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留置場では化粧水も使えない?|施設管理権と被疑者の基本的人権

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留置場では化粧水も使えない?|施設管理権と被疑者の基本的人権

留置場では化粧水も使えない?|施設管理権と被疑者の基本的人権

2026/06/14

留置場では化粧水も使えない?|施設管理権と被疑者の基本的人権

(本記事は2026年6月時点の情報に基づきます)

1. はじめに

警察署の留置場(留置施設)では、化粧水や乳液の使用が、男女を問わず一律に認められていません。ところが、同じ被疑者・被告人でありながら、法務省が所管する拘置所では、すでにこれらの使用が認められています。同じ立場に置かれた人が、勾留される場所が異なるというだけで、肌を手入れできたりできなかったりする。そうした矛盾が、現に生じています。

一見すれば、わずかな日用品をめぐる些事に映るかもしれません。しかしその背後には、「施設の管理運営」を理由として、被疑者・被告人の権利をどこまで制約しうるのかという、刑事拘禁制度の根幹に関わる問いが横たわっています。本稿では、施設管理権と被疑者の基本的人権との関係を、留置場での処遇という具体的な場面に即して整理します。

2. 留置場と拘置所は、法的地位が同じです

被疑者・被告人が勾留される場所には、法務省が所管する拘置所と、警察署に置かれた留置施設(いわゆる代用刑事施設)の二つがあります。いずれに収容されるかは、検察官の請求や裁判官の判断、拘置所の収容状況といった、本人の行いとは無関係の偶然の事情によって決まります。両者に収容される者の法的地位は同一であり、無罪推定もひとしく及びます。

自己の費用で日用品を整えること(自弁)についても、拘置所には刑事収容施設法41条2項が、留置施設には同196条が、ほぼ同一の文言を置いています。いずれも、「規律及び秩序の維持その他管理運営上支障を生ずるおそれがある場合」などを除いて自弁を認める、という構造です。条文の上では、両者に違いはありません。

3. 「拘置所では解禁、留置場では禁止」という矛盾

ところが、実際の運用は分かれています。法務省は2024年(令和6年)、運用を改め、拘置所および刑務所において「化粧水類」「クリーム類」を、性別を問わず使用できるものとしました。その理由として、法務省は「化粧水等は一般に女性が使用するものという従来の運用には、女性に限定する合理的な理由がない」と明言しています。

他方、警察庁が所管する留置施設では、これに対応する見直しが公にされないまま、男女を問わず一律に禁止する旧来の運用が残されています。その結果、同じ被疑者・被告人でありながら、勾留先がたまたま拘置所か警察の留置場かによって、化粧水を使えるか否かが分かれてしまいます。

さらに看過しがたいのが、受刑者との逆転です。有罪が確定した受刑者ですら化粧水・乳液を使用できるのに、無罪推定が最も強く及ぶはずの未決の被疑者・被告人が、留置場ではこれを使えません。本来、無罪推定の及ぶ未決の者ほど手厚く処遇されるべきであるにもかかわらず、その順序が逆転しています。

被収容者の区分

化粧水・乳液

刑務所の受刑者

拘置所の被告人・被疑者

留置施設の被留置者(男女問わず)

不可

 

4. 施設管理権では、この禁止を説明できません

留置場での禁止を正当化しうる根拠があるとすれば、「管理運営上の支障」を避けるための施設の管理権、いわゆる施設管理権でしょう。たとえば、容器が危険物に転用されるおそれ、といった説明が想定されます。

しかし、まさに同じ化粧水・乳液が、法務省所管の拘置所や刑務所では現に解禁されており、それによって保安上の支障が生じたという報告は見当たりません。同一の物品が法務省の施設で何ら支障を生じていない以上、警察の留置場でのみ「管理運営上の支障」が生じると考えることには無理があります。法務省が解禁に踏み切ったこと自体が、具体的な支障の不存在を物語っています。

