「日本の法律を知らなかった」は地下銀行事件で通用するか
2026/08/31
「日本の法律を知らなかった」。中国籍の方が銀行法違反、いわゆる地下銀行の事件で逮捕されたとき、取調べの場でも、ご家族からの最初のご相談でも、この言葉が最も多く出てきます。この記事は、その一言が日本の刑事手続でどう扱われ、どこまでは通らず、どこからは意味を持つのかを、報道された事件を手がかりに整理します。あわせて、有罪となった場合に在留資格に何が起きるのか、ご家族が今日できることまでを扱います。
報道されている地下銀行事件は、どのような形で摘発されているか
京都新聞、読売新聞、産経新聞の2026年5月26日報道によれば、大阪府に住む中国籍の女性(36)が、犯罪収益とみられる資金を中国へ送金したとして、銀行法違反の疑いで京都府警に逮捕されました。報道では、この女性が「日本の法律を知らなかった」として容疑を一部否認していると伝えられています。
同種の摘発は続いています。FNNプライムオンライン、時事通信、読売新聞、日本経済新聞の2026年6月17日報道では、中国籍の男性3人が、留学生から受け取った人民元を日本円約120万円に交換したとして、銀行法違反などの疑いで警視庁に逮捕されたと報じられています。原資の一部に特殊詐欺の被害金が含まれていたとされています。
いずれも逮捕の疑いで報じられた段階のものです。起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。なお、無許可の資金移動は特定の国籍と結び付けて語られるべきものではなく、摘発は国籍を問わず報じられています。
刑法38条3項は「知らなかった」をどう扱うか
日本の刑法38条3項は、法律を知らなかったとしても、そのことによって罪を犯す意思がなかったとすることはできない、と定めています。実務では、「日本で免許が必要だと知らなかった」「母国では普通に行われていた」という説明は、故意を否定する主張としては採用されません。刑罰法規を知らない者ほど有利になるという結果を、法が許さないためです。
ここで区別しなければならないのが、法律の錯誤と事実の錯誤です。「資金を動かしている自覚はあったが、免許が要るとは知らなかった」は法律の錯誤で、故意は残ります。これに対し、「知人の頼まれごとで現金を渡しただけで、資金の移動を仲介しているとは思っていなかった」は、行為そのものの認識に関わる主張であり、故意の有無の問題になります。同じ「知らなかった」でも、行き着く先はまったく違います。弁護人が最初にすべきことは、依頼者の「知らなかった」がどちらの話なのかを腑分けすることです。
それでも「知らなかった」を語る意味はどこにあるか
刑法38条3項には、情状により刑を減軽することができる、という但書があります。故意を否定できなくても、量刑の場面では意味を持ちます。来日してどのくらい経っていたか、本人が理解できる言語で説明を受ける機会があったか、報酬を受け取っていたか、依頼してきた人物との関係はどうか、断りにくい事情があったか。こうした事情は、身柄拘束の早い段階で資料の形に残しておかないと、公判では言葉だけの弁解になってしまいます。
本当に争えるのは「業として為替取引を行う認識」のほうである
銀行法は、為替取引を業として営むことに免許を求めています。最高裁判所は平成13年3月12日の判決で、為替取引とは、隔地者間で資金を移動する仕組みを利用して資金を移動することをいう、という趣旨を示しました。ここから逆算すると、検察官が立証すべき認識の対象は、日本の法律の内容ではなく、自分が資金の移動を反復継続して引き受けているという事実のほうです。
したがって争点は、「知らなかった」ではなく、依頼をどう受けたか、回数、期間、手数料の有無とその決め方、口座や決済アプリを誰が管理していたか、というところに移ります。また、送金の原資が犯罪収益だったかどうかは、銀行法違反の故意とは別に立証を要します。この二つを一つにまとめた調書が作られていないか、早い段階での点検が必要です。
有罪になったとき、在留資格には何が起きるか
銀行法違反は、入管法(出入国管理及び難民認定法)24条4号チが挙げる薬物関係の法令には含まれません。別表第一の在留資格の方に限って適用される24条4号の2の特定犯罪にも含まれていません。実務上の分かれ目は24条4号リ、すなわち無期または1年を超える拘禁刑に処せられた場合です。ただし但書により、全部執行猶予がついた場合は除かれます。「執行猶予でも強制送還される」という説明は誤りです。
出入国管理統計によれば、令和7年に退去強制令書が発付された7,722人のうち、24条4号リ単独によるものは41人でした。数としては多くありません。もっとも中国籍については、退令発付686人のうち4号リが単独11人、不法残留との並立36人の計47人で、比率は6.9パーセントに達します。ベトナム国籍の2.3パーセントと比べると約3倍です。刑の重さが在留に直結する場面は、現実に存在します。
もう一つ見落とされやすいのが、退去強制事由に当たらないことと、在留期間の更新が認められることは別だという点です。更新の判断では素行が考慮されます。罰金や執行猶予で終わっても、更新の場面で不利に働くことがあります。
逮捕の知らせを受けたご家族が、今日できること
まず、在留カードと旅券がどこにあるかを確認してください。次に、送金に使った決済アプリの履歴、通帳、依頼者とのやりとりを消さないことです。不利に見える記録も、依頼の経緯や報酬の有無を示す資料として、後で本人を助けることがあります。勤務先や学校への説明は、処分の見通しが立つ前に急ぐ必要はありません。逮捕後、警察は48時間以内に検察官へ送致し、検察官は24時間以内かつ逮捕から72時間以内に勾留を請求します。勾留は原則10日、延長でさらに10日です。起訴か不起訴かは、この短い時間の中で決まります。中国語で事情を正確に伝えられる体制を、できるだけ早く作ってください。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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