奪われた現金が詐欺の被害金であっても、強盗罪は成立します
2026/08/31
この記事は、日本で強盗の疑いをかけられた中国籍の方と、そのご家族に向けたものです。奪われた現金そのものが特殊詐欺の被害金であったという事件が報じられ、ご家族から「相手も罪を犯していたのに、なぜこちらだけが強盗になるのか」というご質問をいただくことが増えました。ここでは、財物の来歴が強盗罪の成否をなぜ左右しないのか、被害者の側も被疑者である事案で示談交渉がどこまで可能なのか、そして刑事処分が在留資格に何をもたらすのかを、順に整理します。
富山で報じられたのは、どのような事件だったのか
北國新聞、北日本新聞、KNB北日本放送は、2026年8月17日から18日にかけて、富山県富山市で58歳の男性から現金約200万円を奪ったとして、中国籍の男3人(20歳から44歳)が強盗の疑いで逮捕されたと報じました。報道によれば、奪われた側の男性も、70代の女性から現金と金塊をだまし取った特殊詐欺の受け子として、別に詐欺の疑いで逮捕されたとされています。いずれも逮捕の段階にとどまり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。続報は確認できていません。以下は、報じられた範囲を出発点とした一般的な制度の説明であり、当事務所はこの事件の関係者ではありません。
なぜ被害金の来歴は強盗罪の成否を左右しないのか
日本の刑法の財産犯が守っているのは、その物を現に持っている状態、すなわち占有です。誰が本来の所有者かという民事上の帰属の問題とは、いったん切り離して考えます。したがって、奪われた現金がもともと詐欺によって集められた金であったとしても、それを事実上支配していた人から暴行または脅迫によって取り上げれば、強盗罪の構成要件は満たされます。「取り返しただけだ」「詐欺の被害者のために回収した」という意識があっても、法の定める手続によらずに実力で奪う以上、正当な権利行使とは評価されません。むしろ、そこに現金があると知っていたからこそ狙ったという事情は、計画性を基礎づける方向に働くことがあります。「相手も犯罪者だから被害者ではない」という発想は、日本の刑事裁判では通らないと考えておく必要があります。
被害者の側も被疑者であるとき、示談はどこまでできるのか
示談の成否は、処分と量刑に最も強く影響する事情の一つです。もっともこの類型では、実務上の障害が三つ重なります。第一に、相手方も身柄を拘束されている可能性が高く、連絡経路が相手方の弁護人に限られること。第二に、奪われた現金が詐欺の被害金であるとすれば、それは本来の被害者へ返されるべき金であり、相手方本人に賠償金を渡すことが被害回復として適切といえるのかという問題が生じること。第三に、押収された現金は没収や追徴、被害回復の手続の対象として扱われる可能性があり、当事者間の合意だけでは処理が完結しないことです。そこで弁護人は、相手方の弁護人を通じた交渉、真の被害者とされる高齢女性側への被害弁償の可否の打診、それが実現しない場合の贖罪寄付といった選択肢を、並行して検討することになります。示談ができないから何もできない、ということではありません。
弁護人はこの類型で何を争うのか
争点は大きく四つに分かれます。第一に、暴行・脅迫の程度です。相手の反抗を抑圧する程度に至っていなければ、強盗ではなく窃盗や恐喝の成否が問題となり、法定刑の重さが大きく変わります。第二に、共謀の範囲です。現場での実行、見張り、運転、事後の現金の分配といった関与の態様ごとに、どこまでの合意があったのかを丁寧に切り分けます。第三に、金額の特定です。報じられた金額と、現に移動した金額、そして本人が受け取った金額は一致しないことが少なくありません。第四に、人物の同定です。防犯カメラの画像や通信記録による特定は、そのまま正しいとは限らず、原資料の確認を求める必要があります。加えて、通訳を介した取調べでは、本人の言葉が調書の日本語に置き換わる過程でニュアンスが失われます。録音録画の有無を早期に確認することが重要です。
刑事処分は在留資格に何をもたらすか
強盗は法定刑の重い犯罪であり、実刑の可能性を現実的に見ておく必要があります。出入国管理及び難民認定法(入管法)は、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制の対象としています(24条4号リ)。ただし刑の全部の執行猶予がついた場合は除かれ、「執行猶予でも強制送還」というのは正確ではありません。令和7年の出入国管理統計によれば、この号を単独の理由とする退去強制令書の発付は全国で41人(うち中国籍11人)にとどまり、発付の圧倒的多数は不法残留による5,778人です。もっとも、中国籍に限ると、退去強制令書発付686人のうち4号リ関係は不法残留との並立を含めて47人(6.9%)に上り、ベトナム籍の2.3%の約3倍です。刑事処分が直ちに送還につながるわけではありませんが、1年を超える実刑という分岐点は、弁護方針を決める最初の段階から意識しておくべきです。なお在留特別許可は令和7年に1,030人に与えられており、退去強制手続に進んだ後にも争う余地は現に残されています。
ご家族が今日できること
逮捕から72時間は、送致と勾留請求のために動く時間で、この間ご家族は原則として面会できません。まずは弁護人を選任し、接見を通じて本人の言い分と被疑事実の内容を確認することが出発点になります。並行して、在留カードと旅券の所在、在留期間の満了日、勤務先や学校への説明の時期を整理してください。弁償の原資を用意する場合は、中国のご家族からの送金について、原資と目的を説明できる資料をあらかじめそろえておくと、後の交渉が滞りません。本人が希望すれば、領事機関への通報を求めることもできます(領事関係に関するウィーン条約36条1項)。差し入れの可否や接見禁止の有無は、留置されている警察署で確認できます。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
お問い合わせ:舟渡国際法律事務所(東京)/微信ID matsumura1119
この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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