ここで銘記すべきは、施設管理権が、被収容者の権利を意のままに制約しうる無制限の白紙委任ではない、という点です。制約が許されるのは、具体的な支障のおそれが現に認められる場合に限られます。漠然とした管理上の都合や、従来の慣行というだけで、人権の制約を正当化することはできません。

5. 憲法と国際人権基準から見ると

この矛盾は、複数の憲法上の問題に触れます。まず、同一の法的地位にある被疑者・被告人を、勾留先という偶然の事情のみによって別異に取り扱うことには、合理的な理由が見いだせません。これは、憲法14条1項が求める平等の見地から看過しがたい問題です。最高裁判所も、国籍法違憲判決(2008年)や再婚禁止期間違憲判決(2015年)において、目的との関連で著しく不合理な区別を違憲と判断してきました。

また、肌の手入れや身だしなみをいかに整えるかは、人格の核心に属する自己決定の領域であり、憲法13条が保障する人格権・自己決定権にも関わります。さらに、未決拘禁中の処遇は、憲法31条が体現する無罪推定の原則のもとに置かれます。受刑者より未決の者が劣後する扱いを受けるという逆転は、この原則とも相いれません。

手段の面においても、仮に何らかの管理上の目的を想定したとしても、容器の容量を制限する、未開封品に限る、業者指定で購入させる、使用後に容器を返納させるなど、より緩やかな手段はいくらでも考えられます。一律全面の禁止は、目的と手段の均衡を欠き、警察比例の原則(警察官職務執行法1条2項)の見地からも疑問を免れません。

その根底には、「化粧水は女性が使うもの」という旧弊な思い込みがあったとみられます。しかし、男性向けスキンケア市場が広がる今日、その前提はもはや成り立ちません。この点、ドイツの連邦憲法裁判所は2008年、男性の収容者にのみ化粧品の自費購入を認めなかった刑事施設の取扱いについて、性別による差別を禁じる基本法に違反するとして、明確に違憲と判断しました(違憲判決)。化粧品への関心を特定の性別に固有のものと決めつけ、それを理由に取扱いを分けることは許されない、という趣旨です。日本の法務省が「女性に限定する合理的な理由がない」と認めたのも、同じ潮流のなかにあります。

6. すでに各方面が問題視しています

この問題を指摘する声は、各方面から上がっています。大阪弁護士会は2023年、拘置所において男性が化粧水・乳液の自弁を拒まれた事案について、憲法14条1項に違反する旨の勧告を行いました。これを受けて法務省は、被収容者の自弁品目を定めた訓令を改正し、性別を問わず化粧水類・クリーム類を使用できるものとしました。今日、拘置所や刑務所でこれらが解禁されているのは、この訓令改正によります。ところが、警察庁が所管する留置施設には同様の見直しが及ばず、矛盾が残されたままです。日本弁護士連合会も2025年、留置施設の処遇水準が拘置所より劣後する現状を公式に問題視する意見書をまとめています。警察留置場の処遇をめぐっては、国家賠償を求める訴訟も現に係属しています。国連の委員会も、かねてより代用監獄(警察留置場での長期拘禁)に懸念を表明してきました。「拘置所では解禁されたのに留置場では禁止のまま」という今回の矛盾は、こうした「留置場の処遇が拘置所より劣る」という長年の問題が、最も平明な形で表れた一例といえます。

7. 結語

留置場での化粧水一本をめぐる問題は、些細に見えて、「施設の管理」という言葉のもとで人の尊厳がどこまで譲られてよいのか、という大きな問いに通じています。拘置所では認められるものが、留置場では認められない。その差異を支える具体的な理由が示されない限り、施設管理権は、人権を一律に制約する根拠とはなりません。拘置所で解禁された一本の化粧水が、留置場ではなお認められないのはなぜか。その問いに対する具体的な答えが示されることが、いま求められています。

 

(本記事は2026年6月時点の情報に基づく一般的な解説です。)

執筆者 松村 大介(まつむら だいすけ)/弁護士・第一東京弁護士会所属(登録番号59077)

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