押収データが膨大な不正アクセス事件で、訴因を絞らせることが防御になる理由
2026/09/01
不正アクセスや決済サービスの乗っ取りが絡む事件で、ご家族が最初に驚かれるのは、報道に出てくる数字の大きさです。IDとパスワードが数百万件、メールアドレスが1億件といった数字が並ぶ一方で、実際に起訴されている被害は数十万円ということも珍しくありません。この記事は、中国籍のご本人がこの類型で身柄を拘束されたご家族に向けて、押収されたデータの量と、裁判で有罪と認定される事実がどう違うのか、弁護人が捜査機関に何を求めていくのか、そして処分の見通しをご家族がどう受け止めればよいのかを、順を追って説明します。
押収されたデータの量は、そのまま処罰の対象になるわけではありません
捜査機関は、この類型ではパソコン、外部記憶装置、携帯電話を丸ごと差し押さえます。その中から犯罪事実として立件されるのは、被害者が特定でき、アクセスの日時・対象・手段が具体的に確定でき、財産的な被害が裏付けられたものに限られます。起訴状には「いつ、誰の、どのアカウントに、どのような方法で接続し、それによって何を得たか」が訴因として記載され、裁判所が有罪と認定できるのはこの範囲だけです。押収データの総量は、組織性や常習性という情状の材料にはなり得ますが、それ自体が独立して処罰されるものではありません。ここを取り違えると、ご家族は「1億件分の罪に問われている」と誤解し、必要のない絶望を抱えることになります。
報道された事件でも、押収量と立件額は大きく離れていました
決済サービスの乗っ取り事件では、中国籍の男女合わせて13人が摘発され、技術者役とされる男性のパソコンからID・パスワード約290万件、クレジットカード情報約1万7,000件、メールアドレス約1億件が押収されたと報じられています。他方で、個別に立件された加熱式たばこ等の購入額は約60万円分と報じられました(読売新聞・朝日新聞・静岡新聞 2022年7月から2023年5月にかけての各報道)。別の事件では、中国籍の20代の男性が知人から受け取った不正取得のIDとパスワードを保管し、大手のインターネット通販サイトに120万回以上の接続を試みたとされ、約274万件のID情報が押収されたと報じられています(読売新聞・TBS系 2017年11月13日報道)。いずれも逮捕・再逮捕の段階の報道であり、起訴・有罪が確定したものではなく、被疑者には無罪推定が及びます。
弁護人がまず求めるのは、立証対象の特定です
弁護人がこの類型で最初に行うのは、検察官に対し、何をもって被告人の行為と特定するのかを明らかにするよう求めることです。接続記録に残った通信元の情報が、本当にご本人の使用していた回線・端末を指しているのか。共用の無線回線や、他人に譲渡されたアカウントが介在していないか。共犯者とされる人物の供述だけで、ご本人の関与範囲が広く描かれていないか。これらを一つずつ検証し、証拠上明確に特定できる件数まで訴因を絞らせることは、単なる技術論ではありません。認定される被害額と犯行の回数は、量刑を決める最大の要素であり、それがそのまま実刑か執行猶予かの分かれ目になり、後述するとおり在留資格の帰趨にも直結します。
余罪と再逮捕の見込みを、家族にどう説明するか
逮捕された場合、警察は48時間以内に検察官へ送致し、検察官は24時間以内かつ逮捕から72時間以内に勾留を請求します。勾留は原則10日、延長でさらに10日までです。ただしこの類型では、押収データの分析が進むたびに新たな事実で再逮捕が繰り返され、結果として身柄拘束が長期に及ぶことがあります。前記の決済サービス乗っ取り事件では、身柄拘束が1年近くに及んだと報じられました。ご家族には、「20日で終わる保証はないが、再逮捕は無制限に続くものでもなく、立件できる事実が尽きれば終わる」という構造を正確にお伝えするほかありません。起訴されなかった事実は、それ自体として処罰されることはなく、情状として考慮されるにも自ずから限度があります。
在留資格に響くのは、押収量ではなく最終的な刑です
出入国管理及び難民認定法(入管法)24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としますが、ただし書により全部執行猶予は除外されます。つまり、押収データが何百万件あっても、最終的に執行猶予付きの判決で終われば、この号を理由に退去を強制されることはありません。令和7年の統計では、4号リ単独による退去強制令書の発付は全国で41人(うち中国籍11人)、不法残留との並立を含めても限られた人数です(出入国在留管理庁「出入国管理統計」第57表)。他方で、勾留の長期化によって勤務先を退職し、あるいは学校を除籍になれば、在留資格に応じた活動を3か月以上行っていないことを理由とする在留資格の取消しが問題になります。刑事の見通しと在留の見通しは、同じ弁護人が一体として組み立てるべき事柄です。
ご家族が今日できる準備
まず、ご本人の在留カードと旅券の所在を確認し、在留期限を控えてください。次に、勤務先や学校に対していつ何を説明するかを決めます。黙っていて発覚するより、弁護人と相談したうえで所属先に説明したほうが、退職・除籍を避けられる場合があります。被害弁償の原資をどこまで用意できるかも、早い段階で見積もっておいてください。押収された端末の中に、事件と無関係な仕事や家族の記録が入っている場合は、その旨も弁護人に伝えておくと、還付の交渉が可能なことがあります。
中文版:扣押数据庞大的非法访问案件中,让检方限缩起诉事实为何就是防御
中国語対応の刑事弁護のご相談
舟渡国際法律事務所では、中国語の専属通訳が常駐しており、逮捕直後からの接見、勾留に対する準抗告、被害弁償・示談交渉、不起訴を目指す弁護活動、そして刑事処分の後に続く在留資格の問題まで、一つの窓口で対応しています。刑事事件と入管手続は連続しており、刑事の段階でどのような処分を得るかが在留の帰趨を大きく左右します。初回のご相談は無料です。ご本人が身柄を拘束されている場合は、ご家族からのご連絡でも承ります。
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この記事を書いた弁護士
松村大介(まつむら・だいすけ)弁護士。第二東京弁護士会所属、登録番号59077。舟渡国際法律事務所。外国人の刑事弁護と入管事件(退去強制、在留特別許可、監理措置、在留資格の取消し)を主要な取扱分野とし、中国語圏のご依頼者からのご相談を数多く受けています。
本記事は一般的な法制度の解説であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際のご判断にあたっては弁護士にご相談ください。記載は執筆時点の法令・統計に基づいています。
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