カードをすり替えて取り、ATMで下ろす。罪はいくつ成立するのか
2026/08/31
特殊詐欺の受け子・出し子の事件で、ご本人もご家族も戸惑われるのが「一つのことをしただけなのに、罪名がいくつも並んでいる」という点です。高齢者からキャッシュカードをすり替えて手に入れ、その日のうちにATMで現金を引き出す。行為としてはひと続きに見えますが、日本の刑法では、被害を受けた人が別々である以上、別々の犯罪として整理されるのが原則です。この記事では、報道された事件をもとに、成立する罪の数と、それが量刑にどう響くのか、被害弁償を誰に対して行うのかを整理します。
報道されている事件
京都新聞の2023年10月18日報道によれば、中国籍の男性(26)ら計2人が、百貨店の店員を装ってキャッシュカード2枚を盗み取り、ATMで100万円を引き出したとして、窃盗の疑いで逮捕されました。
また、KSB瀬戸内海放送の2026年6月10日報道によれば、中国籍の男性(30)が、他人名義のカードを使ってコンビニエンスストアのATMから19万9000円を引き出したとして、窃盗の疑いで逮捕されました。
いずれも逮捕の疑いで報じられた段階のものであり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
カードを手に入れる行為は、窃盗か詐欺か
ここは実務上の重要な分岐点です。相手の目の前で偽のカードと本物をすり替え、本人が気づかないまま持ち去った場合は、相手の意思に基づく交付がないため、窃盗として扱われます。これに対し、うそを言って相手に納得させ、自ら手渡させた場合は、交付があるため詐欺として扱われます。同じ「カードを取った」でも、相手が渡す意思をもって渡したかどうかで罪名が変わります。
この違いは、単なる名称の問題ではありません。うそを信じさせた点を争うのか、占有を移した点を争うのかで、防御の組み立てがまったく変わります。報道の段階では、どちらの構成で立件されているかが分からないことも多く、弁護人はまず捜査機関の構成を確認することから始めます。
ATMで引き出す行為は、誰に対する罪か
意外に思われるかもしれませんが、ATMからの引出しは、カードの名義人に対する罪としてではなく、現金を管理している金融機関に対する窃盗として扱われるのが実務です。ATMの中の現金は金融機関が占有しており、権限のない者がこれを取り出せば、金融機関の占有を侵害することになるからです。したがって、カードを取った行為の被害者と、現金を引き出した行為の被害者は、別人です。
併合罪か、一つの罪としてまとめられるのか
被害者も、侵害された法益も異なる以上、二つの行為は別個の犯罪として処理されるのが通常です。複数の罪が同時に裁かれる場合、併合罪として刑の上限が引き上げられます。つまり、罪名が二つ並ぶことは、量刑の枠が広がることを意味します。
もっとも、弁護人の側からは、一連の計画に基づく一体の行為であり、実質的な被害は重なり合っていると主張して、量刑上は全体として評価するよう求める余地があります。とくに、被害者が同一で、カードを取った目的が引出しにしかなかった場合には、この主張の説得力が増します。罪数の整理は法律家の議論に見えますが、実際には刑の長さに直結する、きわめて実務的な争点です。
被害弁償は、誰に対して行うのか
ここが実務で最も混乱する点です。カードを取られた方への弁償と、引き出された現金の穴埋めは、法律上は別の相手に対するものになります。もっとも、実際には、金融機関が名義人の損害を補填する扱いをする場合があり、誰に対して支払えば被害が回復するのかは、事件ごとに確認しなければ分かりません。示談を急いで、本来の相手ではない方に支払ってしまうと、弁償の効果が量刑に反映されないおそれがあります。弁護人が就いた段階で、被害回復の経路を整理することが必要です。
金額によって、見通しは大きく変わる
引き出された金額が20万円前後にとどまる事案と、100万円に達する事案とでは、処分の見通しが異なります。前者は起訴猶予や罰金による終局の可能性が残りますが、後者はカードの取得行為も加わるため、公判請求される可能性が高くなります。ご家族から「金額が小さいから大丈夫か」と尋ねられることがありますが、判断されるのは金額だけではなく、組織的な関与の度合い、役割、前科の有無です。
在留資格への影響
窃盗や詐欺は、入管法(出入国管理及び難民認定法)24条4号チの薬物関係にも、別表第一の在留資格の方に限って適用される24条4号の2の特定犯罪にも含まれません。分岐点は24条4号リ、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた場合であり、全部執行猶予がついた場合は但書により除かれます。併合罪として刑が重くなれば、この分岐点に近づきます。罪数の争いが在留の帰趨に直結するのは、このためです。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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