証券口座の乗っ取りが初めて刑事事件になった。被害額はどう計算されるのか
2026/08/31
他人の証券口座に無断でログインし、その口座から一斉に買い注文を出して株価をつり上げ、自分の持ち株を売り抜ける。この手口が刑事事件として立件され、起訴に至った事件が報じられました。この記事では、報じられた事件の内容、被害額をどの数字で測るのかという争点、不正アクセスと相場操縦という二つの罪の関係、そして在留資格への影響を説明します。
報じられた事件の概要
日本経済新聞、読売新聞、FNNは、2025年11月28日に中国籍の男2人(38歳の貴金属輸出入会社経営者と42歳の無職の男)が不正アクセス禁止法違反などの疑いで逮捕され、同年12月18日に証券取引等監視委員会が告発し、その後、東京地方検察庁特別捜査部が起訴したと報じました。報道によれば、10都府県の10人の証券口座を乗っ取り、一斉の買い注文で株価を84円から110円につり上げ、約70万株を売り抜けて約860万円の利益を得たとされ、証券口座の乗っ取りが刑事事件として立件されたのは全国で初めてとされています。起訴されたことは有罪を意味しません。被告人には無罪推定が及びます。
被害額は、どの数字で測られるのか
この事件では、報道上、二つの数字が出てきます。口座を乗っ取られた側の損失とされる約1100万円と、被疑者側が得たとされる利益約860万円です。両者は一致しません。乗っ取られた口座では、本人の意思によらない買い注文が出され、その後に株価が下落した結果として評価損が生じます。これは、不正アクセスという行為と、市場の値動きという別の要素が組み合わさって生じた損失です。他方、被疑者側の利益は、つり上げられた価格で売却したことによる差額です。刑事の場面では、この二つの数字が使われる場所が違います。量刑の評価では被害者の損失の重さが問われ、犯罪収益の剥奪(没収・追徴)では被告人が得た利益が基礎になります。被害弁償を検討する際にも、どちらの数字を前提とするかで金額が変わります。
不正アクセス罪と相場操縦は、何が違うのか
二つは守っている利益が違います。不正アクセス禁止法は、他人の識別符号を無断で用いてコンピュータを利用する行為そのものを禁じており、口座の名義人の管理する領域に踏み込んだ点を捉えます。他方、金融商品取引法が禁じる相場操縦は、市場で形成される価格の公正さを守るものであり、被害者は特定の一人ではなく市場そのものです。この事件では、口座の乗っ取りは相場を動かすための手段として位置づけられており、手段の罪と目的の罪が重なっています。したがって、片方が成立しなくても他方が成立しうるという関係にあり、弁護の側は、それぞれの要件について別々に検討する必要があります。
弁護人が実際に争う点
第一に、識別符号の入手経路です。IDとパスワードをどこから、誰から得たのか。フィッシングによるものか、名簿の購入か、第三者から渡されたのか。入手に関与していない者が、注文操作だけを担当していた場合、成立する罪の範囲は変わります。第二に、実行行為者の同定です。ログインに使われた端末、IPアドレス、通信の記録が、被告人と結びつくのかを検証します。共用の端末や、遠隔操作の可能性も検討されます。第三に、価格形成への影響です。株価の変動が、当該注文によって生じたといえるのか。同じ時間帯の他の注文、市場全体の値動き、銘柄の流動性といった事情を踏まえた検討が必要です。第四に、変動操作の目的の有無です。取引を誘引する目的があったといえるかは、注文の出し方、時間帯、数量から推認されるものであり、当然に認められるわけではありません。
被害弁償はどう考えるか
被害者が10人に及ぶとされる事件では、全員との示談は容易ではありません。証券会社が利用者に補償を行っている場合には、被害者が誰なのかという問題も生じます。それでも、弁償に向けた行動を示すことには意味があります。原資を確保し、弁護人を通じて連絡を試み、実現しない部分については供託や贖罪寄付を検討する。これらの経過は書面に残ります。何もしないまま公判を迎えることと、資料が残っていることの差は、量刑の場面で小さくありません。
在留資格への影響と、ご家族の初動
不正アクセス禁止法違反も金融商品取引法違反も、入管法24条4号チが列挙する薬物関係の罪ではなく、同号の2の特定犯罪にも当たりません。退去強制事由となるかは、無期または1年を超える拘禁刑の実刑となるか(同号リ、全部執行猶予は除かれます)で決まります。事業を営んでいる方の場合、身柄拘束が長引けば会社の実体が失われ、経営・管理の在留資格の該当性そのものが問題になります。ご家族には、弁護人の選任、在留カードと旅券の所在確認、会社の運営を誰が担うかの決定、そして押収品目録の保管をお願いしています。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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