「先に手を出したのは相手だ」と言えば無罪になるのか|職場での傷害・殺人未遂事件における正当防衛と在留への影響
2026/08/17
同じ職場の同僚との口論が、突発的な暴力に発展してしまう。技能実習や特定技能で来日された方の事件では、この類型の相談が少なくありません。狭い寮での共同生活、言葉の通じにくさ、給与や仕事の割り振りをめぐる不満が積み重なり、些細なきっかけで爆発してしまう。報道でも、職場の同僚に暴行を加えたとして殺人未遂の容疑で逮捕された方が、取調べで「相手が先に手を出してきた」と述べている、といった事案が伝えられています。
ご本人にとって、この一言は嘘偽りのない実感でしょう。しかし、日本の刑事手続において、この主張が正当防衛として認められるかどうかは、実感とは別の、かなり厳密な法的判断にかかっています。
本記事の要点
- 正当防衛(刑法36条1項)は、急迫不正の侵害に対し、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為に限って成立します。
- 相互に攻撃し合ういわゆる喧嘩闘争の場面では、正当防衛の成立が否定されることが多く、「先に手を出されたか」だけでは決まりません。
- 防衛の程度を超えた場合は過剰防衛(同条2項)となり、犯罪は成立したうえで刑が減軽又は免除され得るにとどまります。
- 殺人未遂は裁判員裁判の対象であり、実刑となれば入管法24条4号リの退去強制事由に直結します。
- 傷害にとどまる事案では、示談と不起訴処分の獲得が、在留を維持する最も現実的な道筋となります。
正当防衛はどのような場合に認められるのか
刑法36条1項は、急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は罰しないと定めています。ここで重要なのは、「急迫性」「防衛の意思」「やむを得ずにした」という三つの要素です。
まず、侵害が現に迫っていること、又は現に継続していることが必要です。相手の攻撃が終わった後の追撃は、急迫性を欠くと評価されます。次に、専ら攻撃の意思で応じた場合には、防衛の意思が否定される余地があります。そして、防衛のために必要かつ相当な手段であったかどうかが問われます。素手の攻撃に対して刃物や重量物で応じた場合、この相当性の要件が厳しく審査されます。
実務上とりわけ注意を要するのが、双方が積極的に攻撃し合ったと評価される場面です。この場合、先に手を出したのが相手であっても、正当防衛の成立が否定されることが少なくありません。「向こうが先だった」という事実は、量刑や情状で考慮される重要な事情ではあるものの、それだけで結論が決まるものではないのです。
過剰防衛にとどまる場合の意味
防衛の程度を超えた行為については、刑法36条2項により、情状に応じて刑を減軽し、又は免除することができるとされています。ここで大切なのは、過剰防衛と評価されても犯罪の成立自体は否定されないという点です。すなわち、有罪判決を受けることを前提に、刑をどこまで軽くできるかという議論になります。
外国人の方の事件では、この区別が生活の連続性を直接左右します。無罪であれば在留の問題は基本的に生じませんが、有罪であれば、刑の重さに応じて退去強制事由の検討が始まるためです。
罪名によって在留への影響がまったく異なる
傷害罪の法定刑は15年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金です(刑法204条)。他方、殺人未遂は殺人罪の未遂として扱われ(同法199条、203条)、裁判員裁判の対象となる重大事件です。未遂減軽や酌量減軽が認められたとしても、実刑が言い渡される可能性は小さくありません。
入管法24条4号リは、無期又は1年を超える拘禁刑に処せられた者を退去強制事由としています。実刑判決が確定すれば、この号への該当が正面から問題となります。他方、傷害で罰金にとどまった場合や、示談が成立して不起訴となった場合には、この号の適用はありません。もっとも、その場合でも在留期間の更新審査では素行が考慮されますので、「刑事が終われば全部終わり」ということにはならない点に、あらかじめご留意いただければと存じます。
技能実習・特定技能の方の場合には、さらに実習先・受入機関との関係が問題になります。身体拘束が長期に及べば、実習の継続が事実上困難となり、在留資格に対応する活動を行っていない状態が生じ得ます。刑事弁護と並行して、受入機関や監理団体との調整を早期に始める必要があります。
