経営・管理ビザ「資本金3,000万円要件」は違憲・無効である
2026/06/26
経営・管理ビザ「資本金3,000万円要件」は違憲・無効である
――省令改正の趣旨・委任立法の限界・「在留資格維持権」の理論的構成
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要旨――2025年(令和7年)10月16日施行の在留資格「経営・管理」の基準改正により、事業規模要件が資本金500万円から3,000万円へと6倍に引き上げられた。これは法律ではなく法務省令の改正である。本稿は、①改正省令の趣旨、②「適正な経営能力」と資本金額の論理的乖離、③委任の範囲を超えた省令を無効とした判例の系譜、④マクリーン判決の見直し論を整理したうえで、既存事業者は『特段の事情』がない限り在留資格の更新を受けられるという「在留資格維持権」を、憲法・条約・判例から理論的に構成する。結論として、本件3,000万円要件(省令)は、法律の委任の範囲を逸脱し、かつ憲法22条1項・14条1項等に反する違憲・無効の規制である。
目次
第1 問題の所在――インドカレー店の存続危機
第2 改正の全体像と経過措置
第3 3,000万円省令の趣旨――立法者は何を狙ったか
第4 趣旨と手段の乖離――「経営能力」と資本金額は別物である
第5 法律と省令の役割分担――「3,000万円」はどこにあるか
第6 委任の範囲を超えた省令を無効とした裁判例――最高裁調査官解説の判断枠組み
第7 金額による参入障壁と司法審査の現在地
第8 職業選択の自由・平等――薬事法事件の射程
第9 立ちはだかる壁――マクリーン判決
第10 マクリーン判決の見直し論――比例原則による統制
第11 【中核】「在留資格維持権」の理論的構成
第12 弁護士としての視点――備えと争訟戦略
第13 結語
第1 問題の所在――インドカレー店の存続危機
全国のインド・ネパール料理店が、相次いで存続の危機に立たされている。原因は料理でも為替でもない。在留資格「経営・管理」の許可基準が大幅に厳格化され、事業規模要件が「資本金500万円以上」から「3,000万円以上」へと6倍に引き上げられたことである。街の小規模なカレー店を支えてきたネパール人経営者が「3,000万円はちょっと厳しい」と苦悩し、3年後には店が激減しかねないと報じられている。[1][2]
看過できないのは、この激変が国会の議決を経た法律の改正ではなく、法務省令の改正で行われた点である。旧基準で適法に在留を認められ、現に事業を営んできた者の地位を、省令一本で実質的に失わせることは許されるのか。在留資格の付与が法務大臣の広範な裁量に委ねられることを前提としても、なお検討すべき憲法・行政法上の論点がある。
第2 改正の全体像と経過措置
2025年10月16日施行の主な新基準は次のとおりである。[3]
- 資本金等の額:「500万円以上」→「3,000万円以上」(事業の用に供される財産の総額)
- 常勤職員の雇用:従来の『常勤2名以上 又は 資本金500万円』の選択制から、資本金要件に加えて常勤職員1名以上の雇用が必須に(重畳的要件化)
- 日本語能力:申請者又は常勤職員のいずれかにB2相当(JLPT N2)以上を新設
- 経歴・学歴:経営管理について3年以上の経験、又は修士・専門職学位等を新設
- 事業計画書:中小企業診断士・公認会計士・税理士等による確認を義務化
- 事業所:自宅兼用を原則不可とし、独立した事業所の確保を要求
いずれも「法律」ではなく、「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令」(基準省令)と施行規則の改正という委任立法で実現された。[4]
激変緩和の経過措置として、①施行日前受付の申請には旧基準を適用し、②既に在留中の者については施行から3年が経過する令和10年(2028年)10月16日までは、新基準未達でも経営状況や適合の見込み等を総合考慮し、3,000万円に満たないことのみで一律に不許可とはしない、とされている。[5]
第3 3,000万円省令の趣旨――立法者は何を狙ったか
