事故のあとその場を離れた ひき逃げになるかどうかの分かれ目
2026/09/01
接触した感触はあったが相手が走り去った、相手が大丈夫と言ったので別れた、動転してその場から離れてしまい、あとで戻った。日本でひき逃げとして立件される事案には、逃げるつもりがなかったという方が少なくありません。中国語圏でも「在日如何认定肇事逃逸」という相談が続いています。この記事では、日本の道路交通法が運転者に課している二つの義務、それがどのような場合に果たされたとされるのか、そして在留資格への影響を、中国籍の方とご家族に向けて説明します。
運転者には二つの義務がある
道路交通法72条1項は、交通事故があったときに運転者が果たすべきことを二つに分けて定めています。前段は救護義務で、直ちに運転を停止して負傷者を救護し、道路における危険を防止する措置をとることを求めます。後段は報告義務で、事故の発生日時と場所、死傷者の数と負傷の程度、損壊した物と損壊の程度などを警察官に報告することを求めます。日本でひき逃げと呼ばれる事案の多くは、この二つの義務、とりわけ救護義務に違反したものです。二つは別個の義務ですから、救急車を呼んで負傷者を病院へ運んだとしても、警察へ報告しないまま立ち去れば報告義務の違反になります。逆に、警察に電話をしただけで負傷者を放置すれば救護義務の違反です。
被害者が大丈夫と言った場合はどうか
実際のご相談で最も多いのがこの場面です。相手が急いでいたので連絡先だけ交換して別れた、その場で示談金を渡して終わりにした、という経過です。しかし、救護義務は被害者の承諾によって免除されません。事故の当事者同士の合意で処理してよい制度にはなっていないからです。理由は明快で、外傷が見えなくても、頭部の損傷や内臓の損傷は時間をおいて症状が出ることがあり、その場の本人の判断に委ねると救命の機会を失うからです。また、その場で現金を渡した事実は、後になって、被害を隠そうとしたと評価されることもあります。相手が不要と言っても、警察への報告は行ってください。
人身事故だと思わなかったという主張
物にぶつかったと思った、猫か何かだと思った、という説明は実際にあり得ます。この主張が通るかどうかは、供述ではなく客観的な資料で判断されます。車体のどこに、どの高さで、どのような損傷があるか。ドライブレコーダーに何が記録されているか。付近の防犯カメラに、事故の前後の走行と速度が映っているか。ブレーキを踏んだ痕跡があるか。降車して確認したか。事故の直後に電話をかけた相手は誰か。これらが積み上げられ、人が倒れている可能性を認識していたかが判断されます。したがって、ドライブレコーダーの記録は、不利にも有利にも働く決定的な資料です。上書きされる前に保全してください。
一度離れてから戻った場合
動転して数百メートル走ってから引き返した、駐車してから現場に戻った、という経過は珍しくありません。義務違反が成立するかどうかは、離れていた時間の長さ、その間に何をしていたか、自ら戻ったのか他人に指摘されて戻ったのか、戻った時点で救護や報告を行ったかによって評価が変わります。自ら短時間で戻り、救護と報告を行っていれば、その事情は正面から主張すべきものです。逆に、いったん帰宅して車を洗った、修理に出した、といった行動は、証拠を隠したと評価される危険が高く、事案全体の見え方を悪くします。
在留資格への影響
救護義務違反は、過失運転致死傷と併せて処理されることが多く、被害の程度によっては実刑が現実になります。出入国管理及び難民認定法(入管法)24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由とし、但書により全部執行猶予は除かれます。出入国在留管理庁の出入国管理統計によれば、令和7年に4号リ単独で退去強制令書が発付されたのは全国で41人、うち中国籍は11人でした。不法残留との並立を含めると中国籍は47人となり、中国籍の発付総数686人の6.9%を占めます。件数そのものは多くありませんが、実刑になるかどうかが在留の分岐点になるという構造は、この類型ではっきりと表れます。示談の成立と被害弁償は、刑事処分と在留の双方に効いてきます。
ご家族が今日できること
まず、任意保険の加入状況を確認し、保険会社に事故の連絡をしてください。人身傷害の補償や弁護士費用特約が使える場合があります。次に、ドライブレコーダーの記録、車両の写真、走行経路の記録を保全してください。修理や洗車は、弁護人に相談してからにしてください。被害者への謝罪と弁償の意思は、早い段階で伝えられるほど効果があります。ご本人が身柄を拘束されている場合は、勤務先への説明の時期、在留カードと旅券の所在、差し入れの手配を併せて整理してください。
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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