泥酔していて記憶がない。心神耗弱の主張と、弁解録取書が持つ二つの意味
2026/08/31
「気がついたら警察署にいた。何があったのか本当に覚えていない」。飲酒の場で起きた事件では、ご本人からこの言葉が出ることが少なくありません。記憶がないという状態は、責任能力を争う手がかりになると同時に、実は捜査段階で本人を最も危うい位置に置きます。覚えていない人は、自分の調書に何が書かれても、それが違うと言えないからです。この記事では、酩酊と責任能力の関係を整理したうえで、記憶欠如が持つ二つの意味を、弁解録取書という書面を軸に説明します。
札幌で報じられた事案
2026年5月17日から18日にかけて、ライブドアニュースが配信した北海道の放送局の報道によれば、札幌市中央区の飲食店で、中国籍の男性(21歳)が40歳の男性従業員の腕をつかんで引っ張る暴行をしたとして現行犯逮捕されました。報道では、逮捕時、この男性は泥酔状態であったとされています。暴行の疑いで逮捕されたと報じられています。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
行為そのものは、腕をつかんで引っ張るという比較的軽い態様です。それでも現行犯逮捕という形で刑事事件になります。そして、逮捕時に泥酔していたという事実は、その後の手続の全体に影響していきます。
酒に酔っていたことは、どこまで責任を軽くするのか
日本の刑法では、精神の障害により物事の是非を判断する能力、またはその判断に従って行動する能力を欠く状態を心神喪失といい、その能力が著しく減退した状態を心神耗弱といいます。心神喪失であれば罰せられず、心神耗弱であれば刑が減軽されます。
もっとも、飲酒によってこれらが認められる場面は、実務では限られています。単に酔って気が大きくなり、判断が甘くなったという程度の状態は、通常の酩酊として扱われ、責任能力に影響しないと判断されるのが一般的です。責任能力が問題になるのは、酩酊が単なる酔いを超え、了解しがたい異常な行動が現れているような場合です。
したがって、「酔っていたから覚えていない」という説明を、そのまま責任能力の主張として押し出すのは、実務的にはあまり得策ではありません。むしろ、飲酒の量と経過、そのときの行動の異常さ、過去の飲酒時の様子、通院歴といった事実を積み上げたうえで、専門的な評価に耐えるかどうかを検討することになります。
飲酒量は、どうやって証明するのか
暴行の事件では、酒気帯び運転の事案と異なり、血中や呼気のアルコール濃度が測定されていないことがほとんどです。そのため、飲酒量の立証は間接的な資料に頼ることになります。弁護人が集めるのは、次のようなものです。
- 飲食店の伝票、レシート、クレジットカードの利用明細。注文の内容と時刻が分かります
- 同席していた方の説明。誰が何時から一緒にいて、どのくらいの量を飲んだか
- 店内および路上の防犯カメラ映像。歩行の状態、姿勢、会話の様子が客観的に残ります
- 逮捕時の警察官の観察内容。酒臭、顔色、応答の状況が記録されていることがあります
- 過去の飲酒歴、断酒の経験、健康診断の結果、通院の記録
これらは、責任能力の主張のためだけに集めるものではありません。事件が偶発的であったこと、常習性がないこと、再発の防止策が立てられることを示す情状の資料としても使われます。
記憶がないことの二面性
ここからが本題です。逮捕直後、被疑者は弁解の機会を与えられ、その内容が弁解録取書という書面にまとめられます。泥酔していた方の場合、この場面で問題が起きます。何が起きたか自分では分からないため、捜査官から「こういうことがあったのですね」と示された筋書きに対して、否定する材料を持たないのです。結果として、「間違いありません」という趣旨の記載がされることがあります。
他方で、同じ「記憶がない」という事実は、その調書の信用性を弾劾する材料にもなります。記憶のない人が、自分の行為の詳細を語れるはずがない。にもかかわらず、調書に詳細な描写が並んでいるのであれば、それは本人の記憶ではなく、捜査官が持っていた情報に基づく記載である疑いが生じます。公判でこの点を突くためには、いつの時点で、どの程度の記憶があったのかを、早い段階で正確に記録しておく必要があります。
ですから、弁護人が最初の接見で真っ先に確認するのは、どこまでが本人の記憶で、どこからが人から聞いた話なのかという境目です。この境目が曖昧なまま調書が積み上がると、後から切り分けることは困難になります。
取調べで、本人が守るべき一線
ご家族から本人にお伝えいただきたいことは、単純です。覚えていないことは、覚えていないと述べる。捜査官から示された内容が正しいかどうか判断できないときは、判断できないと述べる。そして、読み聞かせを受けた調書の内容が自分の述べたところと違うときは、署名をしない。この三点です。
中国語話者の場合、通訳を介するため、この確認作業には時間がかかります。日本の刑事手続では、いったん署名した調書を後から動かすことは極めて困難です。言葉が通じない状況で作られた書面ほど、後の公判で重い意味を持ってしまいます。
ご家族が準備できること
飲酒が絡む事件では、再発防止の体制を示すことが、処分にも量刑にも効いてきます。具体的には、本人が今後どのように飲酒の場を避けるのか、誰が監督するのか、必要であれば専門医療機関への相談を予定しているのか。こうした計画を書面にして提出します。あわせて、被害者への謝罪と弁償の準備を進めます。腕をつかんで引っ張るという態様の事案であれば、負傷の程度は大きくないことが多く、示談が成立しやすい類型でもあります。
もう一点。本人の在留資格を確認してください。在留カードが自宅にあるのか、警察が保管しているのか。留学や技術・人文知識・国際業務の在留資格であれば、学校や勤務先への説明のタイミングも考える必要があります。刑事処分の内容が固まる前に、雇用や在籍の身分を先に失ってしまうと、その後の手続で不利になることがあります。
中文版:喝到断片、完全没有记忆:心神耗弱的主张与辩解笔录的两面性
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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