改正の趣旨を、当局・与党の説明から整理する。第一に制度の悪用防止である。経営実態のないペーパーカンパニーを設立し、事業ではなく定住や子弟教育を目的に資格を取得する例が「手軽に定住するための抜け穴」になっているとの問題意識が、国会でも示された。[6]
第二に対象の質的向上である。経営・管理での在留者は2024年に約4万1000人と5年で約5割増加し、当局は要件厳格化により「実体のある事業を営む外国人経営者」へと対象を絞り、質の高い起業家を誘致するとする。第三に諸外国との均衡である。韓国は約3億ウォン(約3200万円)、米国は10万〜20万ドルとされ、日本の旧基準は緩いと評されていた。[7][8]
悪用防止・制度適正化という目的それ自体の正当性は、否定しがたい。問題は、その目的と「資本金3,000万円」という手段との間に、合理的な関連性があるか――ここに本稿の核心がある。
第4 趣旨と手段の乖離――「経営能力」と資本金額は別物である
結論を先に述べれば、適正な経営の実体と能力があれば在留資格の趣旨は満たされるのであって、資本金が3,000万円あるか否かは、経営の適正さとも悪用防止とも論理的に結びつかない。この乖離は、実務に通じた論者からも鋭く指摘されている。
第一に、悪用防止の手段として無力である。悪意があれば、一時的に資金を借り入れて残高証明を取得し登記を整えるだけで容易に潜脱でき、実体のないペーパーカンパニーほどむしろ数字を作りやすい。高額要件で打撃を受けるのは、現に汗をかいて店を営む真っ当な小規模事業者の方である。[9]
第二に、内国民との不均衡がある。2006年の会社法改正で最低資本金制度は廃止され、日本人は資本金1円でも株式会社を設立できる。それにもかかわらず、外国人経営者にのみ3,000万円を課すのは、規制目的(悪用防止)の論理からは説明し難い差別的取扱いの疑いを生む。[10]
第三に、立法事実の薄弱さである。「ペーパーカンパニーによる濫用」が現に確認された具体的統計の有無を当局に問うても、具体的な統計はないとの回答であったと報じられている。規制の根拠となる事実が乏しいまま、最も重い参入障壁(高額の資本要件)を一律に課すことは、手段の必要性・合理性を欠く。[11]
要するに、3,000万円要件は、立法目的たる「経営の実体・適正さ」とも「悪用防止」とも結びつかない過剰かつ的外れな手段である疑いが強い。むしろ改正が併せて導入した実態審査(活動実態の確認、事業計画の専門家評価、納税・社会保険の履行確認)こそが目的に直結する手段であり、金額の一律引上げが不可欠だったとは到底いえない。
第5 法律と省令の役割分担――「3,000万円」はどこにあるか
在留資格「経営・管理」そのものを定義する法律上の要件は、入管法別表第一の二の表に置かれた、「本邦において貿易その他の事業の経営を行い又は当該事業の管理に従事する活動」という活動内容の記述にとどまる。資本金額も職員数も日本語能力も、法律本体には書かれていない。
「3,000万円」は、上陸許可の基準適合性を定める入管法7条1項2号が「法務省令で定める基準に適合すること」と規定し、その委任を受けた基準省令の中にある。事業者の死活を決する数値は、法律ではなく省令にすべて委ねられ、今回その数字を「500万円」から「3,000万円」へ書き換えたにすぎない。[12]
第6 委任の範囲を超えた省令を無効とした裁判例
「省令だから争えない」わけではない。最高裁は、法律の委任を受けた命令であっても、授権法の趣旨・目的を逸脱すれば違法・無効と判断してきた。本件に示唆を与える先例は次のとおりである。
- 医薬品ネット販売事件(最判平成25年1月11日・民集67巻1号1頁):薬事法施行規則が、一般用医薬品(第一類・第二類)の郵便等販売を一律に禁止することとなる限度で、薬事法の委任の範囲を逸脱した違法なものとして無効とした。『一律禁止』という手段の過剰性が決め手となった。
- 監獄法施行規則事件(最判平成3年7月9日・民集45巻6号1049頁):被勾留者と14歳未満の者との接見を原則として許さない旧施行規則を、監獄法50条の委任の範囲を超えるものとして無効とした。法律が認めた自由を命令が実質的に奪うことは許されない。