初動で何をすべきか
第一に、事実関係の記録です。けがの部位・程度、現場の位置関係、目撃者の有無、直前のやりとりは、時間の経過とともに失われます。ご家族や同僚の方が、記憶の新しいうちに書き留めておかれることには、大きな意味があります。
第二に、供述の慎重さです。「自分は悪くない」という思いから、つい話し過ぎてしまうことがありますが、防衛の意思や急迫性の評価は、細部の言い回しに左右されます。弁護人と方針を固めるまでは、黙秘権を行使することも十分に合理的な選択です。
第三に、通訳の確認です。「押した」のか「突き飛ばした」のか、「殴った」のか「振り払った」のか。この程度の差が、正当防衛の成否を分けることがあります。捜査機関が手配する通訳人の訳出は、必ずしもこの微妙な差を保存してくれるとは限りません。
不起訴処分を最優先の目標に据える
外国人の刑事事件においては、執行猶予付き判決の獲得を最終目標とすべきではありません。入管法24条各号の構造上、執行猶予でも在留を失う類型が存在するうえ、更新審査における素行評価という別の関門も残るためです。傷害事案では、被害者との示談を早期に成立させ、宥恕の意思を書面で得たうえで、検察官に対して不起訴を求める意見書を提出することが、最も実効的な道筋となります。
殺人未遂として立件された事案でも、傷害への訴因の変更や、そもそもの殺意の不存在を争う余地は残されています。殺意の認定は、凶器の性質、攻撃の部位、回数、直前の言動といった間接事実の積み重ねによりますので、その一つ一つを丁寧に検証していくことになります。
当事務所のご案内
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区)は、松村大介弁護士(第一東京弁護士会・登録番号59077・2019年登録)が、中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護と入管手続に注力しております。
重大事件への対応としては、裁判員裁判対象事件や、国内外で広く報道された事件を数多く担当してまいりました。また、覚醒剤取締法違反(営利目的所持)で起訴された依頼者について、証拠の徹底的な分析と被告人質問・反対尋問を通じて無罪判決を獲得した事例もございます。入管手続の局面では、不法就労助長罪に問われて強制退去の危機に瀕した女性の事案において、「退去強制事由には故意・過失を要しない」とされてきた従来の実務に対し、責任主義の射程を問う訴訟を提起して上訴審まで争い、その後、入管から在留特別許可が認められた事例がございます。
松村大介弁護士は、接見の初動から公判の結審まで全工程を直接担当いたします。外国人事件に精通した中国語専属通訳が常駐しており、捜査機関の指定通訳とは別に、依頼者ご本人の側に立つ通訳をご利用いただけます。刑事手続終了後の在留資格については、提携の行政書士とともに対応いたします。
なお、過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
おわりに
「先に手を出したのは相手だ」というご本人の実感は、決して軽んじられてよいものではありません。ただ、その実感を法的な主張として組み立てるには、事実の一つ一つを丁寧に拾い上げる作業が欠かせません。そして、その作業の結果は、刑事の結論を超えて、日本での生活を続けられるかどうかにまで及びます。
本記事は一般的な解説であり、個別事案については弁護士に直接ご相談ください。過去の解決事例は個別の事情に基づくものであり、同様の結果を保証するものではございません。
本記事は2026年8月時点の情報です。
執筆者
松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士
第一東京弁護士会所属(登録番号:59077/2019年登録)
舟渡国際法律事務所(東京都豊島区高田三丁目4番10号 布施ビル本館3階)
中国籍の依頼者を中心とする外国人刑事弁護・入管手続を主たる注力分野とする。
覚醒剤取締法違反(営利目的所持)での無罪判決獲得、特殊詐欺事案での不起訴処分獲得、難関とされた在留特別許可の獲得等の解決実績を有する。
舟渡国際法律事務所
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