雇うときに身分証を確認しなかった店は、それだけで責任を負うのか
2026/08/31
外国人を雇うとき、在留カードを見ましたか、と聞かれて「見ていない」と答えた瞬間に、事件の見え方は大きく変わります。この記事は、飲食店、スナック、マッサージ店、清掃、建設、人材派遣といった現場で外国人を雇っている方と、そのご家族に向けて書いています。確認しなかったこと自体が犯罪になるのか。逆に、どこまで確認していれば防御になるのか。報じられた事案を出発点に、実務で通用する線引きを示します。
「身分証を確認しなかった」と述べた事案
神戸新聞NEXTが2025年12月9日に報じた事案では、兵庫県神戸市内のスナックの経営者が、資格外活動許可のない中国人女性を接客の仕事に従事させたとして、入管法違反(不法就労助長)の疑いで摘発されました。報道によれば、この経営者は「雇う際に身分証を確認しなかった」と説明したとされています。摘発の段階の報道であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。ここで注目すべきなのは、この一言が、否認の説明として述べられたにもかかわらず、結果として自らに不利な意味をもち得るという点です。
不法就労助長罪は「確認しなかったこと」を罰する規定なのか
不法就労助長罪(入管法73条の2)は、外国人に不法就労活動をさせた者を処罰する規定です。条文の建前としては、雇う側が相手の在留状況をおよそ知らなかった場合まで処罰する趣旨ではないと解されており、実務上も、在留カードの確認を尽くしていれば見抜けなかったといえる事案では成立が問題になります。しかし、これは「確認しなければ免責される」という意味ではまったくありません。むしろ逆で、確認を尽くしていなかったという事実は、知り得たのに知ろうとしなかったという評価につながります。確認をしないという選択が、結果として最も不利に働くのが、この罪の構造です。
防御になる確認とは、具体的に何か
三つの履践が核心になります。第一に、原本の確認です。画像やコピーだけを見て採用した場合、偽造や改変を見抜く機会を自ら放棄したことになります。原本を手に取り、券面の在留資格、在留期間の満了日、就労制限の記載、資格外活動許可の有無を見る。第二に、写しの保存です。確認したという事実は、後から記憶で証明することができません。採用時に写しを取り、確認日と確認者を記録に残しておくことが、そのまま証拠になります。第三に、更新時の再確認です。採用時には適法でも、在留期間が切れれば状況は変わります。満了日を管理し、更新後の在留カードを改めて確認する運用があるかどうかで、事件になったときの評価はまったく違います。
弁護人が実際に組み立てる主張
弁護の中心は、確認体制が実在したことの立証です。採用時のチェックシート、在留カードの写し、期限管理の一覧、行政書士や弁護士に照会した記録が残っていれば、それらは体制が形式だけのものでなかったことを示します。次に、その体制の下でなお見抜けなかった事情を示します。券面が精巧に偽造されていた事案では、原本を見ても判別が困難な場合があり、実際に警察庁が公表した令和7年の検挙事例では、中国人の男2人がホログラム入りの在留カードを自宅で多数偽造していたとされています。原本を確認した記録があるかどうかで、この主張が使えるかどうかが決まります。さらに、採用の実務を誰が担っていたのか、経営者が現場から離れていたのかという役割の点も、非難の程度に影響します。
雇う側の在留と、働いた側の在留
雇った側が外国人である場合、不法就労助長は刑事処罰を待たずに退去強制事由となり得ます(入管法24条3号の4)。令和7年の出入国管理統計第57表では、3号の4イによる退去強制令書の発付は15人で、うち中国籍が10人でした。他方、働いた側は資格外活動の問題を負い、本来の活動を続けて行っていない状態が続けば在留資格の取消しも検討されます。ひとつの現場から、二方向の手続が同時に走るのがこの類型の特徴です。令和6年の警察庁統計によれば、雇用関係事犯の検挙は278件・326人、そのうち不法就労助長罪が262件・312人を占めています。
今日から変えられること、事件になった後にできること
まだ事件になっていない事業者であれば、今日のうちに全従業員の在留カードを原本で確認し、写しと確認日を残してください。満了日の一覧を作り、更新の一か月前に再確認する運用を決めるだけで、防御の質は大きく変わります。すでに捜査が始まっている場合は、書類の廃棄や整理を避けてください。よかれと思った片付けが、罪証隠滅の疑いを招き、身柄拘束を長引かせます。ご家族は、在留カードと旅券の所在、会社の書類の保管場所、従業員名簿の有無を把握し、弁護人に引き継げるようにしておいてください。取調べでは、確認したかどうかを記憶だけで答えず、記録を見てから答えたいと述べて構いません。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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