脅迫罪と言葉の行き違い|訳し方ひとつで害悪の告知になるとき
2026/08/19
本記事の要点
- 脅迫罪(刑法222条)は2年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金です。相手本人だけでなく、その親族に対する害悪の告知も対象になります。
- 成立の中心は、生命・身体・自由・名誉・財産に害を加える旨を告げたといえるか、一般人を畏怖させるに足りる内容かという点です。
- 外国人事件では、発した言葉が母語のまま証拠にならず、通訳を経た日本語の文言が調書に残ります。訳し方が結論を左右します。
- 入管法24条4号リには但書があり、刑の全部の執行を猶予された者は退去強制事由から除外されます。
- 実際のリスクは、在留期間更新(入管法21条)や在留資格取消し(同22条の4)の審査で素行が問われる場面に現れます。
金銭のもつれで相手に強い言葉を投げた。職場での言い合いのなかで、覚えておけ、といった表現を使った。感情が高ぶった通話の録音が相手方から警察に提出された。脅迫罪は、行為が言葉だけで完結するため、外国人の方にとってはとりわけ危険な類型です。
中国語には、日本語に一対一で対応しない強い言い回しが数多くあります。日常の口論で使われる決まり文句が、そのまま逐語訳されると、日本語では明確な害悪の告知に読めてしまうことがあります。本稿は、そうした行き違いが刑事事件になった場面を想定しています。
どこからが害悪の告知になるのか
刑法222条は、生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者を処罰します。同条2項により、相手方の親族に対して害を加える旨の告知も含まれます。成立には、告知された内容が一般人を畏怖させるに足りるものであることが必要とされ、現実に相手が怖がったかどうかだけで決まるものではありません。争点になるのは、発言の文言、前後の状況、両者の関係、口調と場所、それまでのやり取りです。単なる強い抗議や感情の吐露にとどまるのか、実行を予告したといえるのかが、ここで分かれます。
逮捕から勾留決定までの72時間
身柄を拘束されると、48時間以内に検察官へ送致され、その後24時間以内に勾留請求の可否が判断されます。この72時間で勾留が決まれば、原則10日、延長で最大20日の拘束になります。
脅迫の事案では、相手方との接触のおそれを理由に勾留されることが多く、携帯電話も押収されます。メッセージの履歴、通話の録音、削除済みデータまで解析の対象になりえます。弁護人としては、生活基盤を示す資料を集め、勾留請求前に検察官へ、勾留質問の前に裁判官へ届けます。同時に、問題とされた発言の原文と、その日本語訳が正確かどうかの検討に着手します。
外国人事件特有のリスク|入管法を号ごとに読む
入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由とします。ただし但書があり、刑の全部の執行を猶予された者は除外されます。一部猶予でも実刑部分が1年以下なら除外です。脅迫罪の法定刑は2年以下ですから、この号に該当する事案は多くありません。他方、身柄拘束が長引いて在留期限を過ぎれば24条4号ロの不法残留に至ります。留学の在留資格で学業を離れて就労に専従していれば24条4号イ、資格外活動の罪により拘禁刑に処せられれば同4号ヘです。薬物事犯の24条4号チは、有罪判決さえあれば罰金でも執行猶予でも該当します。
現実の打撃は、在留期間更新(入管法21条)の場面で生じます。更新は権利ではなく、素行と生活状況の総合判断です。在留資格の取消し(同22条の4)は、活動の不実施や申請時の虚偽が絡む場合に問題となります。なお、退去強制事由の該当性判断に故意・過失を要しないとされてきた実務に対し、当事務所は責任主義の射程を問う訴訟を提起し、上訴審まで争ってきました。
不起訴処分の重要性
薬物事犯のように罰金でも執行猶予でも退去強制事由に該当する類型がある以上、判決が軽ければ在留は安全だという理解は成り立ちません。目指すべきは起訴前の不起訴処分です。弁護人は、相手方との示談交渉、接触禁止の取決め、そして検察官との面談を進めます。意見書では、発言の原文と文脈、訳語の選択に問題があること、両者の関係性、被害の回復状況を具体的に述べます。
初動対応の3つのポイント
第一に、黙秘権の行使です。脅迫では、言った言わないではなく、どういうつもりで言ったかが繰り返し問われます。方針が固まる前の説明は避けるべきです。
第二に、早期の弁護人選任です。国選弁護人が付くのは勾留決定の後ですから、最も重要な時間帯が空白になります。ご家族からのご依頼で私選弁護人が動けば、逮捕当日に接見できます。
第三に、通訳の質です。この類型では通訳が防御そのものです。捜査機関が指定する通訳人は捜査手続を進めるために置かれた存在であり、依頼者本人のために言葉を尽くす立場ではありません。弁護人が同行させる通訳は依頼者本人のために動き、調書の訳語が原文の強度に見合っているかを検討できます。当事務所には外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しています。
当事務所のご案内と解決事例
舟渡国際法律事務所では、弁護士 松村大介が初動接見から公判結審まで全工程を直接担当します。事務員や若手弁護士による代行はいたしません。中国語専属通訳が常駐し、提携行政書士による在留資格サポートで、刑事手続後の在留期間更新や在留特別許可申請までワンストップでご対応します。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者につき、徹底的な証拠分析と被告人質問・反対尋問により無罪判決を獲得した事案があります。証拠の細部を突き詰める姿勢は、発言の内容そのものが争点になる脅迫事件でも同じです。
また、特殊詐欺の出し子に関わったとされた20代女性の事案では、指示役からの欺罔や脅迫的状況、犯意の不存在を主張し、不起訴処分を獲得しました。さらに、冤罪により不法就労助長罪に問われ強制退去の危機にあった女性の事案では、責任主義の射程を問う訴訟を提起して上訴審まで争い、その後入管から在留特別許可が認められています。
結語
言葉だけで成立する犯罪は、言葉の扱いを誤ると防ぎようがなくなります。取調べの場で、意味の分からないまま訳された文言に署名しないこと。その一点だけでも、結論は変わりえます。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。
過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
執筆者
弁護士 松村大介(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)。舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田)。注力分野は外国人刑事弁護、入管手続(退去強制・在留特別許可)、行政訴訟。最終更新:2026年8月。
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