから、被害者的な側面を主張することと、事実を争わずに情状を整えることを、どのように組み合わせるかが弁護方針の中心になります。虚偽の点を争うのか、認めたうえで経緯を示すのかは、証拠関係を見てからでなければ決められません。取調べの初期に方向を固めてしまうと、後から修正するのが難しくなります。
いま集めておくべき資料
ご本人が身柄を拘束されている場合、ご家族に集めていただきたい資料は具体的です。中国のあっせん会社との契約書と領収書、送金や現金授受の記録、借入れの資料、募集広告や説明会の資料、担当者とのやり取りの記録。加えて、日本での就労の実態を示す資料として、給与明細、勤務表、寮の家賃の支払記録も有用です。これらは、刑事の情状、在留資格の取消手続における意見聴取、その後の在留特別許可を求める活動のすべてで使います。中国国内にしか資料がない場合も多いので、ご家族に早めに動いていただくことが大切です。なお、資料は原本の写しをそろえ、翻訳が必要なものは後から手当てします。まずは散逸を防ぐことを優先してください。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
お問い合わせ:舟渡国際法律事務所(東京)/微信ID matsumura1119
この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
----------------------------------------------------------------------
舟渡国際法律事務所
住所 : 東京都豊島区高田3丁目4-10布施ビル本館3階
電話番号 :050-7587-4639
東京にて中国人の方をサポート
東京を中心に刑事事件の弁護
東京にて行政事件に関する対応
----------------------------------------------------------------------