- 児童扶養手当法施行令事件(最判平成14年1月31日・民集56巻1号246頁):父から認知された婚外子を支給対象から除外する施行令の括弧書きを、法の委任の範囲を逸脱した違法な規定として無効とした。法律の趣旨に照らして対象を不当に狭める命令は許されない。
- 泉佐野市ふるさと納税事件(最判令和2年6月30日・民集74巻4号800頁):総務大臣が定めた指定基準(告示)を、地方税法の委任の範囲を逸脱し違法とした。委任立法には授権法の趣旨・目的による限界があることを示した近時の重要判例である。
これらに共通するのは、法律が許容・予定した活動や地位を、命令が「一律」「形式的」な基準で実質的に奪う場合に、裁判所が委任の範囲逸脱として無効と判断してきた点である。本件の3,000万円要件も、法律が「事業の経営・管理活動」として広く予定した在留資格を、省令が高額の一律基準で小規模事業者ごと締め出す構造をもつ。とりわけ医薬品ネット販売事件の「一律禁止」を問題視する論理は、資本規模による事実上の一律排除にも応用しうる。
もっとも、入管法7条1項2号は「事業の規模」を含む基準設定を正面から省令に委任しており、金額を省令で定めること自体は委任の範囲内と解されやすい。争点は「省令に委ねたこと」ではなく、『6倍という水準』が授権の趣旨を超える過大・的外れ・一律の規制といえるかに絞られる。第4で述べた趣旨と手段の乖離は、まさにこの逸脱性を基礎づける事実である。
最高裁調査官解説が示す判断枠組み
両判決の射程と理由づけは、最高裁判所判例解説(担当調査官による解説)が詳細に説き明かしている。以下、その要点を引きながら、本件3,000万円要件にあてはめる。
① 制約される権利が重要であるほど、省令制定の裁量は狭まる(比例原則)。
医薬品ネット販売事件の調査官解説は、監獄法施行規則事件(平成3年判決)や銃砲刀剣類登録に関する諸判例を整理したうえで、次のように述べる。[17]
委任命令によって制限される権利ないし利益が重要なものと解されるか否かによって、比例原則的な見地からその立法裁量の広狭が左右されることは否定し得ない。(医薬品ネット販売事件・調査官解説)
本件で制約されるのは、既に適法に在留・営業してきた外国人の職業活動の自由と生活の基盤という重要な利益である。したがって、省令制定の裁量は比例原則的見地から狭く解され、6倍化という強度の規制はより踏み込んだ実体的統制に服する。
② 授権の趣旨は「規制の範囲・程度に応じて明確」でなければならない。
同解説は、授権規定の文理が対面販売や対面情報提供を明確に義務づけていないことを指摘し、委任の趣旨について次のように疑問を呈する。[18]
……制限という範ちゅうを超えて郵便等販売を原則禁止とすることまで許容する趣旨といえるかについては疑義を残す。(医薬品ネット販売事件・調査官解説)
本件に置き換えれば、入管法7条1項2号の文理は「事業の規模」を省令に委ねるにとどまり、小規模事業者を類型的に在留から排除する『500万円→3,000万円』の6倍化までを許容する趣旨とは読み取り難い。判決本文も、職業活動の自由を相当程度制約する省令が委任の範囲を逸脱しないというためには、立法過程の議論をしんしゃくしてもなお「授権の趣旨が、規制の範囲や程度等に応じて明確に読み取れること」を要するとしている。[19]
③ 実体的統制の限界と、手続的統制(意見公募手続)の重視。
同解説は、学説の整理として、委任命令の適法性審査は授権法の趣旨・程度・範囲を踏まえた裁量統制であるが、その裁量は広範で実体的統制に限界があるため、意見公募手続(パブリックコメント)等の手続的統制をより重視すべきだとする多くの文献を紹介し、意見公募手続が「行政運営における公正の確保及び透明性の向上」に資すると述べる。[20]
本件のパブリックコメントは2025年8月26日から実施され、わずか約1か月半で施行された。濫用を裏づける立法事実(統計等)も示されないまま6倍化された経緯(第4)に照らせば、手続的統制の観点からも、その正当性には疑問が残る。
④ 遡及的不利益への歯止め(ふるさと納税事件)。
