募集に応じた技能実習生2人が、在留カード30枚を偽造したとされる事例
2026/08/31
インターネット上の募集に応じた技能実習生2人が、在留カード30枚を偽造したとして逮捕された。これは報道ではなく、警察庁が公表している検挙事例です。公表資料に基づくため、個人が特定される情報は初めから含まれておらず、事案の構造を落ち着いて検討するのに適しています。この記事では、この事例を素材に、募集から実行に至る経路、提供未遂という罪の成否が分かれる場面、そして指示役が国外にいる場合に立証がどう難しくなるのかを説明します。
警察庁の公表資料を素材にする理由
ブログで事件を扱うとき、報道記事は情報が豊富な反面、個人が特定されやすいという問題を抱えます。これに対し、警察庁が公表する「組織犯罪の情勢」に掲載される検挙事例は、はじめから匿名化されており、罪名、時期、在留資格、役割という、法的な検討に必要な要素だけが残されています。当事務所が公表事例を優先して用いるのは、そのためです。以下の事例も、公表資料に記載された範囲でのみ扱います。
公表されている事例の内容
警察庁が公表する「組織犯罪の情勢」に掲載された検挙事例(令和7年、警視庁の事件として掲載)によれば、いずれも技能実習の在留資格を有する中国人の男性2人が、令和7年4月、自宅で行使の目的をもって在留カード30枚を偽造したとされています。2人はSNSの犯罪実行者募集情報に応募し、中国国内にいる指示役の指示を受けて偽造し、不法残留の中国人らに提供して報酬を得ていたとされ、在留カード偽造および偽造在留カード提供未遂の疑いで逮捕されたと記載されています。逮捕の段階であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
「提供未遂」はどこで成否が分かれるのか
この事例で注目されるのは、偽造の罪に加えて、提供の未遂が挙げられていることです。提供とは、偽造されたカードを他人の手元に渡す行為をいいます。渡す相手が決まり、引渡しの準備に着手していれば未遂の問題になりますが、まだ作っただけで、誰に渡すかも決まっていない段階であれば、提供の話には至りません。したがって、実務上の争点は、第1に、引渡しに向けた行為がどこまで具体化していたか(注文の受付、宛先の特定、発送の準備、待ち合わせの約束)、第2に、本人がその段階の事実をどこまで認識していたか、第3に、押収された枚数のうち、提供の対象として特定できるものが何枚あるか、という点に絞られます。「作った枚数=提供しようとした枚数」ではありません。
SNSの募集に応じたという入口
犯罪の実行者を募集する投稿は、多くの場合、犯罪であることを明示しません。「日払い」「未経験可」「簡単な作業」といった言葉が並び、応募後にはじめて内容が知らされることも珍しくありません。この経路は量刑を考えるうえで意味を持ちます。もっとも、途中で内容を知りながら作業を続けたのであれば、故意は否定できません。法律を知らなかったという弁解も、刑法38条3項により、それだけで罪を犯す意思がなかったとすることはできません(ただし情状により刑を減軽することができるとされています)。したがって主張の重心は、「知らなかった」ではなく、「どの段階で何を知り、なぜ抜けられなかったのか」という経過の描写に置くべきです。
指示役が国外にいるときの立証の難しさ
この事例では、指示役は中国国内にいるとされています。この構造は、双方にとって立証を難しくします。捜査機関の側は、国外の指示役の身元を特定し、身柄を確保することが容易ではありません。刑訴法255条1項により、犯人が国外にいる間は公訴時効が停止しますが、それは捜査が進むことを意味しません。他方、被疑者・被告人の側も困難を抱えます。自分が末端であり、指示に従っていたにすぎないことを示そうとしても、指示を出した相手が法廷に現れないため、やり取りの記録が唯一の証拠になるからです。だからこそ、通信アプリの履歴、送金の記録、募集投稿の保存が決定的な意味を持ちます。本人が端末のデータを消してしまうと、自分に有利な証拠まで失われます。
技能実習の在留資格には何が起きるか
身柄を拘束されれば実習は継続できません。入管法22条の4第5号は、在留資格に応じた活動を継続して3か月以上行っていないことを在留資格の取消事由とし、同条第6号は住居地の届出義務違反等を取消事由としています。出入国在留管理庁の統計では、令和7年の在留資格取消しは1,446件で過去最高、うち技能実習が973件(67.3%)、国籍別では中国が66件です。刑事処分の前に在留資格を失う経路が現に存在します。そのうえで、有罪となった場合の刑が無期又は1年を超える拘禁刑(全部執行猶予を除く)であれば、入管法24条4号リの退去強制事由に該当します。技能実習は入管法別表第一の在留資格ですが、別表第一に限って適用される24条の4号の2の特定犯罪は危険運転致死傷などであり、在留カード偽造は含まれません。
ご家族が最初にすべきこと
まず、実習実施者や監理団体への連絡を、ご家族の判断だけで行わないでください。事実関係が固まらないうちの説明は、後の手続で不利に働くことがあります。次に、募集の投稿、通信アプリのやり取り、報酬の入金記録、住居や機材の負担関係が分かる資料を保全してください。これらは、本人が末端の実行役であったことを示す最も具体的な材料です。そして、本人が身柄を拘束されている間に、在留資格の取消しに関する通知が住居地に届くことがありますので、郵便物はそのまま保管してください。弁護人との接見は、接見禁止が付されても制限されません(刑訴法39条1項)。本人が希望すれば領事機関への通報も行われます(領事関係に関するウィーン条約36条1項)。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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