口座を売った、貸した。年間4,699件が検挙されている
2026/08/31
帰国することになったので、使わなくなる口座を知人に譲った。副業の紹介で、報酬をもらって通帳とキャッシュカードを渡した。中国語のSNSで「口座を貸すだけ」という募集を見て応じた。いずれも、日本では犯罪収益移転防止法違反として検挙されます。この記事は、その検挙件数が年間でどれだけあるのか、譲渡、業としての譲渡、勧誘という類型がどう違うのか、そして口座を渡した後に何が起きるのかを、公表統計に基づいて整理します。
年間4,699件という数字の出どころ
警察庁犯罪収益移転防止対策室の「令和7年版 犯罪収益移転防止に関する年次報告書」によれば、令和7年中の犯罪収益移転防止法違反(預貯金通帳等の不正譲渡等)の検挙件数は4,699件で、前年より186件増加しました。内訳は、譲渡等が4,489件、業としての譲渡等が47件、勧誘・誘引が17件、為替取引カード等に関するものが54件、暗号資産の交換用情報の提供等が92件です。ここで大切な注意が二つあります。一つは、これは国籍を問わない全体の件数であり、外国籍の方の件数ではないということ。もう一つは、この統計に国籍別の内訳は示されていないということです。「中国人が何件」という数字を、この統計から取り出すことはできません。
三つの類型は、どこが違うのか
圧倒的多数を占める「譲渡等」は、自分名義の預貯金通帳やキャッシュカード、インターネットバンキングの識別情報などを、他人に譲り渡したり、引き渡したりする行為です。売った場合だけでなく、無償で貸した場合、名義を使わせた場合も含まれます。「業としての譲渡等」は、これを反復継続して行う場合で、件数は少ないものの、組織的に口座を集めて供給する立場ですから、扱いは格段に重くなります。「勧誘・誘引」は、口座を譲るよう他人に持ちかける行為です。自分の口座は一切渡していなくても、友人や同郷の知人に声を掛けて集めていれば、この類型に当たります。留学生の方が、日本語のできない後輩に説明して口座を作らせ、まとめて渡すという構図は、まさにここに当てはまります。
為替取引カードと、暗号資産の交換用情報
統計に挙げられている為替取引カード等54件、暗号資産の交換用情報の提供等92件という類型は、規制が預金口座だけにとどまらないことを示しています。近年、資金の移動は銀行口座から、決済サービスや暗号資産の交換業者の口座へと広がりました。そこで、これらのアカウントの識別情報を他人に提供する行為も規制の対象とされています。「銀行の通帳は渡していないから大丈夫」という理解は成り立ちません。取引所のログイン情報や本人確認済みのアカウントを渡す行為も、同じ問題を抱えています。
口座を渡した後、その口座は何に使われるのか
渡した口座は、特殊詐欺の被害金の入金先や、その先の中継口座として使われます。同じ年次報告書には、被害金を架空法人名義の口座に入れ、一般の財産と混ぜたうえで二次、三次、四次の口座へ分散させた事例が掲載されています。つまり、あなたの口座は、資金の流れを見えなくするための一つの節になります。だからこそ、単なる契約違反ではなく、犯罪として扱われるのです。そして重要なのは、口座を渡しただけで済むとは限らないという点です。渡した後、本人が入出金の操作に関与したり、引き出して誰かに手渡したりすれば、組織的犯罪処罰法の犯罪収益等隠匿や収受という、より重い罪の問題に移っていきます。取調べで問われているのが「渡したこと」なのか「動かしたこと」なのかを、正確に把握してください。
生活と在留への影響
刑事処分とは別に、口座の譲渡は金融機関との関係を壊します。口座は凍結され、同じ金融機関で新たに口座を作ることが難しくなり、給与の受取り、家賃の引落とし、学費の納付といった日常が止まります。在留資格の面では、出入国管理及び難民認定法(入管法)が定める退去強制事由のうち、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた場合の規定は全部執行猶予を除いていますから、罰金や執行猶予にとどまればそれ自体で退去強制になるわけではありません。しかし、在留期間の更新は別の審査です。素行が善良であることは更新の判断で正面から見られますし、留学生であれば、報酬を得る目的で口座を提供していた事情は、本来の活動を行っているかという評価にも響きます。
今日できること
まだ渡していないのであれば、断ってください。「口座を貸すだけ」という誘いに、正当な仕事はありません。既に渡してしまった場合は、直ちに金融機関に連絡して利用停止の手続を取り、渡した相手とのやり取りを保存したうえで、弁護士に相談してください。自ら止めた行動と、その時期は、後の処分の判断で意味を持ちます。ご家族の立場では、留学中のお子さんが不自然な収入を得ていないか、見知らぬ相手から荷物や封筒を受け取っていないかを、責める調子ではなく確認していただきたいと思います。口座の提供は、その先にあるより重い事件の入口になっていることが少なくありません。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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