泉佐野市ふるさと納税事件は、新制度導入「前」の募集実績を理由とする不指定は、授権法(地方税法)が予定しておらず委任の範囲を逸脱し違法だとした。調査官解説も、本判決が授権規定の合理的解釈を前提に委任命令(告示)の側の法適合性そのものを審査の対象としたことを確認する。[21][22]
旧基準のもとで適法に在留・営業してきた既存業者に新基準を更新時に及ぼして排除することは、この遡及的不利益への歯止めの論理と正面から衝突する。
以上を束ねれば、本件3,000万円要件は、(ア) 重要な権利を制約するがゆえに裁量が狭く解され、(イ) 規制の範囲・程度についての明確な授権を欠き、(ウ) 手続的統制の観点からも正当化が薄く、(エ) 既存業者への遡及的不利益として作用するという、複合的に委任の範囲を逸脱しており、無効と解すべきものである。これは後述の「在留資格維持権」(第11)の有力な実定法的足場となる。
第7 金額による参入障壁と司法審査の現在地
では、金銭的な参入障壁そのものを違憲・無効とした例はあるか。率直にいえば、わが国に、資本金・財産要件を正面から違憲とした確立した最高裁判例は乏しい。選挙の立候補供託金(小選挙区300万円)について、裁判所は萎縮効果を認めつつも立法裁量を広く認めて合憲とし[23]、宅地建物取引業の営業保証金(主たる事務所1,000万円)等の財産的負担も、保証協会制度による緩和もあって合憲的に運用されている。小売市場・公衆浴場の距離制限も、積極目的規制として合憲とされた。[24]
この判例状況は、一見すると本件に不利にもみえる。しかし、上記の各規制は内外人を問わず一律に課され、かつ目的(消費者保護・濫立防止等)との関連性が認められたものである。本件の3,000万円要件は、これらと決定的に異なる。すなわち、(ア) 日本人は資本金1円で起業できるのに外国人にのみ課される差別性、(イ) 悪用防止という目的との論理的関連性の欠如(第4)、(ウ) 既に適法に在留・営業してきた者の地位を事後的に奪う点――である。財産要件一般が合憲だからといって、目的と無関係で差別的かつ遡及的に作用する本件要件まで当然に正当化されるわけではない。
第8 職業選択の自由・平等――薬事法事件の射程
憲法論の中心は、外国人の職業選択の自由(22条1項)と平等権(14条1項)である。実務家の論考でも、本改正は「外国人の職業規制」の問題として、この二つを軸に検討すべきものと位置づけられている。[25]
参照すべきは薬事法距離制限違憲判決(最大判昭和50年4月30日)である。同判決は、職業の許可制について、「単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業の選択の自由そのものに制約を課するもので……その合憲性を肯定しうるためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する」とし、より緩やかな手段で目的を達成できる場合には違憲となるとした。[26]
高額の資本金要件は、事業を行う資格そのものへの参入規制であり、許可制に類する強い制約である。第4でみたとおり、悪用防止は実態審査というより制限的でない手段で達成でき、3,000万円という一律基準は必要性・合理性を欠く。加えて、内国民との差別(14条)の問題も重なる。薬事法事件の枠組みを当てはめれば、本件要件は「必要かつ合理的な措置」とはいえず、憲法22条1項に違反する。
第9 立ちはだかる壁――マクリーン判決と在留の裁量論
もっとも、外国人の出入国・在留領域には強力な障壁がある。マクリーン事件判決(最大判昭和53年10月4日)である。同判決は次のように述べた。[27]
外国人の在留の許否は国の裁量にゆだねられ、わが国に在留する外国人は、憲法上わが国に在留する権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利を保障されているものではなく……外国人に対する憲法の基本的人権の保障は、……外国人在留制度のわく内で与えられているにすぎない。(マクリーン事件)
この「在留制度の枠内論」を前提とすると、職業選択の自由が性質上外国人に及ぶとしても、その保障は在留制度の枠内にとどまり、在留資格の要件設定について国の裁量が一層強調され、違憲審査の厳格度は下がる。これが、本改正の違憲性・違法性を正面から主張する際の最大の壁である。
