「被害者として届け出れば、自分は捕まらない」という誤解|被害申告が立件の端緒となる場面と黙秘権
2026/08/20
2026年8月、北陸地方で発生した路上強盗事件について、現金を奪われた被害者の男性自身が、その現金は特殊詐欺によってだまし取ったものであったとして、詐欺の疑いで逮捕されたと報じられました。奪った側の3人は中国籍とされ、匿名で流動的に集まる犯罪グループによる犯行の可能性が指摘されております。
この報道は、実務上きわめて重要な論点を含んでおります。すなわち、被害を申告した人が、その申告を通じて自らの犯罪の嫌疑を明らかにしてしまう場面が現実に存在するということです。外国籍の方にとっては、それが在留の喪失にまで直結しうるだけに、なおさら慎重な検討を要します。
本記事の要点
- 被害を届け出た人が、同じ事件の捜査を通じて被疑者として立件されることは、法律上も実務上も起こりうる。
- 被害者としての事情聴取であっても、自己に不利益な供述を強要されない権利は及ぶ(憲法38条1項)。
- 被害を届け出ないという選択にも、盗品等に関する罪や証拠隠滅の疑いといった別のリスクが伴う。
- 外国籍の方の場合、立件の内容次第で入管法24条各号の退去強制事由が問題となる。
- 届け出るかどうかを判断する前に、弁護士に相談する意味は大きい。
1 なぜ被害者が被疑者になるのか
警察は、被害の申告を受ければ、奪われた物が何であり、どこから来たものかを当然に調べます。多額の現金であれば、その出所が問われます。説明が付かなければ、そこから別の事件の捜査が始まります。今回報じられた事案は、まさにその典型です。
同じ構造は、他の場面にも現れます。無許可で就労していた店で賃金を支払われずに相談に行った場合、投資名目で預けた金を返してもらえずに被害を訴えた場合、知人に貸した金の返済をめぐって暴行を受けた場合。いずれも、被害の申告が、資格外活動や別の関与の端緒になりうる構造を持っております。
2 被害者として呼ばれても、権利は及ぶ
ここで押さえていただきたいのは、被害者として事情を聴かれる場合であっても、自己に不利益な供述を強要されない権利は及ぶという点です。憲法38条1項は、何人も自己に不利益な供述を強要されないと定めており、この保障は被疑者としての立場に限定されておりません。
もっとも、実際の場面では、被害を訴えに行った方が「自分は被害者なのだから何でも話さなければならない」と考え、事情の全てを説明してしまうことが多くございます。しかも、通訳を介して行われる聴取では、微妙な表現が不利な方向に固定される危険が伴います。
3 届け出ない、という選択のリスク
それでは、黙っていればよいのかというと、そう単純でもございません。奪われた物が犯罪によって得られたものであると知りながら保管していたのであれば、盗品等の保管等に関する罪(刑法256条2項)が問題となりえます。証拠を隠したり、口裏を合わせたりすれば、別の嫌疑を招きます。そもそも、届け出なかったとしても、他の関係者の供述から自らの関与が判明することは珍しくございません。
したがって、実際の判断は「届け出るか、黙っているか」という二者択一ではなく、どの事実を、どの順序で、どのような形で説明するかという、より細かな設計の問題になります。この設計は、事案の全体像を把握した弁護人でなければ立てられません。
4 外国籍の方にとっての意味
外国籍の方の場合、立件されるかどうかは在留の帰趨に直結いたします。詐欺罪であれば法定刑は10年以下の拘禁刑であり(刑法246条1項)、1年を超える拘禁刑の実刑を受ければ入管法24条4号リの退去強制事由に該当いたします。同号には刑の全部の執行猶予を受けた者を除く旨の除外規定がございますが、執行猶予であっても在留期間の更新が認められるとは限りません(入管法21条3項)。資格外活動が明らかになった場合には、同法24条4号ハや22条の4による在留資格取消しの問題が生じます。
つまり、被害を届け出るかどうかという判断が、刑事処分だけでなく、日本に住み続けられるかどうかにまで及ぶということです。この構造を踏まえずに窓口へ向かうことには、相応の危険が伴います。
5 初動で押さえておきたい3つのこと
第一に、供述を拒む権利は被害者としての立場でも及ぶこと。
憲法38条1項の保障は、呼び名がどうであれ、自己に不利益な事実に及びます。
第二に、届け出る前に相談すること。
順序を誤ると、後から取り返しがつきません。被害の回復と自らの立場の保全を両立させる方法を、事前に検討する価値がございます。
第三に、通訳の質に注意すること。
被害者としての聴取には、弁護人が立ち会えない場面がございます。だからこそ、どこまでを、どのような言葉で述べるかを、あらかじめ整理しておく意味が大きいのです。
6 当事務所について
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)では、松村大介弁護士(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)が、被疑者側・被害者側のいずれの立場についても、初動から結審まで全工程を直接担当いたします。外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しております。
解決事例として、特殊詐欺の出し子行為に関わったとされた20代女性について、主観的事情を総合的に主張して不起訴処分を獲得した事例(事例B-1)、受け子として複数回再逮捕された事案での全件不起訴処分の獲得(事例B-2)がございます。他方、被害者側の代理人としては、深夜盗撮の被害事件で刑事告訴と示談交渉を担当し、300万円の慰謝料の支払を内容とする示談を成立させた事例(事例G-2)もございます。双方の立場を扱ってきた経験は、被害と加害が交錯する事案において特に活きるものと考えております。
結語
被害に遭ったことは、それ自体として保護されるべき事実です。しかし、日本の捜査は、被害の背後にある事情まで及びます。届け出るという行為が持つ意味を正確に理解したうえで判断されることを、強くお勧めいたします。迷われた段階でご相談いただければ、採りうる選択肢を整理してお示しできます。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。また、過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年8月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
ウェブサイト:https://matsumura-lawoffice.jp/
微信ID:matsumura1119
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