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「押し返しただけ」という弁解は正当防衛になるのか。施設内トラブルの証拠の集め方

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「押し返しただけ」という弁解は正当防衛になるのか。施設内トラブルの証拠の集め方

「押し返しただけ」という弁解は正当防衛になるのか。施設内トラブルの証拠の集め方

2026/08/31

「先に相手が胸を押してきたから、押し返しただけだ」。商業施設や飲食店でのトラブルで逮捕された方が、取調べで最初に述べる説明として、これは非常によくある形です。ご本人としては当然の弁解ですが、日本の刑事実務でこの説明がそのまま正当防衛として認められるかというと、話はそう単純ではありません。この記事では、正当防衛が成立するための考え方を整理し、施設内のトラブルでどのような証拠が決め手になるのか、そして通訳を介した供述がどこで危うくなるのかを説明します。

報じられた事案での弁解の位置

2026年7月27日から28日にかけて、Record Chinaが、福岡市博多区の商業施設内にある遊戯施設で、中国籍の男性(37歳)が年齢制限のある区画をめぐって従業員と口論になり、殴打したとして現行犯逮捕されたと報じました。報道では、この男性は「押し返しただけだ」と述べて否認しているとされています。暴行の疑いで逮捕されたと報じられています。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。

ここから先は、この報道された事案の当否を論じるものではなく、同種の場面で弁護人が何を検討するかという一般論として読んでください。

正当防衛は「殴られたから殴り返した」では足りない

正当防衛が認められるためには、急迫不正の侵害があること、自分または他人の権利を防衛するための行為であること、そしてやむを得ずにした行為であること、すなわち防衛手段として相当な範囲にとどまることが必要です。実務でつまずくのは、多くの場合この三つ目です。

相手が胸を押してきた、腕をつかんできたという段階に対して、拳で顔面を殴るという反撃が返された場合、侵害の程度と反撃の程度の釣り合いが問われます。釣り合いを欠くと判断されれば、正当防衛は成立せず、過剰防衛として刑が減軽されうるにとどまります。また、口論が続いていて双方が向かい合っている場面では、そもそも「急迫」といえるのか、互いに攻撃し合う関係に入っていたのではないか、という争いにもなります。

さらに実務上重要なのは、時間的な前後関係です。侵害が終わった後の反撃は、防衛ではなく報復と評価されます。相手が離れた後に追いかけて手を出した、いったん止められた後にもう一度向かっていった。こうした事情が一つ加わるだけで、正当防衛の主張は成り立たなくなります。

施設内のトラブルでは、映像が最大の証拠になる

商業施設、遊戯施設、飲食店、コンビニエンスストア。これらの場所には、ほぼ例外なく防犯カメラがあります。誰が先に手を出したか、どちらの動きが大きかったか、被害者が下がったかどうか。言葉では水掛け論になる事実が、映像であれば数秒で決着します。

問題は保存期間です。施設の防犯カメラの映像は、一定期間が過ぎると自動的に上書きされる運用が一般的です。捜査機関が押収しているとは限らず、被疑者に有利な角度のカメラほど押収から漏れることがあります。したがって、弁護人が受任後すぐに行うのは、施設に対して映像の保全を求める申入れです。日数が経ってからでは、存在した証拠が物理的に消えます。ご家族の側で施設名と発生時刻、出入口の位置を正確に記録しておくと、この作業が速くなります。

従業員の供述は、なぜ強く働くのか

施設内トラブルでは、被害者が従業員であることが少なくありません。従業員の供述は、第三者性が高いと見られやすく、しかも同僚が複数人で同趣旨の説明をするため、供述としての重みが増します。他方で、従業員は業務としてその場を収める立場にあり、事後に会社へ提出した報告書の記載に沿って記憶が整理されている場合もあります。

弁護人としては、供述の一致点だけでなく、細部の食い違いに注目します。どの手で押したのか、距離はどれくらいだったのか、通報までに何分あったのか。映像と突き合わせたときに、細部で説明が動くのであれば、供述全体の信用性を検討し直す余地が出てきます。また、負傷の有無と程度も重要です。診断書がない、あるいは受診が事後になっている場合、暴行の態様に関する主張の裏づけが弱くなることがあります。

通訳を介した供述は、どこで危うくなるか

中国語話者の事件で最も注意を要するのが、取調べの調書です。「押し返した」という中国語の説明が、日本語の調書では「押した」と要約されることがあります。日本語では、押す、突く、はねのける、振り払うのそれぞれが違う行為として評価されますが、通訳を経る過程で、この区別が落ちてしまうことがあるのです。落ちた区別は、後から取り戻せません。

調書は、読み聞かせを受けたうえで署名押印します。ここで「内容が違う」と述べれば、訂正を求めることができます。納得できない調書に署名する義務はありません。ご家族から本人へ伝えていただきたいのは、次の点です。分からない質問には分からないと答えること。覚えていないことは覚えていないと述べること。そして、署名の前に、通訳人を通じて自分の言葉と調書の記載が一致しているかを確認することです。

否認していても、示談は検討できる

否認事件では、示談の話を出すこと自体をためらう方が多くいます。しかし、正当防衛を主張することと、相手にけがを負わせた結果について遺憾の意を示すこととは、両立させることが可能です。実務では、事実関係についての主張を留保したうえで、解決金を支払って紛争を終わらせる形の合意を結ぶことがあります。この形であれば、事実を認めたことにはなりません。

ご家族が準備できることとしては、被害弁償に充てられる資金の確保、本人の勤務先や滞在先に関する資料、そして本人の日本での行動を説明できる方の連絡先を揃えておくことが挙げられます。否認する事件ほど身体拘束が長引きやすいため、身元に関する資料を早い段階で整えておく意味は大きくなります。弁護人が選任されたら、まず映像の保全、次に供述の確認、そして身柄の解放という順で動くことになります。

中文版:“只是推回去而已”能算正当防卫吗:设施内纠纷的证据该怎么保全

中国語対応の刑事弁護のご相談

舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。

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この記事を書いた弁護士

松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。

本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。

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