第10 マクリーン判決の見直し論――比例原則による統制
だが、マクリーン判決を絶対視すべきではないとの有力な見解が、近年、裁判実務と学界の双方から提起されている。
元最高裁判所判事の泉徳治氏は、在留等の拒否の可否を比例原則で審査すべきだと説く。すなわち、①拒否の目的が正当か、②目的と人権制約との間に合理的関連性があるか、③拒否によって国が得る利益と外国人が失う利益とが均衡を失していないか、を具体的に審査せよ、という。[28]
行政法・憲法学説でも、マクリーン判決の抜本的見直しを求め、日本社会と密接な関係を築いた外国人については、比例原則に反して退去・在留更新拒否をされない地位を認めるべきだとの議論が蓄積されている。[29] これらは、マクリーンの「全き自由裁量」的理解を退け、確立した在留・生活の実態をもつ外国人に対しては、裁量が比例原則によって羈束されるとの方向性を共有している。
第11 【中核】「在留資格維持権」の理論的構成
以上を踏まえ、本稿は、既存の経営・管理ビザ保有者を念頭に、「在留資格維持権」という法的地位を提唱する。これは確立した実定法上の権利として既に承認されたものではなく、憲法・条約・判例を総合した理論的構成(試論)である。骨子は次の五点である。
(1) マクリーン判決の射程は本件に及ばない
マクリーン事件は、(a) 在留期間の更新を求める新規的場面で、(b) 本人の政治活動を理由に、(c) 法務大臣が個別的裁量判断を行った事案である。これに対し本件は、本人に何ら帰責事由がないのに、(a) 既に適法に資格を取得し事業・生活を確立した者を、(b) 事後の一般的・抽象的な経済要件の引上げによって、(c) 類型的に在留から排除するものである。両者は場面を異にし、マクリーンの裁量論をそのまま及ぼすべきではない。
(2) 既得の在留資格は憲法上の保護法益を生む
適法な在留資格に基づき形成された事業・職業・生活・家族関係は、憲法13条(人格的生存・私生活の尊重)、22条1項(営業の自由)、29条(事業基盤としての財産権)が保護する法的利益である。これらは、在留の継続に対する法的に保護された正当な期待(legitimate expectation)を基礎づける。さらに、適正手続(31条)は、こうした地位の剥奪に手続的・実体的な合理性を要求する。
(3) 条約が裁量を羈束する
わが国が批准する自由権規約は、13条で、合法的に在留する外国人の追放を「法律に基づく決定」に限り、追放に反対する理由の提示と権限ある機関による審査を保障する。17条・23条は私生活・家族への恣意的干渉を禁じ、26条は法の前の平等を、12条4項は長期定住者にとっての「自国」概念を基礎づける。これらは、国内法(入管法)の裁量を、条約適合的解釈を通じて統制する。[30]
(4) 統制基準は比例原則である
第10でみた比例原則を本件に適用する。①目的(悪用防止・制度適正化)の正当性は認める。しかし②手段の合理的関連性について、既に実体ある事業を営み納税・法令遵守を履行してきた者には悪用の疑いがそもそもなく、3,000万円不充足は「経営の適正さ」と論理的に無関係である(第4)。③法益の均衡についても、当事者が失うのは事業・職・生活・家族関係の全体であり、国が得る限界的利益との均衡を著しく欠く。したがって、本人の帰責事由によらない事後的要件の不充足を更新拒否の決定的理由とすることは、比例原則に反する。
(5) 帰結――「特段の事情」基準
以上から、次の命題を導く。適法に在留資格を取得し、在留目的に沿った事業活動の実体を維持し、納税・社会保険・労働関係法令等の義務を履行している外国人は、本人の重大な帰責事由(活動実態の喪失、重大な法令違反等)またはこれに匹敵する『特段の事情』がない限り、在留資格の更新を受ける地位(在留資格維持権)を有する。 この立場からは、経営の実体と適正さが保たれている既存業者に対し、資本金が3,000万円に満たないことのみを理由とする更新不許可は違法となる。3,000万円という数字は、経営能力の有無とも悪用防止とも結びつかないからである。
もとより、これは現時点で確立した判例法理ではなく、マクリーン判決という障壁が現に存在する。しかし、委任立法の司法統制(第6)、薬事法事件の枠組み(第8)、マクリーン見直し論(第10)、そして条約(第11(3))を束ねれば、「在留資格維持権」は十分に主張可能な理論である。少なくとも、経過措置の趣旨に反する機械的な更新拒否を、裁量権の逸脱・濫用として争う確かな足場となる。
第12 弁護士としての視点――備えと争訟戦略
依頼者の権利を護る観点からは、次の二段構えが現実的である。
- 経過措置の徹底活用(〜2028年10月16日)。新基準未達でも、経営状況・納税・社会保険の履行、適合の『見込み』が積極評価される。決算の黒字化、専門家による事業計画確認書の取得、社会保険・労働保険の完備、増資・資本拡充計画の具体化を、更新申請までに整える。
- 個別処分を争う筋道の確保。『見込み評価』が機械的に否定された更新不許可は、裁量権の逸脱・濫用(行政事件訴訟法)として取消訴訟で争う。主張の柱は、委任の範囲の逸脱(第6)、職業選択の自由・平等違反(第8)、信頼保護・比例原則違反、そして条約違反(自由権規約13条等)であり、これらを『在留資格維持権』として束ね、マクリーンの射程を限定する論理で補強する。
行政裁量が広い領域だからこそ、適正手続と合理性の統制は司法の役割である。本改正は、悪用防止という正当な目的の陰で、適法に日本社会へ根を張ってきた小規模事業者の生活基盤を、的確な代替手段の検討と十分な移行期間を欠いたまま奪う危険をはらむ。事業者は早期に専門家へ相談し、来るべき更新に備えるべきである。
第13 結語
以上の検討を要すれば、本件3,000万円要件は、①法律の委任の範囲を逸脱して無効であり、②憲法22条1項・14条1項に反して違憲であり、③少なくとも既存事業者に対する適用において、自由権規約13条等にも反する。経営の実体と適正さを保つ既存業者に、資本金不足のみを理由とする更新拒否を行うことは、許されない。
一杯のカレーの向こうには、家族と従業員の生活があり、地域の食文化があり、適法に積み上げられた事業の歳月がある。制度の悪用を正すことと、真っ当な事業者の地位を理由なく奪うことは、まったく別である。3,000万円という数字は、経営の適正さを測る物差しではない。法は、形式の数字ではなく、実体の正しさを護るためにある――その原点に立ち返るとき、「在留資格維持権」という構成は、単なる理屈ではなく、護られるべき正義の名となる。
※ 本稿は2026年6月時点の公開情報に基づく一般的解説および理論的検討であり、個別事案の法的助言ではありません。「在留資格維持権」は確立した判例法理ではなく、論者の理論的構成です。実際の対応は具体的事情に応じて弁護士にご相談ください。
[1]関西テレビ「『3000万はちょっと厳しい』『経営・管理ビザ』“厳格化”でネパール人経営者が支えるインドカレー店に存続危機」https://www.ktv.jp/news/feature/260305-india/
[2]AERA dot.「インドカレー店はあと3年で激減、新大久保は『廃墟』になる?」https://news.yahoo.co.jp/articles/87c741e2eb3b79ee37bd536828016af4467c617f
[3]出入国在留管理庁「在留資格『経営・管理』に係る上陸基準省令等の改正について」https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/10_00237.html(令和8年6月12日更新)
[4]出入国在留管理庁「『経営・管理』の許可基準の改正等について(令和7年10月16日施行)」https://www.moj.go.jp/isa/content/001448070.pdf
[5]前掲・出入国在留管理庁ウェブサイト。
[6]「政府、外国人の『経営ビザ』要件を厳格化 資本金500万円→3000万円に」日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA120140S5A810C2000000/(経営・管理での在留者は2024年に約4万1000人と5年前比約5割増。韓国は約3億ウォン〔約3200万円〕、米国は10万〜20万ドル等との比較も紹介)
[7]前掲・日本経済新聞報道。
[8]自由民主党「外国人のビザ不正利用を防止 経営管理ビザ わが党主導で厳格化」https://www.jimin.jp/news/information/211605.html。改正省令案のパブリックコメントは2025年8月26日から実施。
[9]児玉晃一弁護士インタビュー(聞き手・安田菜津紀)「『経営・管理ビザ資本金3000万円』『通報報奨金』、強化される公的排外主義」Dialogue for People(2026年3月9日)https://d4p.world/35239/
[10]前掲・児玉弁護士インタビュー。
[11]前掲・児玉弁護士インタビュー。
[12]出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令(平成2年法務省令第16号)。e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/402M50000010016/
[13]最判平成25年1月11日民集67巻1号1頁(医薬品ネット販売の権利確認等請求事件)。最高裁判例 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=82895
[14]最判平成3年7月9日民集45巻6号1049頁(監獄法施行規則事件)。
[15]最判平成14年1月31日民集56巻1号246頁(児童扶養手当法施行令の括弧書きを委任の範囲逸脱として無効とした事案)。
[16]最判令和2年6月30日民集74巻4号800頁(泉佐野市ふるさと納税事件。総務大臣の指定基準〔告示〕を地方税法の委任の範囲逸脱として違法とした)。
[17]最高裁判所判例解説民事篇平成25年度所収・本件(医薬品ネット販売事件)担当調査官解説。以下の引用は同解説による。
[18]前掲・医薬品ネット販売事件・調査官解説。
[19]前掲・医薬品ネット販売事件。
[20]前掲・医薬品ネット販売事件・調査官解説。
[21]前掲・ふるさと納税事件。
[22]最高裁判所判例解説民事篇令和2年度所収・本件(泉佐野市ふるさと納税事件)担当調査官解説。
[23]選挙供託金(小選挙区300万円)違憲訴訟につき、東京地裁判決(2019年)は萎縮効果を認めつつ立法裁量を広く認めて合憲とした。
[24]小売市場距離制限事件=最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号586頁(積極目的規制として合憲)。
[25]「【外国人の職業規制】経営・管理ビザの厳格化」法律コラム(2025年8月27日)https://kato-seminar.jp/law-column/66/
[26]最大判昭和50年4月30日民集29巻4号572頁(薬事法距離制限違憲判決)。
[27]最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁(マクリーン事件)。
[28]泉徳治(元最高裁判所判事)「マクリーン判決の見直し――東京高裁令和3年9月22日判決を受けて」東京弁護士会・外国人の権利に関する委員会講演資料(2022年)https://www.toben.or.jp/know/iinkai/foreigner/pdf/kouensiryou.pdf
[29]近藤敦「マクリーン事件判決の抜本的な見直し」名城法学70巻4号(2021年)https://law.meijo-u.ac.jp/staff/contents/70-4/700401_kondo.pdf
[30]市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約・B規約)13条(合法的在留外国人の追放は法律に基づく決定によること、追放に反対する理由の提示と権限ある機関による審査の保障)、17条・23条(私生活・家族の保護)、26条(法の前の平等)、12条4項(自国に戻る権利)。
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